4-3 ドスケベVSドラゴン最終決戦③

 やがて上昇は止まった。

「マリシアさん……無事ですか」

「耳がキンキンします」

 マリシアは両手で耳をおさえている。ラルフはなぜか股間に手を当てていた。

「僕もなんか睾丸がヒュンヒュンして、いま現在もポジショニングがおかしなことになっています」

「なっ! こうが……! なまなましいんですよ! せめてタマタマとか言ってください!」

「古代文明の時代には『エレベーター』という、部屋が上昇・下降して人や荷物を輸送する乗り物があったそうです。恐らくそれをモチーフにヤツが設計・製造したのでしょうね」

「……スルーしないでよ。変な感じになるでしょ」

 赤面するマリシアをよそにラルフは部屋のドアをゆっくりと開いた。すると。

「わっ! なんです!? ここ!」

 そこは真っ白な砂が敷き詰められた広大な平地であった。真円系をしており広さはおよそ半径一キロ程度であろうか。周囲は壁のように切り立った岩山で囲まれており、中央にはこれも真円の形をした半径三〇〇メートルはありそうな大きな湖がある。真上から見下ろせば巨大なドーナッツ状に見えるであろう。

「これは――いわゆるカルデラですね。噴火などが原因で火山のてっぺんにこうした凹地、盆地ができることがあるんだそうです」

 内部から真っ赤に燃える岩石が至る所に転がっており、白い地面と美しいコントラストを描いていた。油絵なんかにしたらいい感じかもしれない。などとラルフは場違いな思考をめぐらせた。

「へえ。さすが博識で――む!?」

 マリシアの視線の先、湖を挟んで反対側に存在しているものは――

「いらっしゃいましたね」

「もったいぶっちゃって。いやな男。ゼッタイにモテない」

 黒いローブを纏い、なぜか顔をミイラのごとく赤い布でグルグル巻きにして隠している。

 横には巨大なつづらが置かれていた。

「横に置いてあるのは聖なる夜の秘宝でしょうか?」

「ええ。あのシュミの悪いピンク色のつづらは間違いありません」

「なるほど。隠したりせずああして堂々と置いておく所は多少好感が持てますね。分かりやすくてよい」

 ゆっくりとラヴァらしき者に近づいてゆく。

 二人がラヴァからおよそ二メートルの距離にまで接近すると。

「ようこそいらっしゃいました」

 と声が聞こえてきた。顔を隠している布のせいでくぐもっており大変聞き取りづらい。

「約束をしっかり守ってくれるところも好きです。さて。ラルフさん」

 ラルフに強烈な違和感が走る。

(こんな声だったっけ? 多少くぐもっているにしても違いすぎる……。それに身長も小さいような)

「ここにわざわざいらっしゃったということは。私のために働いていただけるということでよろしいでしょうか?」

「なっ! バカじゃないのあんた! だいたい――」

 食ってかかろうとするマリシアをラルフが制止する。

「あのですね。まああなたの元で働きたくない理由はいろいろあるんですけど。そもそも僕、あなたのことあんまり好きじゃないんですよ。以前闘ってケガさせられたからっていうのもありますけどそれ以前にです。なんとなく憎みきれないようなところはあるにしても、すっごい独善的だし、人の話聞かないし、なんか一緒にいて貞操の危険を感じるし」

 ラヴァはそれを鼻で笑った。

「なんだ。そんなこと些細な問題じゃないですか。すぐに慣れますよ」

「あのですねえ……そういうところもイヤなんですよ」

「人間関係にとってそんな性格の不一致とか或いは過去のわだかまりなんてものは些細なことでしかない。重要なのはもっと根本的、生理的、生物的に相手のことを好ましく思うかどうか。だとは思いませんか?」

「なにをおっしゃっているのかわかりません」

「つまりは。こういうことです!」

 ラヴァはターバンとローブを脱ぎ捨てた。

「なっ!?」

「これを見ても。あなたは私のことを嫌いでいられますか?」

 そこにいたのは。人間の女の子だった。

 それもとてつもなく美しい少女だ。吸い込まれそうなほどに深い赤色の瞳。キメ細かく柔らかそうな肌。ぷっくりとした艶やかな唇。少しクセのある長い銀髪。身長は小さく華奢だがそれでいて胸は大きく膨らんで、白くチラついていた。

「どうですか? 人間のオスが好きなメスというものを完全に再現致しました」

 首をかしげながら子猫が鳴くような甘ったるい声を発して見せる。

「その服は……」

 そして着ている服は以前ラルフが仕立てた清流のチュニックだった。

「似合うでしょう?」

「ええ……まあ……。女の子っぽくて大変よろしいかと……」

 やはりこの服は彼――いや彼女にとんでもなくよく似合う。とラルフは思った。

「こ、このオカマドラゴン! なんつー格好してるのよ!」

 マリシアが顔を火のようにしながら叫ぶ。

「オカマではありませんよ。正真正銘の女の子の体です。ご覧になって頂けばわかりますが、ついていませんし穴も開いてます」

 と自分のスカートを少しだけまくってみせる。

「もともとドラゴンには性別なんてありませんしね。男には変身できて女には変身できないなんてことはありません」

 なるほど言われてみれば、のどぼとけもないし体つきも明らかに女性のものだ。

「さあ。ラルフさん。私に仕えて頂ければこの体を毎日好きなようにしたい放題ですよ。人間のメスみたいに勿体ぶったりめんどうくさがったりすることはございません」

 と天使のような笑顔で両手を広げる。

 ラルフは生唾をゴクリと飲み込んだ。なんと回答してよいか分からない。声を出せずにいると――。

「ラルフーーーー! なんちゅう顔してるんだおまえ!」

 横からマリシアのビンタが飛んできた。

「おい! ボルケオドラグーン! この男はな!」

 ラヴァをビシっと指さす。

「わ、私みたいに! 目付き悪くて、でかくて、ゴリラみたいに筋肉質で、それでいておっぱいばっかり無駄にでかいのが好きなんだよ! 残念だったな!」

「ま、マリシアさん!?」

 ラヴァはやれやれと手を横に出す。

「マイナス要素ばかりじゃないですか。胸だって大きすぎると男性受けはよくないですよ」

「そういうのが好きなド変態もいるってこと!」

「マリシアさん。なんと申しますか。もっと自分に自信を……」

「だいたいなんですかその格好は。女性がスモーのフンドシなどをして」

「それだけは言ってはならない!」

 ラヴァとマリシアは殆どゼロ距離で睨み合い。両者全く目を逸らさない。瞬きさえもしない。

「まずアナタを倒さないとお話が始まらないみたいですね。めんどくさいなー」

「その可愛い顔をぐちゃぐちゃにしてあげますよ」

「マリシアさん。完全に悪役のセリフです」

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