3-2 フライングダッチマン
「久しぶりだなァここも。まともな格好で来られて幸せ……」
山道を歩くことおよそ二時間。ラルフ、マリシア、ジルの三人はアシノシーサイドに到着した。
「やはり……視線を感じますね」
「マリ姉のあの変態ウォーキングはインパクトあったでしょ! まだほとぼり冷めないって」
「落ち着いたらゆっくり買い物とかしようと思ってたんですけど。やめとこうかな」
「覆面をして買い物をしてはいかがでしょう?」
「それはそれで変態くさいじゃないですか!」
三人は商店街を通り抜け港へ向かう。
「あれ? 港に着いちゃった。この先はもう家はないですよね? 師匠さんはどこに住んでらっしゃるのですか?」
マリシアがラルフに問う。
「アシノ湾のど真ん中の島に一人で住んでいます。変わってるでしょう?」
「へえー! じゃあさじゃあさ船で行くの?」
船に乗るのが楽しみなのかワクワクとした口調で言った。
「それが。その島の周囲の海流が凄まじくグルグルに渦を巻いているらしくて、船は近づけないんです」
「じゃあどうやって……」
「そこで! こいつの出番!」
ジルがカバンからなにかくしゃくしゃに折りたたんだ透明な布のようなものを取り出した。
「なんですかコレ?」マリシアが尋ねる。触ってみるとゴムのようにぐにゃぐにゃとした不思議な質感であった。どうやらただの布ではないらしい。
「まあ『完成』すればわかりますよ。じゃあジル。頼んだ」
「ラル兄も手伝ってよー」
二人は布についた筒状の突起に口をつけ、息を吹き込み始めた。透明な布はみるみるうちに膨らんでいく。
「できたー!」
ジルがそいつを抱きかかえながらドヤっとしたスマイルを見せる。
ラルフは「ね。わかったでしょ?」と言いたげにウインクしながらマリシアを見た。
「いや……全然わかりません」
完成した物体はタテに五メートル、ヨコに二メートルほどはありそうな巨大な風船だった。頭、胴体、手、足と思われる部分があり、どうやら人間の形をしている。
「これはフライングダッチマン! あたしのオヤジが開発したいわゆるエンチャンティドビアクル、魔力を付与した乗り物だよ!」とジルが誇らしげに説明した。
「いつ見ても素晴らしい。畑違いながら尊敬します」
「はあ……」
マリシアはその人形の、やたら胸が大きく、ぽっかりと開いた口が妙に艶かしく、股の辺りに意味深な穴が開いている、といった点ばかりが気になっていた。
「こいつはすぐれものでさ。徐々に中の空気が軽くなっていって気球みたいにふわふわ浮くの。これに乗って――ウオアアアア!」
ジルの体がフライングダッチマンとともに浮き上がり始めた。
「危なーーーーい!」
ラルフが懸命のジャンピングタックル。ジルを押し倒すようにして地面にくみ伏し、同時にダッチマンの右足を掴んだ。
「バカ! ちゃんと抑えとけ!」
「ん……あ……ラル兄。ごめん。早くどいて」
「あ、悪い。重かったよな」
(ん……? ジルちゃんのあの反応……)
顔を真っ赤にして一度も見せたことのない、せつないような表情。
「また太ったんじゃないの?」
「大きなお世話だ」
軽口を叩きながらもジルはそわそわと髪の毛をいじって、ラルフと目を合わせない。
マリシアの心臓が少々ザワつく。
「すいませんマリシアさん。これを持つのを手伝って頂いてもいいですか? どんどん浮力が増していきますので」
「あ……ハイ」
――数分後。
「よし! もう準備OKだね」
フライングダッチマンはロープで港の倉庫のドアノブに括りつけられ、オナカを上にしてふわふわと浮いている。なんともファニーな絵面である。
「じゃあ出発しますか! ラル兄とマリ姉! 乗って乗ってー!」
ジルはもういつもの調子に戻っていた。
三人は倉庫の屋根に上り、そこからダッチマンのオナカに飛び乗る。
「おおう? なんか気持ちいい」
マリシアの足の裏に、入道雲を踏んだような柔らかい感触が伝わった。
「すごいでしょー! 三人ぐらいなら余裕で乗れちゃうから」
「でも。これでどうやって目的地に行くんです? どんどん上に上がって行くだけのような」
「まあまあ焦んない焦んない。とりあえず離陸の体勢に入って!」
「離陸の体勢?」
「うん。マリ姉が真ん中がいいかな? この上に寝そべってー」
「こうですか?」
マリシアは言われた通り、ダッチの上にうつ伏せに寝転んだ。
「あっマリシアさん。そっち方向ではなくて自分のアタマがダッチの股間に乗るような感じに寝そべって下さい」
「ええっ!?」
「落ちないように足の付け根に両手回してしっかりホールドしてね!」
仕方がないので言われたようにする。ラルフとジルもマリシアの両サイドで同じように股間に手を回した。
「ちょっと面白すぎやしませんかね……?」
たくさんの見物人がなんじゃありゃと指をさしながら三人と一ダッチを見上げていた。
「準備よい? じゃーラル兄! 『栓』を抜いて!」
ラルフはOKの掛け声とともにダッチの股の穴に手を突っ込み始める。
「ちょっと! なにしてるんですか!」
「じゃあ。行きますよ! 絶対に手を離さないで下さいね!」
大声で指示を出しつつ手を穴から引っこ抜いた。
すると。なんということでしょう。ダッチの〇〇〇からジェット気流が噴射して凄まじい勢いで水平飛行を開始した。ロープをくくりつけていた倉庫のドアもぶっちぎれて一緒に飛んでいる。
「うーん! いい風! 楽しー!」
「楽しいよなあコレ。師匠に会いに行くときはこれが楽しみで」
「マリ姉。楽しんでまっかー?」
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーーーーーーー! 楽しくてたまるか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます