ダルム丘のバット職人  佐藤真太郎編

鈴木51郎

第1話 ピッチ&ヒット

 走塁と守備がない。

 それだけで充分だった。

 野球と似た競技、ピッチ&ヒットは1チーム2人で行われる。

 投げる選手と打つ選手。

 グラウンドのところどころには色違いのシートが敷かれていて、そこにボールが転がれば得点になると聞いている。

「いやあ、あの姐さんの話は嘘じゃなかったみたいだ。正直、爪の先というか、右腕の肘くらいまでは疑っていたんだが」

 そう言いながら、戦を制した武将のように高らかに笑うと、佐藤真太郎は隣の小柄な男の背中を力強く叩いた。

「叩くな、いてえよ。というか、右腕の肘ってどういうことだ。うちの師匠、信じていなかったのか? まあ、分からなくもないけどな」

 工房が建つ丘の麓にある広場だ。

 アズスタックに来て3日目。

 真太郎にはピッチ&ヒットの試合を見る機会がようやく訪れていた。

「しかし、アッシュ君。これは草試合なんだよな。肝心のリーグ戦というのは、どれほどのレベルなんだ? ざっくりでかまわないから、ピッチャーの平均球速を教えてくれないか」

「きゅうそく? 師匠に言葉が通じるようにしてもらったからって、耳慣れない用語を使うな。こっちは近くでゲームをやっていたから付き合っているだけだ。黙って見ていろ」

 身長は真太郎の肩と同じ高さ。

 けれども、アッシュ・ブランジェットはなかなかに勝気な性格の持ち主のようだった。

 真太郎は腕を組み高原のようにのどかな景色を見回したが、あたりには高いビルもなければ車も走っていない。

 確かにここアズスタックにはスピードガンを造る技術力はなさそうだ。

「簡単にいえばボールの速さだ。今試合をしている連中も素人にしては速いほうだが、かりに100とする。リーグ戦のピッチャーはどれくらいだ? 150くらいか?」

「100に150か。強いていえばそんなものかもしれないが、対戦相手がアズスタック人とは限らない。昨シーズンの優勝チームのピッチャー、タタスというところから来たヤツで腕がゴムみたいに伸びる。あれは相当打ちづらいぞ」

 腕が伸びると少々驚いて訊き返すと、ベースの手前までなとアッシュは言った。

「ええと、それはあれか。ピッチャーにもスカウト組がいるってことか? 君のお師匠さん、そんなこと言ってなかったぞ」

「そりゃあしょうがない。なにしろマルクールさんだからな。あの人はバットを作ることしか能がない」

 悪気はないんだとでも言うように、罪のない視線を向けられた。

 それでも動揺をせずに済んだのは、まともではない出来事はいつでも起こり得ることを真太郎はすでに知っていたからだ。

 この世はおかしなことの積み重ねでできている。

 それはきっとこのアズスタックでも、別の世界でも同じことなのにちがいない。

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