8. REAL OR NOT

『――暴走している機体は一一〇体以上確認されており、現在も機体は奪われ続けているようです。

 尚、《機械人形》のメイカーでもある《チカラチーム》からは、未だ――』


 無機質な音声が、静かな職場に響く。

 本番に弱い人間と違い、噛むことなく、最後まで速報を伝えられるヒューマノイドがアナウンスを繰り返す姿を眺めながら、美南みなみは感慨なくポツリと呟いた。


「――偉いことになってるわね」


 午後五時三一分。NSOCビル6階、第三係室。

 真っ白な空間の壁に流れるニュースを横目にしながら、コーヒーを啜る美南の隣でカタカタと液晶キーボードを叩いていた長谷田も、いつの間にか手を止めていた。


「百体かぁ……上も下も相当な騒ぎになってるでしょうね、チカラチーム」

「騒ぎどころか、大パニックでしょ。まさかフェス会場で、機体を奪われるとか――ふっ……」


 ――きっと、今回の騒ぎに対する責任の押しつけ合いも、パニックに紛れて始まっているに違いない。

 ふふっと闇の深そうな笑みを浮かべる美南に、長谷田が「うわぁ」と心底ひいたように声を漏らした。

 おそらく、過大なストレスによって心が荒んでしまっているのだろう。長谷田はそっと視線を外して、美南の発言を聞かなかったことにした。

 彼女の闇に巻き込まれたくないので、ついでに話題の方向を変えることを忘れない。


「これって、テロになるんですかね」

「いや、ないわぁ……玩具なんか、奪って犯人も何をしたいのか――あれって、殺傷力あったっけ?」

「物は使いようですが、機械人形はサイズも重さもあんま無いんで、パワーも普通の機械と比べると――まあ、でも心血注いでずっと一緒に戦ってきたプレイヤーからすれば、相棒を奪われたことによる、心に対する殺傷力は高いかと」

「……バトルゲーム用のロボットって言ってたけど、あれでどうやってバトルなんかしてんの?」


 画面に映る実況中継。スピードが早く動きも機敏には見えるが、果たしてあの機械人形で何ができるのか――盗撮のようなストーキング行為など、そんな用途になら使えそうだが……あれでどうやってバトルをするのか美南にはあまり想像ができなかった。

 それほど中継に映る機械人形たちはどれも繊細な作りをしており、華奢に見えたのだ。

 走る機体たちへ胡乱な目を向ける美南に、長谷田が《機械人形》についてちょっとした説明をしてやる。


MRMixed realityです。試合時に《ウェアラブルグラス眼鏡》を着用して、現実と仮想を混ぜるんですよ。

 どっちの人形が物理的に戦闘不能になるかじゃなくて、どちらのHPが先にゼロになるかによって、勝敗を決める……まあ、偶に例外があったりしますけど、基本、子供も遊べる健全なバトルゲームですよ」

「へぇ……迫力なさそ」

「いやぁ、そうでもないんですよね。これが」


 MRを使ったゲームと言えばヘンテコな生物を探して捕まえる育成型や、パズルゲーム、オンライン型のアドベンチャーゲームなど――現実の背景に仮想の人物キャラクターを混ぜたものばかりで、現実の、それも随分と弱そうなロボットを使ってバトルをし、そこにHPゲージだのMPゲージだの、適当なメーターだけを仮想で再現するゲームを、美南は目にしたことがなかった。

 バトル要素を含むゲームは全て一切の現実を混ぜずに、VRのような仮想上の世界で完結させた方が良いに決まっている。

 下手にARのように混ぜてMRで作り出しても、ちゃっちい画に仕上がるだけだ。

 そんな持論を持ち出す美南に、長谷田は呆れたような溜息を零すと、再び液晶キーボードに指を叩き始めた。ちらっと周囲を流し見て、他の職員が長谷田たちを咎めるような眼を向けていないことを確認する。

 ちょいちょいと美南を手招きし、彼女に無線イヤホンを一つ渡してやった。

 不審そうな顔しながらも、キレイな形をした耳に彼女が白いイヤホンを装着したことを確認すると、次にモニターにある動画を展開する。

 なんだなんだ、と顔を近づけてくる美南に、長谷田は小声で「美南さん、時代遅れにも程があります」と呟いた。

 長谷田が開いたのは、人形用のとある闘技場バトルフィールドで行われた機械人形の試合だ。

 目的の動画を見つけると、トンと長谷田は指先で再生ボタンを叩いた。


「ほら」「うわっ」


 イヤホンから鼓膜へと直に突き刺さるような、耳をつんざくような金属音と、画面さえも切り裂いてしまいそうな強烈な一閃に、美南は一瞬の悲鳴を漏らすと、言葉を失くした。

 二体の人形が超高速で交わす、連続技の応酬。剣が剣を弾き、様々な色彩の光が飛び散り、衝撃音が闘技場の床を突き抜けていく。剣先が相手の肩を突けば、甲高い金属音が火花と共にその関節を焼き焦がし、一気にHPゲージを削り取る。

 白熱する剣劇の応酬、人形たちが上げる金属の悲鳴。


 ――なんじゃ、こりゃ。


 ぱかりと口を開いたまま、眼前の画面を凝視する美南に、長谷田はやれやれと首を竦めた。

 カメラアングルを利用した撮影方法による効果もあるのだろうが、それでも目の前の画面に映る――現実と仮想が織り交ざった光景は、見る者全ての意識を根こそぎ奪い去るような圧倒的な引力を持っていた。

 唖然と、美南は言葉を零す。


「え、これ。本当にあの中継に映ってた奴と同じ玩具……え、こんなヤバイ感じだったっけ」

「精巧なMRを使ってますからね」


 ある事件を境に、意識も感覚も共有できる『仮想現実』に厳しい規制が敷かれ、現実に刺激を求め始めたVR世代の前に現れた新たなゲームタイプ。

 精密な機械と、限りなくリアルに近づけた理想のMRは、その誕生と共に一気に民衆ゲーマーたちの注目を攫った。


「攻撃を繰り出す際のライトエフェクト――剣筋によって光芒が違ったり、攻撃と攻撃がぶつかる際、お互いの攻撃力次第では結構な火花が散ったりして、ヴィジュアルはもちろん、サウンドエフェクトの方もリアリティーを追求しながらかなり拘ってるんで、迫力満点なんですよ。

 武器や武具の種類、プレートや手足のパーツ、デザインもかなり豊富なので、カスタマイズもかなり楽しくなりそうですよね。機関への申請が通れば、自らデザインしたものまで機体に組み込めて、それで商売も出来たりするんで、機械人形に心血を注いでる人、結構多いんですよ。

 おそらく、今日のフェスにもかなりの人が参加しているはずです」

「はぁ……全然しらんかった」

「最近、日本のゲーム市場売上の10%は占めているんじゃないかって言われてるゲームですよ……CMでも結構流れてると思うんですが」

「だって、ゲームとか興味ないもん」

「……いや、そういう問題ではない気が」


 ばっさりと切り捨てる美南の言葉に、はあ、と何度目になるか分からない溜息を長谷田が吐いた。

 この業界に身を置くなら例えゲームであっても、このくらいの知識は持っておくべきだ――と思うのは無類の機械愛好家である長谷田の偏見だろうか。


「CMで何度か見た気はしなくはない。けど私、CMは飛ばす派だから」

「……そうですね。貴女はそういう人でしたね」


 ポンと手を叩きながらさらりと流す美南。

 もう、これ以上の不毛な会話は止そうと、長谷田は諦観をにじませつつ肩を落とした。

 鼻白む長谷田の表情からあからさまな呆れが見て取れたが、美南は気にしていないのか気づいていないのか――じっとモニターに映る機械人形を見つめながら、ぽつりと夢も何もない言葉を吐いた。


「でも、これってさ見た感じ派手だけど、結局はMRなんだよね」

「まあ……そうですね」


 確かにこうしてフィルタを通して見れば、リアリティーと迫力が詰まった光景に映るが、結局は『仮想かそう』――ハロウィンパレードで見る着ぐるみの『仮装かそう』と一緒だ。ホログラムで頭に耳が生えているように見せたり、肌を爬虫類のような光沢のある硬い質感に見せているが、実際に触れようとすれば其処には何もなく、伸ばした手はスカスカと空振ってしまう。

 あるようで、実在しない悲しい《幻想》だ。

 所詮は「見せかけ」の機械人形に、美南は訝しげな視線を送った。


「――ますます、これを使う意味が分からない………………って言いたいところだけど」


 機械人形に魅せる力はあっても、実際に現実をどうこうする力は無い。

 だが――。


「これだけの数を使えば、脅威にもなる……か」


 ふっと、美南が嘆息を吐いた。沈んだ声から、呆れと疲弊が滲んでみえる。

 この騒ぎの対処に追われているであろう運営とセキュリティー側の人間に、美南は珍しくも少しの同情を覚えた。


「サイズも小さい分すばしっこいし、重量とパワーがなくとも精巧で機敏な動きが出来るロボットです。普通の機体に比べると、捕まえるのはかなり大変かと」

「遠隔操作されているのか、AIプログラムに従って動いてるのか――どちらにしても、すっげぇ厄介だわ。今年、一番で」

「そうですねぇ……」


 数は暴力になる。

 この騒ぎを巻き起こした犯人の目的が都の混乱にあるならば、あながち悪くない策だが、人形を奪われた所有者・運営側からすれば――冗談じゃない。

 げっそりとした様子で感想を零す美南。心なしか、長谷田の顔色も普段より悪化していた。

 機械人形は彼らの管轄下にあるわけではないのに、他人ごとに思えないのは何故だろう。


「……ん?」


 ピコピコと何かの鳴き声が聞こえた。――長谷田の携帯端末だ。


「ちょっと、オフィス内で端末は」「個人用ではなく、業務用です」「…………」


 眉を顰めながら注意を入れる美南に、長谷田はすかさず答えた。

 昨日の一件から気が立っているのか、普段と比べ、微妙に美南の機嫌が降下している気がした。

 人に八つ当たりをするその癖は直してほしいと溜息を吐きながら、長谷田は再度端末へと視線を遣り、通信相手を確認しようとして――沈黙する。


「なに、どうしたの。突然だまりこんで、気持ち悪い」

「…………」


 なにやら酷く貶されているが、長谷田に美南の声は届いていないらしい。

 表情を失くした顔で、ジッとぴこんぴこん鳴る腕輪を見つめている。

 液晶の中で点滅する緑色の電話アイコン――の、上に表示された真っ白な文字。


「…………」


 ――通信の相手は、風峰だった。


 休憩所の壁に流れるニュースから聞こえるアナウンスが、いやに長谷田の耳にこびりつく。

 このタイミング。この名前。この感じ。


 ――何故だろう、長谷田は非常に嫌な予感を覚えた。

 絶対に、碌な用件じゃない。


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