第2話 マナとバット

「それはともかく、アッシュ君。俺はここにはゲームを楽しむためにやって来た」

 試合の見学を終えると、真太郎は切り出した。

「なんだよ、藪から棒に。楽しもうがいじけようがかまわないが、あまり俺の作るバットに期待するなよ。あんたの面倒を押し付けられたせいで、こっちは材料を採りにいけないんだ」

 帰り道は、兎の背のようになだらかな坂をひたすら登る。

 ピッチ&ヒットはこの星でもっとも愛されているスポーツで、さきほどのように草試合も活発に行われている。

 競技人口は海辺の砂粒よりも多く、その頂点にあるのがリーグ戦だ。

 ユニークなのは、優勝チームのバットを手掛けた職人にも褒美が与えられる点で、別世界のプレイヤーをスカウトすることが許される。

「まあ、その件では迷惑をかけている。ただ、どうだろうな。バットに関しては自前のものを使うってことで。君たちの作るバットは、どうも俺の手に余る気がするんでね」

 はあ、という呆れ返ったような声を上げ、アッシュは足を止めた。

「あんた、正気か? 自前のバットって、毎日庭で素振りしているあの棍棒みたいなバットのことか? マナが込められていないのに、どうやって打つんだよ」

「どうやってって、そうだな。両手で、こうグリップを握ってかな」

 真太郎は、立ち止まってバットをフルスイングする仕草した。

 見えないボールが、はるか彼方の山並みに消えていく。

 けれども、聞こえたのは歓声ではなく、大袈裟な溜め息だ。

「金属バットとか言ったか。控え目にいって、あんなのが通用するのは草試合がせいぜいだぞ。無理に止めはしないが、そもそもマナのないバットを使うなんて聞いたことがない」

 走塁がないだけで充分。

 そう言うと、真太郎は狩猟犬のような動きで丘を駆け上がった。

 野球というスポーツでは、この足を活かすことができない。

 どういうわけか走って一塁を回ろうとすると、腿がまったく上がらなくなってしまうのだ。

 見えない壁に阻まれているかのようなその〈症状〉は、まったく身に覚えのない呪いだったが、今はちがう。

 ピッチ&ヒットに関わるということ。

 それは、つまり――

 一発狙いから解放されるということだ。

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