3-4 レッセパッセ登場

 ――というわけでマリシアは部屋に一人で残されてしまった。

 体調のほうはもう殆ど問題ない。

(なんだろうこのほっとする感じ)

 他人の家でひとりというのは本来落ち着かないものであるはずだが、マリシアは不思議な安心感を覚えていた。

(そうか。もしかしたらこれのおかげかも)

 部屋の至る所に飾られた鎧やその他の防具類に目を向ける。マリシアが住んでいたファイブスター城にも祖父リニア・ファイブスターや父レイド・ファイブスターの作品が大量に飾られていた。だからなんとなく実家に帰ったような安心感があるわけだ。そういえばラルフの家にも同様の実家っぽさを感じることがあった。もっともあちらはもはや第二のふるさとのようなものだが。

「それに。なんだか似ている気がする」

 立ち上がって部屋の中央に置かれたひときわ大きな銀色の鎧に手を触れてみた。あくまでシロウトの感覚ではあるが、なにか祖父や父が作った装備と共通のものを感じる。

「そういえばお爺様も変わり者だったっけ……ふぁ……」

 安心と疲れからか眠気が去来した。マリシアはソファーに横になる。

(いやいやこれはまずいって! 先に師匠さんが帰ってきたらどうする……)

 まあこの状態で帰ってこられたらどうあがいたってきまずいが、せめてまっさきにキチンとした挨拶をして、ラルフの仲間である旨を告げなくては間違いなくシバかれるであろう。

 マリシアは背筋を正して座り直した。急激に緊張と不安が走る。果たしてちゃんと打ち解けることができるだろうか。

「トイレ行こうかな……」

 ソファーから立ち上がり部屋の隅の小さな扉に向かう。たしかアレがトイレだとラルフが言っていた。綺麗なトイレだといいな、などと願いながらドアノブに手をかける。が。

「あれ?」

 押してみても引いてみても扉はビクともしない。

 ……「できない」となるとさらに尿意が高まってくる。考えてみれば今日は朝からバタバタしていて一回もトイレに行っていないのだ。

「むううううううん!」

 さらに渾身の力を込めてドアと格闘する。だが無駄であった。

 境地に追い込まれたマリシアの頭脳がフル回転する。

(どうする……!? 野に放つか……!? いや王族のプライドとしてそれだけはしないようにとこれまで冒険を行ってきた。それに。それこそ師匠さんやラルフさんたちに帰って来られたら大変なことに……!)

「しゃらくせえ!」

 マリシアは一応持ってきておいた槍を構えた。

(どうせ壊れて開かないんだ! むしろ親切ってものだ!)

 ファイブスター流槍術『突・愚直撃』の構え!

「せええええええええええい!」

 マリシアの魂の一撃にトイレの扉はとうとう心を解き放った。

 彼女の目に飛び込んできたのは綺麗な陶器製の便器と――

「つ、つるつる!?」

 その便器の上に鎮座する小さな女の子だった。それも全裸。きめ細かくつやつやした真っ白な肌を惜しげもなく晒していた。開いたドアが当たったらしく手でオデコを抑えてうずくまっている。

「ご、ごめんなさい! あなたはえーっと……現地のトイレ泥棒さん!?」

 それにしても可憐な少女だ。少々ツリ目がちだが人形のように整った顔立ち、桜色のサラサラした髪の毛は女性のマリシアでも見とれてしまうほど美しい。彼女は手負いのシマリスのような目でマリシアを睨むと、便座を踏み台にして跳びかかってきた。

「にゃあああああ! 辞めてください! 私仲間なんです! 同じくトイレ泥棒なんですー! あははははははは!」

 女の子はマリシアの首筋に嚙み付いてきた。全く痛くはないが笑っちゃうぐらいにかゆい。

 マリシアがなんか楽しくなってきてしまったところで――

「ただいまー!」

 元気な声と共に家の入口のドアが開く。

 ドアの向こうにいたのは無論、ラルフとジル。

「あ、ラルフさんたち! この子どうもトイレ泥棒みたいで! あははははは!」

 すると。ラルフが珍しく乾いた口調で言った。

「師匠。なにやってんすか? そんなスッぱだかで」

 驚愕。マリシアの中のレッセパッセ像がガラガラと崩れ去った。

 思い込みというものは本当に恐ろしいものである。

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