3-3 レッセ島にようこそ
「それでは着陸しますー!」
ジルの絶妙な舵取りにより、フライグダッチマンは進入降下角四十五度という素晴らしい軟着陸で目的の島に降り立った。ズドンという落下音とともに何本かのヤシの木をなぎ倒し、巨大な土しぶきが上がる。
「とうちゃーく! うーん。この原始時代感。いつ来てもいいなァ。なんか野生に帰りたくなる。具体的にはそうねー。野グソ?」
「この島は『エンシェント島』と言います。もっとも師匠の名前『レッセパッセ』から取った『レッセ島』という通称の方が通りがいいかもしれませんけどね」
周りを見渡すとそこはまさにジャングル。大量のツタが絡まった巨木やありえない大きさのシダ植物がうっそうと生い茂り、ほとんど太陽が見えない。そのため真昼間だというのにずいぶんと薄暗かった。
「ここで取れるバナナとヤシの実がすげーうまいんだよねー。あと南国ダチョウのタマゴ。マリ姉ぜったい気に入ると思うよ」
「マリシアさん……? 大丈夫ですか?」
マリシアは地面にうずくまって荒い息をついている。
「ちょっと……いや……ものごっつ気分が悪くて」
あれだけのフライトをした後なのだから当然と言えば当然だ。ピンピンしているラルフとジルのほうが異常であると言える。
「弱りましたね。ここから師匠の家までは二キロぐらいありますし、休もうにもこんな所では……」
「ラル兄おぶってあげなよー」
「そうだな」
ラルフはしゃがみこんでマリシアをおぶる体勢に入る。
「うう……かたじけないです。これでこの短期間に三回……いや四回目ですか……」
などと謝罪しながらもラルフの背中に登った。
「はは。マリ姉はほぼラル兄の赤ちゃんみたいなもんだね」
「ちょっと! なに言ってるんですか! 私のほうが年上だし! 身長もでかいし!」
マリシアがおぶさったままチョークスリーパーでラルフの首を絞める。
「ぐおっ! 苦しい! 元気じゃないですか! 降りてください!」
「やだ!」
ジルは「二人のそういうカンジ好きだよ」と爽やかな笑顔で呟いた。
ラルフの幅が広く少々脂肪がついて柔らかい背中が心地よく、マリシアは少しだけ元気を取り戻してきた。
「ラルフさん」
なので。気になっていたことを聞いてみることにした。
「師匠のえーっとレッセパッセさん? ってどういうかたなんですか」
「そうですね……」
ラルフは一考したのち、苦笑しながら質問に答えた。
「一言で言えば変わり者です。すごい偏屈でヒステリーで人嫌いで、いかにも職人といったところでしょうか。喋り方も古代語が混じっていて変な感じですしね」
マリシアはアタマの中で白い髭を生やした気難しそうな老人の像を結んだ。
「おっと。育ての親にたいしてこの言いぐさはないか」
「えっ? 育ての親?」
「ええ。実は僕は小さなころに両親を亡くしておりまして。母の親友であった師匠が引き取ってこの島で育てて下さったんです。母と師匠は防具職人の同輩でもあったそうですね」
ラルフはカラっとした口調で語った。
「引き取って頂いたのが十歳のときでここを出たのが十七のときだから。七年もここにいたことになるのか。よく退屈しなかったなァ」
「えっと……」
マリシアはなんとコメントしてよいかわからずに沈黙してしまった。
「あ! いえいえ気を使って頂く必要はありません。全く気にしていませんから。師匠になんだかんだ言っても愛情を注いで育てて頂きましたし」
「なんだかんだ優しいよね! 初対面のときはちょっと怖かったけど」
ジルが合いの手を入れる。
「ジルちゃんは会ったことあるの?」
「うん! わたしはもう慣れた!」
「ま、ジルの人懐っこさは東半球にとどろくレベルですからね。僕もダイワクビレッジに越して二秒で仲良くなりました」
「そうだったね! 懐かしいなー、もう三年前か」
ジルがラルフを見つめる。マリシアには少々潤んだ瞳を向けているように感じられた。
「そういえばさラル兄」
「なんだ?」
「なんでここを出てダイワクビレッジに来ようと思ったの?」
「そりゃ簡単な話だよ。師匠以外の人とも出会ってみたかったからさ」
私が城を出たのと似たような理由だ。とマリシアは思った。
「鍛冶に欠かせない石炭は火山から採り放題。アシノシーサイドと違ってゴミゴミしすぎない。村の人たちもちょっと変わってるが明るいナイスガイばかり。あそこは最高の環境だよ」
「じゃーずっとダイワクビレッジにいるの?」
「今のところそのつもりだ」
マリシアはふと、私はいつまでこうしていられるのだろう。などと考えた。
およそ三十分後。一軒のこじんまりとした民家を発見した。レンガ造りで丈夫そうではあるが、壁、屋根全体にツタが走っており少々不気味な雰囲気を醸しだしている。
ラルフは勝手しったるという様子でドアをリズミカルにノックした。
「師匠―! ラルフです! 帰って参りました!」
しかし返事はない。
「出かけてるのかな? 勝手に入っちゃいましょう」
中は案外と小奇麗に整えられていた。食卓やベッド、木製のソファー、衣類箪笥などの一通りの家財道具は揃っている。ラルフの家と同様に火炉やハタオリキが設置され、ハンマーなどの仕事道具を収納した棚も置かれていた。レッセパッセが制作したと思われる衣類や鎧も飾られている。
ラルフはマリシアをそっとソファーの上に降ろした。
「大丈夫ですか? ゆっくり休んでくださいね」
「ええ。少し休めばもう大丈夫だと思います」
「どうぞ寝転んでください」
「すいません本当に……気を使ってもらっちゃって」
マリシアは少々気が咎めながらもソファーで横になる。
ラルフとジルも食卓に座って大きく息をついた。さすがのタフガイ二人も疲れたらしい。
――しばらくの静寂のあと。
「あ、そうだラル兄」
ジルがポツリと呟いた。
「食べ物取りに行こうよ! 今日の夕飯のこともあるし、マリ姉も栄養取ったほうが良くない?」
「おまえは元気だな。僕はまだ疲れてるよ」
ラルフは少々あきれ顔をしながらジルのアタマをそっと撫でた。ジルは照れたように笑う。
「マリシアさん。もうちょっと経ったらジルと食べ物の調達に行ってきます」
私も行きますとは言えなかった。体調のこともあるがジャマしては悪いような気がしたのだ。
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