闇の救世主 1
「お兄さん。本貸してくれてありがとう」
俺がカフェでレポートをまとめていると、中学生ぐらいの女の子がいきなり本を差し出してきた。遺伝学の本だった。俺の専門は物理だ。その分野の本なんか、持ってない。
「え? 貸した覚えはないけれど?」
しかし本を受け取ると、少女はすぐにカフェから出て行ってしまった。
何のために、俺に? よくわからない。一応本は確かめておくか。
俺はページをパラパラとめくった。
「ん?」
紙が1枚挟まっていた。そのページを開いてテーブルに置き、紙を手に取る。書かれていたのはたったの1文。
「山寺で待つ…?」
何の話だ? 他にヒントはないのか?
俺はテーブルに開いたまま置かれた本を見た。
「クローン技術…。そりゃあ、アフリカツメガエルなら可能だろうけど」
いや待てよ? クローンと言えば4年前、ホムラの前に現れたことがあった。
なるほどわかってきたぞ。クローンの偽俺があの女の子にこの本を貸し、ここにいるから今日のこの時間に返してくれと言った。
「とすると、俺のクローンが山寺にいるということか? 4年前に探しても見つからなかったアイツが」
俺は机のレポートを全てかバンにまとめると、カフェを出た。
仙山線に乗って山寺に着いた。問題は山寺の何処にクローンがいるのかだ。無駄に階段を登ることは、できるだけしたくない。
俺は一応、スマホで電話をした。
「ホムラか? 俺は今、どこにいる?」
「はい? 龍堵はカフェに向かったんじゃないの?」
ホムラの前にクローンはいないようだ。
「何でもない。心配するな」
俺は辺りを見回したが、ここにホムラがいるようにも見えない。
「ホムラは研究室に残ってるんだよな?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「いいや。なら大丈夫だ」
電話を切った。
しばらく待っていても、誰も俺に向かって来ない。しょうがないので俺は階段を登ることにした。
最後に登ったのは3年前で、その時は勢いよく駆け登ったが、今日は一段一段慎重に行く。クローンを見逃さないためだ。
ところがどっこい、隅々まで探しても何処にもいない。「待つ」と言っておいて不在とはどういうことだ? 失礼にも程がある。
俺が町を見下ろすと、もう夕暮れ時だった。周りの観光客も、ほとんどいなくなっていた。
「1日が無駄になったぜ…」
こんなことするぐらいなら、大学院1年目のレポートまとめをやればよかった。そう思って階段を下ろうとした時だ。
黒いヘリコプターが1台、赤く染まる空を切り裂くようにこちらに向かって飛んでくる。バババババババというローターの騒音が静かな山寺に響く。
「何だアレは?」
見るからにこの夕焼けの寺にそぐわないヘリだが、俺は違和感を抱かなかった。俺は寧ろ、ヘリが来るのを待っていたような心境だった。
ヘリは山寺駅周辺の駐車場に着陸した。
「俺が速く来すぎたみたいだな」
紙には時間なんて指定されていなかったし、それにクローンが、観光客が大勢いる昼間にお披露目されるわけにもいかないしな。
俺は階段に腰かけた。そっちが来るまで、待ってやろうじゃないか!
数分後、メンインブラックの3人組と俺そっくりの人物が階段を登って来た。
「骨谷龍堵…。まさか馬鹿正直に、ここにやって来るとは」
メンインブラックのリーダー格が俺に言った。
「俺の下宿先に来られても迷惑なもんでな!」
ここで隙を見せると、弱そうだ。だから強がった。
「骨谷龍堵…。君は一般市民としては、ちょっと道を外れすぎている」
「そうか? 幼小中高大院と進んでるが、これといった非行はした記憶がないが? まあ就職しなかったと指摘はできるが、院に進むのも俺の自由だろう?」
リーダー格は、サングラスで目は見えないのだが、イラついた顔をしている。口がムカついている。
「く、口だけは流石に達者だな。そしてその口で都市伝説を語り継いでいこうと考えているな」
「さあね」
俺はしらを切ってみた。どうせ通じやしないんだろうが。やってみただけだ。
「こちらとしても計画を邪魔されるわけにはいかない」
「何の計画だよ?」
リーダー格がフフっと笑う。
「まさか君が知らない話であったとは。4年前に1体の実験体が逃げ出した時にバレてしまったとばかり思っていたが、いらぬ心配だった」
俺には、メンインブラックの話が理解できなかった。
「何の話をしてるだ?」
「骨谷龍堵…。果たして君がそうであるのか?」
ますます意味がわからなくなり、俺は首を傾げた。
「本物の骨谷龍堵が君であることは、誰が知っている? 誰が決めている? まさか、親に名付けられたからと答えるわけではないだろう?」
俺はクローンに目をやった。すると、
「少し察したようだな。今はクローン人間で偽物と呼ばれるかもしれない。しかしだ、生物に価値があるかどうか…。それを決める基準は何だと思う?」
「どんな経験をして、何を考え思い行ったか。俺はそう思うが? それが…」
犯罪でなければ後世の人たちに批判されず、正しければ評される。俺はそう言いたかったが、メンインブラックが遮った。
「不正解だ。ラマルクの用不用説を知らないのかね? 獲得した形質…つまり思考や技術は次世代には受け継がれない。生前に何をしようが、生物的に価値などない」
専門外の話を持ってこられたら、それは黙って聞くしかない。
「生物の全ては遺伝情報に記憶されている。遺伝子を紐解けば、優秀な人材と下等なゴミが分別できるのだ」
「…じゃあ、下等な存在と判断されたら、生きてはいけないのか?」
俺が突っ込むと、
「一部は削除することになろう。だからと言って減らし過ぎるのも良くない。労働力の問題や我々をはじめとする世界の裏側の存在が、得をできなくなってしまう。しかし一部の人間は、我々の存在を疑問視し始めており心の奥深くまで洗脳するのは難しい…」
リーダー格が手を広げた。
「そこでだ…。世界中の人間を我々が用意したクローンに置き換える。もちろんクローンには我々の英才教育が施されている。そして生物的に見れば遺伝情報は全く同じ。我々を無駄に詮索せずただ従うだけの存在。我々がいなければ生きて行くことすらできない存在。生物としての価値を古代より十分受け継ぐ存在…」
コイツの話が飲み込めてきた。それと同時に恐怖も感じる。
「あらゆる人類をクローンに変えることで人類の管理を行う究極の闇の計画……ヒューマン・クローニング・プラン、即ちHCP…! どうだ、君としてはこれほど魅力的な話はないのではないか?」
それが究極の都市伝説か…。確かに聞く分には面白そうな話ではある。だが疑問もある。
「どうして俺が選ばれたのか。それが全くもって理解できないが、どう説明するつもりなんだ?」
「我々としては、最初の1人は誰でも良かったのだ。候補を絞っていく段階で、我々と3回も接触したことのある人物がいることがわかった。それが骨谷龍堵、君だ。君は我々が用意した地球外生命体見学サンプルに選ばれ、実際にUFOの撮影をし、過去に逃げだした実験体の話も聞いている。我々としては、それ以上を知られるわけにはいかない要注意人物でもある。二重の意味で最初の1人に相応しい」
今度は俺が口を開いた。要するに、
「遺伝情報が全く同じクローンで全人類を置換して、全てを管理する計画があると。お前たちとしては俺は、早々に潰しておきたい人物であり且つ、過去4回も接触しているので色々と情報があって近づきやすい人物でもある」
「そういうことだ。そして今ここに連れてきた君のクローンが、ここで君を始末して本物の骨谷龍堵になる。最初にHCPを実行する人物。最初の人工人類。これからの人類を我々の傀儡という形で救済する、言わば救世主となるのだ!」
ふん。全然面白くないぜ。これならホムラと討論している方がマシだ。
「随分と余裕だな」
「遺伝情報が同じなら、どちらに軍配が上がるかまではわからないはずだ。いや、経験が豊富な俺の方が有利だ。たったの4年しか過ごしてないクローンの方が、外の世界を始めて体験するという意味では圧倒的に不利」
俺が言い終ると、3人とも笑い出した。
「フフフ、ハハハハハハ! 確かにこのクローンは、4年ばかりしか生きてはいないだろう。しかし、4年で君と全く同じ外見をしている。それ程速く成長させることが我々にはできるのだ。そこからさらに身体能力を向上させることもできた!」
他のメンインブラックが続きを話す。
「それだけではない。君のクローンは何十何百と作られた。その中でもずば抜けて優秀な1個体のみを残した。生まれながらも失敗作として処分された他のクローンたちに魂があったと言うのなら、それらに対してもこの1個体は救世主。報われない思いは、君を潰して昇華される…」
「それがHCPによる人々の救済!」
3人が後ろに下がった。俺のクローンは反対に前進した。
「さあやるのだ、骨谷龍堵よ! その手で本物を倒し、自らを本物と証明してみせるのだ」
俺のクローンが口を開いた。
「俺は救世主、全ての人を救う者!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます