4-6 ドスケベVSドラゴン最終決戦⑥

「おまたへいたしまひは!」

 なにか舌たらずな口調でそのように発声すると大きな口をパカっと開いて見せる。

「うっ……!」

 口内は赤く煮えたぎるマグマで満たされていた。

 ボルケオドラグーンはそいつを霧のように噴き出す。

 ラルフとマリシアは腕を十字に組んで顔をガードした。

「汚いなあ。口の中のものなんか飛ばして」

 マリシアが顔を手でぬぐいながら悪態をつく。

「ほお……これも効かないとは。恐ろしいですね。人間の英知は。まったく怖い」

 ボルケオドラグーンは実に冷静な口調でそのように呟いた。

「そう思われるのでしたら。そろそろアレを返して頂けませんかね」

 ラルフは聖なる夜の秘宝が入ったつづらを指さした。

「おっと。そうでした。アレを保護しておかなくてはいけませんね」

 などと言いながらボルケオドラグーンはつづらを巨大な口の中に収めた。

「もうすぐここは。地獄絵図になりますから」

 可愛らしい声にラルフとマリシアの背中が凍り付く。

「さきほど私がマグマを噴出させたときに、マグマと一緒に岩の塊のようなものが上昇して行くのが見えませんでしたか? あれがもうすぐ降ってくるはずです」

 二人は思わず空を見上げる。火山灰で曇ってなにも見えない。

「火山弾と申しましてね。火山が噴火したときの被害要因として一番ヤバイヤツなのです」

 それはヒュン! という高い音を立て赤く燃え盛りながら落下してきた。

「マズい! マリシアさん! 逃げ――」

 棒状の尖った破片の一つがラルフの背中に突き刺さり、胴体を貫通した。

「ラルフさ――!」

 さらに。まるっこい破片がマリシアの頭に直撃し爆発する。

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 倒れ伏す二人の鼓膜を凄まじい高音の咆哮が揺らす。

「そうだよねー! こればっかりは防げないよねー! キャハハハ! でも二人とも悪運がいい! まだ生きてるじゃん! よかったラルフさんが死ななくて!」

 ゲラゲラという狂気じみた笑い声。

「じゃあ女の方は殺しちゃおうかな!」

 寝そべるマリシアの元にゆっくりと移動する。

 マリシアはギュッと目を閉じて体の力を抜いてしまった。

 ――が。

「口につづら入れたままよくそんなに喋れますね」

 立ち上がったラルフがドラゴンの尻尾を掴んでいた。

「無駄な抵抗は辞めたほうがいいですよ。でないとラルフさんも死んじゃうかも」

 腹からは貫通した破片がにょきっと生えていた。血がどくどくと溢れる。

「元より覚悟はしています。マリシアさんが死んじゃったら生きていてもそんなにおもしろくないでしょうし」

「そうだ。気絶してもらえばいいか。ちょっと痛いけどガマンして下さいね」

 ラルフは軽く息を吐くと、

「コレだけは使いたくなかったんですがね」

 体に刺さった火山弾を引っこ抜いた。

「へー。もう虫の息に見えますけど。なにか切り札があるんですか?」

「ええ。本当に最後の切り札です。その……マリシアさん」

 ラルフはダウンしているマリシアにチラっと視線を送ると、自らのブーメランパンツに手をかけ、

「ごめんなさい」

 一気に脱ぎ捨てた!

 マリシアは「ひゃあああぁぁ!」などと幼い子供のような悲鳴を上げて立ち上がる。

「な、な、な、なにをしてるんですか! ひとまえでそんなちんちんなんか出して! って! そういう問題じゃない!?」

「師匠に聞くまで存じ上げていなかったのですが。実はドスケベミズギには隠された力があります。それは。脱ぎ捨てて手に持つと。最強の武器となる――!」

 ラルフの手の中でブーメランパンツはターコイズブルーの光を放ち始める。

「この場合は命と引き換えにしか使用できませんがね」

 そしてそれは先端から先端まで三メートル以上はあろうかという巨大な光のブーメランとなった。

「喰らえ。僕の最後の切り札。『オールヌード・ホーリーブーメラン』」

 ラルフは大きくステップバックすると、石切りをするように体をかがめ、ブーメランパンツを低空に放った。

「しまっ……!」

 ボルケオドラグーンは避けようとするが間に合わない。

「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 地面スレスレを飛んだブーメランは彼の四本の足を全て切り落とした。

 ズシンという音を立て胴体と頭が地面に落下する。

「やった……! でも……暑いなあ……ここ」

 ラルフは地面に倒れ伏した。まだわずかにブーメランパンツの持つ耐熱機能が体に残っているようだが、その継続時間は長くはないだろう。

「ラルフさーーーーん!」

 マリシアがラルフに駆け寄る。

「マリシア……さん……早く逃げて……」

 マリシアはラルフを抱きしめる。目からは涙があふれていた。

「僕をかばっていては逃げ遅れます……どうか置いていって」

「えっ! 逃げ遅れるもなにも……」

 マリシアは後ろを振り返り、ダラダラと血を流し微動だにしないボルケオドラグーンの『死体』を見た。

「そうしたほうがいいかもしれませんね」

 そのワニのような口がわずかに動き言葉を発する。

「なっ……生きて……!」

「この程度では私は死にませんよ。ビックリはしましたがね。再生能力をお忘れで?」

 切り口がすでに少しずつ再生し始めている。

「でも確かに今は動けませんから。今すぐここから逃げれば数日は生きることができますよ? もっとも。傷が治り次第、迅速にサツガイに向いますが。あなたのせいでラルフさんを失い、さらにこんな目に合わせられたウラミは忘れませんから。――忘れねえええぞおおおおお!」

 マリシアはなぜか穏やかな微笑みを浮かべた。

「なるほど。じゃあ今あなたにトドメを刺すしかないってわけね」

「おまえにそんな力はねええええええええ!」

 マリシアは口に手を当てて楽しそうに笑った。

「あるんだなあそれが。私が着ているのは彼が着ていたのと同じものだから」

 そう呟くと胸を隠しているさらしをほどき始めた。

「マリシアさん! 辞め――!」

「いいじゃん。一緒に死のう?」

 マリシアはそういうとラルフのオデコにそっと口をつけた。

「目えつぶっててね。恥ずかしいから」

 彼女は胸に巻かれたさらしを手で掴むと、あっとう言う間にほどききった。

 さらに腰にまいたフンドシも脱ぎ捨てる。

「慣れちゃったのかな? 思ったほど恥ずかしくないかも」

 そして両者を結び合わせる。

「こりゃいいや。ちょうど鞭みたいな感じになった」

 すると。その鞭はターコイズブルーの光を放つ。

「このクソ女があああああ!」

 ボルケオドラグーンは大きく口を開き、口の中のマグマをマリシアに噴射したが。

「無駄。無駄。無駄」

 マリシアは鞭をビシイ! と地面に叩きつけた。そして。

「ジル流鞭術! ドラゴンスリーパー!」

 自在に伸びる青白い光をドラゴンの首に幾重にも縛りつけた。

 鞭はゴリゴリという音を立てながらドンドン首に食い込んでいく。

「はあああああ! ぶっちぎれろ!」

 ――やがて。

 ブチイ! という音とともにワニのような頭部が胴体から切り離された。

 鮮血がほとばしりマリシアの顔を濡らす。

「ふう……憎たらしい相手だったけど」

 マリシアの手の中で鞭は真っ白に燃え尽きてしまった。

「あんまり気持ちのいいものじゃないね」

 などと明るい声で言いながらぶっちぎれた頭部に向かって歩き始めた。

「マリシアさん……なにを……!?」

「決まってるでしょ? 聖なる夜の秘宝を拝むんだよ。死ぬ前にさ。幸いまだけっこーもちそうだし」

 マリシアはボルケオドラグーンの口をムリヤリこじ開けるとつづらを取り出した。

「あっついなーもう!」

 ラルフもわずかな力を振り絞ってそちらに目を向ける。

「じゃあ開けるよー! へへへ。楽しみ」

 マリシアはフタを勢いよく持ち上げた!

 中に入っていたものは――――――

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