闇の救世主 2
腕を構えている。素手でやり合う気なのか? だとしたら助か…らない。身体能力を上げたって言ってたし、こちらにも武器にできる物がない!
俺のクローン…救世主が動き出した。俺は反転して階段を登る。
「…無駄だ。我々のクローンに弱点はない。あらゆる点でオリジナルの上位互換となっている。もっともそのオリジナルも、あと数分でその意味がなくなるがな…」
メンインブラックが何か言っているのが聞こえたが、今は気にしていられない。とにかく逃げられるところに走った。
だが、あっと言う間に追いつかれた。足速すぎだろお前、俺の偽物の分際で! 林の中に逃げ込んだが、木々がかえって邪魔になった。
「オリャァー!」
救世主が足を俺に向かって振る。間一髪しゃがんで避けたが、直後にボキッと、何かが折れる音がした。
(自滅したのか…?)
俺がそう思って顔を上げると、隣の樹木がへし折れている。どう見ても直径50センチ以上はあろう大木が、である。いくらステータスアップしたからって、人間の限界超越するなよ! それと同時に、俺がまともに戦っても勝てないことも判明した…。
流石に痛かったのか、救世主はしゃがみ、自分の足を押さえている。今のうちに逃げるしかなさそうだ。
俺は林の中を走り出した。救世主もすぐに立ち上がって追いかけてくる。
「…くっ!」
木の枝が邪魔だと感じたのは人生で初めてだ。全部折り曲げてやりたい気分になる。
一瞬だけ俺は振り向いた。救世主の方も避けるのに苦労してるんじゃないのか?
違った。救世主は手刀で解決している。素早く腕を振り回し、枝を切り落としながらスピードも落とさず前進している。マジでどうなってるんだヤツの体は? もう色々とやることが人間じゃないぞ…。
「あっ!」
林が開けた。これで木を気にしなくて済む、とはいかないようだ。目の前は崖だ。出鱈目に走るあまり、林から抜けてしまった。
救世主が距離を詰める。
ここまで来たらイチかバチか。救世主は必ず腕か足…つまり体のどこかで俺に攻撃してくるはずだ。それをかわして、逆にこの崖から突き落とす。いくら体が丈夫でも、重力には勝てないだろう。仮に落ちて生きていたとしても、まともに動ける状態で済むはずがない。後から俺がトドメを…。
頭の中では計画ができている。だが問題は、救世主の方にあった。
救世主は俺の後ろが崖と気がついた途端、距離を縮めてこなくなった。
(俺の思惑に気がついたのか…?)
しかしそうなら、その辺にある石でも拾って投げればいいだけの話。目は俺のことを睨んだままだ。
救世主がいきなり両腕を上げた。空に突き上げた手を握りしめ、拳を作る。何をする気だ…?
一瞬だけニヤリと笑った。そしてその拳で、勢いよく地面を殴った。
「な、何!」
地面に突き立てた拳は、手首が隠れるほど地中に深く刺さっている。そしてそこから、俺の方に向かって亀裂が走る。
「滅せよっ!」
救世主の狙いは、これだった。ヤツは俺を直接叩くのではなく、この崖の一部ごと、俺をここから落とす気だった。
俺の足場が揺れ始める。そして崩れ始める。俺は一瞬遅れ、向こうに飛び移ることができなかった。
「うおおおおおっ?」
視界から、救世主が消えた。俺は今や、自由落下の中だ。俺はこのまま地面に落ちて死ぬことよりも、偽者に負けたことの方を考えていた。
バシっと、誰かが俺の腕を掴んだ。そして俺のことを、グイッと引き上げた。
「だから都市伝説に深入りするなと言ったのに。全く危ないところだった」
聞いたことがある声だ。顔を上げると、
「く、口裂け女じゃないか? どうしてここに?」
あの口裂け女だ。どういうわけか山寺におり、俺を助けてくれた…?
「話は後だよ。今はアイツから逃げることが先だ」
口裂け女は頭上を見上げる。俺も首を上げた。俺が死んだことを確認するために下を覗いている救世主と目が合った。
「逃がさんっ!」
救世主は反転し、走り出したようだ。道を回ってここまで来るつもりだ。
「お前は戦えないのか?」
普段なら、鎌やらハサミやら持っていてもおかしくないが…。
「私には無理だね。次元が違い過ぎる」
なら早く逃げることに越したことはない。俺が一歩を踏み出そうとすると、口裂け女が肩を掴んだ。
「あんたよりも私の方が早く走れる。乗って」
言われてみれば…。少し恥ずかしいが、俺は口裂け女におんぶされた。そして走り出した。今の口裂け女に時速60キロメートルを出せるかどうかは怪しいが、救世主を撒くのには十分すぎる速さだった。
山寺を抜け、こけし神社に着いた。しばらく辺りの様子を伺ったが、誰もいない。
「何とか、逃げ切れたようだな。感謝するぜ。でもどうしてあそこにいたんだ?」
俺が聞くと口裂け女が返す。
「私があんたに出くわさなかったのはどうしてだと思う?」
そうか。最後に会った時以降、俺は口裂け女に見張られていたのだ。だから俺がいくら歩き回っても、発見できなくなったワケだ。口裂け女は俺がどこに行こうとしてるか、常に把握できているから。
「全く深入りするなって言ったのに。でももう、後戻りもできないわ。今のうちに何か作戦を練らなければ、本当に死んでしまう」
作戦か…。だが俺も口裂け女も敵わない救世主とどうやって戦う?
「俺には、ヤツの攻撃を避けるだけで精一杯だ。避けている間にお前が何かするってのはどうだ? いや、駄目か…」
俺が提案しておいて、俺は直後に否定した。確かに力を合わせれば勝算はあるだろう。だが確定しない事象に、他人を巻き込むのはマズい。あくまでも確率が上がるだけで、倒せるかまではわからない。
「私は別にいいけれど? あんな都市伝説は野放しにしておけない」
しかし俺は断った。口裂け女の意志もわからないのではない。
しかし、都市伝説は都市伝説でなければいけない。口裂け女が協力してくれるなんて話は何処にもない。口裂け女は「他人に自分が美人かどうかを聞き、返事次第で行動に出る女の都市伝説」でなければいけない。その枠組みから外れては、都市伝説ではなくなってしまう。だから最後に会った時に起きたイレギュラーは、俺は誰にも伝えていない。
手詰まり感が出てきた…。
「携帯、鳴ってるんじゃないの?」
口裂け女に指摘されて、俺はスマホに電話がかかってきていることに気がついた。
「こんな時に…。まさかメンインブラックじゃないだろうな…?」
俺は電話番号を見ると、すぐに電話に出た。
「私、メリーさん」
その番号は、俺がガラケーを使っていた時の番号だった。
「アイツなら今、あのプールに浸かってるの」
電話の内容はそれだけだ。
「んん? メリーとかいう女の子は何を言っているの?」
口裂け女はわかっていないようだ。だが俺はメリーさんの発言で全てを理解した。
「なるほどな…。目には目を、歯には歯を、都市伝説には都市伝説を、だ」
ここから目的地まで行くとなると、所要時間はちょっとどころでは済まない。だが公共の交通機関を使ってはすぐに居場所がバレてしまう。
「作戦が決まったぜ」
俺は電源を切ってポケットにスマホをしまった。
「どういう?」
口裂け女が問う。だが俺は、
「悪いがお前は巻き込めない」
ポケットからある物を取り出した。
「最後に会った時に、渡せなかったんでな。今、やるよ」
俺はべっこう飴を投げた。口裂け女は転がっていく飴を追う。今のうちにこけし神社から、俺は離れた。
俺は歩いた。かなりの距離を一人で。時刻を確認すると、もう日にちが変わっている。時より遠くでヘリコプターのローターの音がする。奴らも必死で俺を探しているようだ。
見つけ出される前に、病院にたどり着いた。俺はスマホを取り出し、立ち上げるとホムラにメールを送った。
「ちょっと足を挫いたから、前にバイトしてた病院に行ってくる」
しかしこんな夜中に病院がやってるはずがない。さて、どうするか? エアダクトからなら中に入れるか? 俺は標準体型だが、それでもエアダクトは狭すぎる。
「久しぶりだな、骨谷」
俺は後ろから声がしたのでビックリして飛び上がった。
「なんだ人面犬かよ。おどかすなよな?」
「どうしたんだこんな時間にこんな場所で?」
ん? 俺が駄目でも、犬なら入れるんじゃないか?
「人面犬よ、後で高級ミルク飲ませてやっから手伝ってくれないか?」
「おお、いいぜ。エミリが注いでくれるんだろうな?」
「今は留学中だ。それはお前も知ってるくせに」
俺はエアダクトの中に人面犬を送り込んだ。そして正面玄関の真ん前で待つ。
バババババババと音が近づき始めた。俺を悪戯に焦らせてくる。
人面犬の方が速かった。器用に正面玄関の鍵を開けた。俺はドアを開いて病院の中に入った。
「サンキューな! 先に実家に戻ってろよ。ミルクのついでにエミリの恥ずかしい写真も特別に見してやろう」
人面犬を家に逃がす。俺は階段を下りて病院の地下室に向かう。
あの扉はもう眼前だ。だが、いくら力を込めても開かない! あまり使われなくなったから、錆びついてしまっているのか?
俺が扉と格闘していると、足音が聞こえた。この状況、ここに来る人なんていない。1人を除いて存在しない。いやその1人も、本来なら存在があり得ない。
救世主だ。もうやって来た。俺がホムラに送ったメールから場所を特定したのか、電源を入れたスマホの位置情報を割り出したのか…。いづれは来るとはわかっていたが、こんなに速いとはな。
俺は気付いていないフリをした。ここはあえて演技をせず、無駄に力を入れて扉を開けようとする。
救世主は階段を降り切ったようだ。足音的にあと数メートル。そんなに距離は残っていないはずだ。
焦るな。ここでミスれば全てが台無しになる。
コツ、コツ、コツ。俺の心臓の鼓動が大きくなるが、足音ははっきり聞こえている。
コツ、コツ…。足音が止まった。恐らく救世主が立ち止り、拳を握りしめているのではないだろうか?
ならば、頃合いだ。
俺が首を少し動かす。そしてすぐに足の力を抜き、その場にしゃがむ。
救世主は両腕で思いっきり拳を突き出した。それが扉に直撃する。
俺がいくら頑張ってもびくともしなかった扉が、ひしゃげている。隙間から、部屋の中が少し見える。
「消え去れぃ!」
救世主が叫び、今度は手刀を構える。対する俺は…。
俺は、何もしない。何故なら既に、俺の勝ちだからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます