3-9 レッセ島の夜①

 深夜の三時。さすがに宴会もお開きとなって、みな寝静まっているようだった。

 マリシアはなんだか眠ることができず布団の中でぼうっと目を開いている。

(起きようかな)

 すっと立ち上がると、手提げの皮袋を持って部屋の外に出た。

 外は満天の星空。大きく深呼吸をすると新鮮な空気が肺を循環した。少しは酔いが覚めた気がする。

 彼女はその場にドカっと腰を下ろすと、袋から木版と羊皮紙を取り出して、レッセパッセの家の外観をスケッチし始めた。

(絵。けっこううまくなったな。こっち来てからわりとインドアな生活してたから……)

 ――その絵が完成するころ。家のドアがそーっと開かれた。

「マリ姉」

 ジルが手に布袋を持って立っていた。珍しくバンダナをしていない。

「なにしてたの?」

「ちょっと絵描いてた」

「そっか」

 穏やかに微笑んでマリシアを見つめている。

 その笑顔はなんとなくいつもとは違う見慣れないものにマリシアには見えた。悪いイミではない。いつも以上に魅力的に見えたのだ。おそらくその原因は――

「ジルちゃん髪伸びたね」

 ここに来てからずーっとバンダナをしていたので気づかなかった。以前までは男の子のように短いボサボサ頭だったのが、いつの間にかいわゆる女の子のショートボブ的な長さになっていた。髪質も心なしかサラサラとしている。

「ああ。そうなの。なんか伸ばしてみたんだけどヘンだよね。切ろうかな」

「そんなことないよ! すっごくカワイイ! 女の子っぽくて」

 もちろん本心だが、ジルは「まさかーブスだもん」などと自虐しながらマリシアの隣に座った。

「ジルちゃんも眠れないの?」

「……ってゆうか……その」

 ジルはもごもご言いよどみながら、

「マリ姉にねプレゼントがあるの」

 手に持っていた布袋をマリシアに渡した。

「えー!? ありがとうー! なにかなあ? 今見てもいい?」

「うん」

 中に入っていたのは――

「鞭!?」

「そ。私が作ったの。名付けてクイーンズ・スパンカー!」

 派手な装飾などはないが、光沢のある赤色の革で出来た鞭が、丸くトグロを巻いた姿にはある種の妖しい美しさが感じられる。

「ありがとうー! いいの? こんなにいいものをもらっちゃって」

「もちろん! 約束してたしね」

 マリシアはそれをヤシの木に向かって振るってみせた。するとクイーンズ・スパンカーは赤く発光しながら「ヒュン!」という鋭い音とともに木の幹を真っ二つに切り裂いた!

「ジルちゃん! すごいよこの鞭!」

 ズシーンという音と共にヤシの木が地面に倒れる。

「それでさ」ジルは少し憂いを含んだ瞳でマリシアを見た。「ラル兄を守ってあげて」

 マリシアはジルを驚きの目で振り返った。

「ジルちゃん……」

「前まではね。ラル兄のこと優しくていい人だけど、なんか冴えないなーとか思ってたの。でもね」

 ラルフが寝ている、レッセパッセの家の方に視線を送った。

「今の彼はいつも一生懸命で。情熱的なまっすぐな目をしていて。なんかいいなーって」

 真っ赤になった頬を人さし指でポリポリと掻く。

「でもそれは。私じゃなくてマリ姉を見る目なんだよね」

 ジルは今まで見せたことのない、はかなくて悲しい、けれども美しい笑顔を見せた。

「けどね。私。二人のいつもケンカばっかりしてるけどいつもすっごく楽しそうな感じ。素敵だと思うな。だからマリ姉。頑張ってね」

「ジルちゃん」マリシアはジルの目を真剣に見つめる。「私は命に代えても彼を守って見せるよ。この鞭で」

「違うでしょー」ジルがポカリとマリシアを叩く。

「イタぃ……なにが?」

「マリ姉自身も守ってくれないと」と胸を揉んだ。

「……うん。そうだね」

「二人は命をかける覚悟ができてるのかもしれないけど、私は二人を失う覚悟なんかできてないからね。だから必ず帰って来て」

 マリシアは『ありがとう』と言う代わりにジルを強く抱きしめた。

 ジルも物凄い力で抱きしめ返す。

「よし! そうと決まれば! その鞭の使い方を徹底的に教えてあげる! 言っておくけどクイーンズスパンカーはただの鞭じゃねーぞ! れっきとしたエンチャンティドだから!」

「うん!」

「約束してたしね! ジル流鞭術を伝授するって!」

「本当にあったんですね……ジル流鞭術……」

「当たり前でしょ! ホラすぐに始めるよ! あと三日しかないんだから。えーっとますはー靴をこれに履き替えてーそれからこの仮面を被ってね――」

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