10. REAL OR NOT 3


「……で、ミネくんはどうするつもりなんだい?」


 一悶着を終えた後、力尽きたようにカウンターに突っ伏した加々美は風峰にそう問うた。

 店の壁にニュースを流していた映写機の電源を消し、代わりにカウンターに設置していた小型のホログラミックスクリーンを点ければ、変わらず機械人形の中継が映っている。

 警察がこれだけ動き回っている中、妙な動きを起こせば厄介な事態になりかねないが、風峰は本気でこの事件に首を突っ込む気なのだろうか。


「下手に関われば警察にマークされることは覚悟してるんだろうけどさ。目をつけられたら、もう今みたいに動けなくなるんじゃない?」

「マークならもう既に伊吹にされかかってる」

「ねえ。それを世間では『詰んでいる』というのを君、知っている?」

「別に今さら俺が何したって関係ねぇよ。俺が大して何か出来るとは警察は思ってねぇし、伊吹の牽制あれもアイツの単独だ」

「…………その伊吹くんが厄介に思えるのは、僕だけ? ねぇ僕だけ? 僕だけなの?」

「…………」


 相変わらずカタカタカタとパソコンを弄っている風峰を、カウンター越しに白い目で加々美が見るが、彼がそれを意に介した様子はない。淡々と何かの作業を進める様はむしろ、余裕げに見える。 


「…………俺、伊吹くんを敵に回すとか、すっげぇややこしく途轍もなく面倒くさく思えるので出来れば巻き込まないでほしいんだけど」

「文句言うならさっきのカード返せ」

「…………」

「――――返さねぇのかよ」

「いや、うーん、えー、うーん……」

「まあ、お前もなんだかんだ同じ穴のムジナということで」

「えー…………」


 卒業してから碌に店に来なかったくせに、何故かここ数日、風峰を見張るように店に入り浸り始めた伊吹を思い浮かべながら、加々美が苦々し気な表情で嘆息した。

 ――あれは確実に餌の偵察をしに来た獅子の目をしていた。

 色々と思い当たる節・・・・・・があった加々美は、来店してきた伊吹を初めに見た時、心臓が今にも止まりそうな恐ろしい心地でいたが……結局、彼の目的は別にあったようだ。


「例え何かに勘づかれても――何かをしたっていう証拠が掴めなけりゃ、無かった・・・・ことと一緒だ。安心しろ」

「…………ミネくん。君、着実に何かを踏み外し始めてるよね」


 ほぼ犯罪者と変わらない風峰のその言動に加々美は、憔悴しきった顔でボソリと呟いた。

 

「……先生が聞いたら嘆き悲しみそうなセリフだね」

「ねぇよ。つか、誰だよ先生って……」

「君をニートもどきから更生させてくれた人」


 しん、と二人の間に無音が広がった。


 カウンターの隅で別にパソコンを叩いていた栗田が、居心地が悪そうにソワソワと二人をモニターの後ろから覗き見ている。

 最初に沈黙を打ち破ったのは、依然と表情が変わらない風峰だった。


「死人が泣いたところで、止まる世の中じゃねぇだろ」

「……そうだね」


 「ごめん」と小さく零した加々美に、何事もなかったように風峰は指を再び動かし始める。

 どこかあっけらかんとしているようにも見える友人のその様子に加々美がホッと安堵すると、栗田もそっと作業に戻った。

 そうして、会話は冒頭に戻る。


「――で、さっきの質問に戻るけどどうするつもり?」

「ドールをひっかきまわしてる奴を見つける」

「え、どうやって。引っ掻き回されてるのは運営のシステムだよね? チカラチームに強力させてくださいとか言って接触するつもり? まさか、君も侵入するなんて言わないよね?」

「ねぇな。あそこには有能と噂のセキュリティーチームがいるし、どう考えたって部外者の俺が入れるわけねぇだろ」


 そうは言っている風峰だが、加々美は何故だか妙に安心できなかった。

 加々美は知っている。風峰士郎がこうして能動的に動いている時――必ず、碌なことが起きない。

 ふっとあるハゲ面が脳裏に浮かび上がって、加々美は恐々とした様子で聞いてみた。


「…………まさかとは思うけど、志門くんにスパイ行為でもさせるつもりじゃないよね?」


 店の隅で何かをしている栗田はまだ良い。彼は、元からソッチ・・・の人間だ。けど、志門は確か違う。

 機械大好き人間である志門にとって、あの職場は天職のはずだ。

 そんなことをすれば、職を失いかねない志門が珍しくも哀れに思えて、加々美は口を開いた。


「やめときな。そんなことをすれば君――本当に見かけ通りの死魚に成り下がるよ」

「おい、だから何だその《死魚》は。マジで、やめろ。お前、絶対にあれだよね。俺のこと友達とか言いながら嫌いだよね。絶対にそうだよね」

「えー、友達だし嫌いじゃないよ。好きでもないけど」

「…………」

「とにかく、志門くんにスパイ行為をさせるのは流石にやめとこうよ」


 なんとも辛辣な、風峰を止めたいのか煽りたいのかよく分からない止め方に、沈黙が落ちた。

 加々美の杜撰な言葉に風峰は呆れたような、微妙にショックを受けたような、複雑な心情が入り混じった視線を返す。


「しねぇよ、アホ。つか、なんだよ死魚とか、好きでもないって。お前、ホントは俺を止めるようとしてるんじゃなくて、煽ってるだろ。そんなに志門が嫌いか。

 安心しろ。お前が差別している志門ハゲからは、ちょっと詳しい情報を聞くだけだ」

「――――いや。それ、思いっきりリークさせてるよね。

 ……可哀そうだからやめてあげよう。ハゲてたのが更に酷くなって頭がカサカサに乾燥しちゃうよ。余計に酷い有様になっちゃうよ」

「いや、ハゲはもう禿げてんだからあれ以上変わりようがねぇだろう。なんだよ、カサカサに乾燥するって。

 てか、俺いまハゲって言っちゃったけど、あれスキンヘッドだからな。やめろよお前、ハゲをハゲ扱いすんの」


 くだらない問答を繰り返しながら、徐々に「志門」を追い詰めているように見える風峰と加々美。そんな二人を栗田が悲壮に満ちた顔でモニターの後ろから見つめていた。

 慕っていたはずの二人の、年上の友人に対するあまりにも粗末な扱い方に、少年が隅っこでソッと表情を曇らせていることを、風峰たちは気づかない。

 気づくどころか、栗田の悲し気な表情を他所に、風峰は誰かと通信をしようとしていた。

 嫌な、予感がした。

 加々美がまったをかける。

 

「ちょっと、まったまったまった。ミネくん、まさか本当に」

「ちげぇよ。志門なら既にコンタクト済みだ」

「うわぁ…………」


 ――既に道を踏み外してたよ、この人。

 まさかの真実に、さすがの加々美も言葉を失くした。隅っこでは栗田がソッと目元を手で覆い隠している。

 こういう碌なことをしない時だけ、風峰はいつも準備万端でいる気がする――というよりは……そうだった。この男は高校時代から本当に碌でもない野郎だった。

 ふっ、と自嘲めいた吐息を零した加々美は一瞬だけ遠い目をすると、気を取り直したように風峰へ更なる質問を重ねた。


「――うん。わかった。わかっていた、君はそういう奴だった。だから、まっさきに伊吹くんに疑われるんだった。よし、じゃあ質問を変えよう。

 ミネくん、キミは次に一体どんな哀れな子羊を製造するつもりだい? この混乱具合じゃあ、まだ大した情報は得られないと思うけど」

「おい、なんだ、その悲愴に満ちた眼は。なんだよ、子羊って。言っとくが、先に連絡とってきたの志門だからな。

 あとこれ以上情報収集しても意味ねぇよ。俺がしたいのは犯人の特定だ」

「……だから、どうやってそれをやるのさ。ネットに潜む犯人探しなんてやっても、このご時世上手くいかないと思うけど……」

「こっちから探す必要はねぇ」


 そう言って、左手に握っていた四角い携帯端末を風峰は加々美にも見えるように翳した。


「――ちょうどいい囮が、ここに居る」


 にたりと笑って――はいないが何処か喜々とした様子で、赤い端末を振る風峰。

 その端末の液晶画面に映る名前を目にして、加々美は訝し気に眉を顰めた。

 ――どこかで、聞いた名前だ。

 一体、誰だったかと思考するように額を押さえ、数拍の間を置いた。そうして、ふっと顔を上げる。


「…………いや、囮ってソレ」


 キレイな琥珀色の瞳が先ほどよりも、一層暗く翳った。


「――君の後輩だよね?」


 白い目で疑問を向ける加々美。

 次の言葉を探そうとするも――時、既に遅し。


「あ、もしもし長谷田ー? 悪いんだけどさ、今から――」


 まるで明日の天気の話でもするような声のトーンで会話を繰り広げる風峰を見て、加々美は改めて理解をした。

 そして、なんだか風峰が探そうとしている犯人に――同情めいたものを覚え、静かに合掌をした。


 ――――悪魔が、ここに居た。

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