3-1 スランプ

「はっけよーい! のこった!」

 あのスモー祭り以来、ドはまりしたマリシアとジルは、暇さえればラルフの家の庭先でスモー遊びに興じていた。連日の研鑽により二人の実力はどんどん向上、来年の祭りではもはやこの二人の相手になるものはいないかもしれない。

「ふぅ……ちょっと休憩しようか」

「うん!」

 仲良く隣どうし芝生に座り、一本の竹筒に入った飲み物を分け合っている。

 二人とも安心しきったような穏やかな笑顔。

 なぜこんなにもウマが合うのか。自分たちには似たところもあり、また全く正反対という点もあるのがよいのではないか、と二人はよく話している。

「うーん! しかし平和だねえ」

 ジルが芝生に大の字になって、バンダナで顔を拭きながら呟く。

「そうですね。ここで生活していると、なんだかゆっくり時間が流れているかのような感覚に陥ります」

「ファイブスターにいたときはやっぱり忙しかったの?」

「そうですね。一回息を吸って吐いている間に一日が終わっていました」

「どっちの生活が好き?」

「もちろん。ダイワクビレッジのほうです」

 ジルは腹筋を使って起き上がるとマリシアの頬をぷにぷにとつついた。

「ホントに~? 私に気い使ってるでしょ?」

「そんなことないよ!」

「じゃあずっとここにいてくれるー?」

 ジルはマリシアの腕に抱きつきながら、じっと目を見つめた。

「ジルちゃんは可愛いなあ!」

 あんまり可愛いので思わず抱きしめてアタマを撫で回す。ジルはネコのように目を細めた。

「でもね。若干それ本気で検討してるところ」

「そっか。まあどっちにしても。予定よりもずっと長く居てくれて嬉しいよ」

「う……それは……」

 そこにラルフがやってきた。

「おっ! ラル兄! ってどうしたのその顔!」

 どうも異常に血行が悪くなっている状態らしく、顔が見事な紫色だ。目のクマも大変なことになっている。

「ついに完成しましたよ!」

「ええっ! もうですか!?」

「昨日一睡もせずに二十三時間働きましたから」

「ごめんなさい平和だなあとか言ってて……」

 マリシアは高速で何度もアタマを下げる。

「もう! ムリしちゃダメだって」

「そうも言っていられないだろ? もうあと半月しかないんだから! さあマリシアさん! 早く装備してみてください!」

 ラルフは大きな風呂敷包みを地面にズドンと置いた。

「へー! 今回は布製じゃなくて、ちゃんとした鎧なんだね!」

「マリシアさん。両手を広げてここに立って下さい」

 ラルフが器用な手付きでマリシアに鎧を着せてゆく。

「こ、これは!?」

「できた! これぞシャールズマスターピース・ドスケベミズギのひとつ! ボディタートル!」

 緑色の丸い背中に、黄色く平たいオナカ。まさしく亀の甲羅を身に着けた状態である。

「おー! 亀さんじゃんー! あたし前も言ったかもしんないけど、亀ってなんか好きなんだよねー! えーなにこれぇ! いいないいなー! かわいいかわいい! スベスベしてるぅ」

 ジルの食いつきがバツグンによい。しかしマリシアの反応は。

「うーん……」

「どうです? これであれば服の上からでも着られますし恥ずかしくないでしょう?」

「露出としては恥ずかしくはないのですが。これはこれでいやらしいような……」

 確かに、コケティッシュな亀の甲羅からマリシアのスラっとした綺麗な手足が生えた有様はそこはかとなく艶かしく、ギャップ的いやらしさを醸し出していた。

「気のせいですよ! とにかくこれを着て動く練習をしましょう。とりあえずスモーでも取ってみては? ジル。協力してくれるか?」

「もちおっけー」

 二人は土俵の中央で向かいあう。

「はっけよーい! のこった!」

「ギャアアアア!」

 立ち合いの瞬間。マリシアは甲羅の重みで真後ろにブッ倒れた。

「だ、だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ハイ。甲羅が守ってくれましたから。アレ……でも」

 マリシアは両手両足をバタつかせる。

「立てませんーーーーーーー!」

 ラルフとジルは二人がかりでひっくり返そうとするが持ち上がらない。仕方がないのでラルフが鎧を脱がせてなんとかマリシアを救った。

「ダメですよアレは!」

 マリシアが半泣きになりながらラルフの胸をポカポカと叩く。

「あんなに重くちゃロクに動けないですし、ちょっとでもバランス崩したらすぐ後ろに倒れちゃうもん!」

「ねえねえラル兄」

「でもアレは甲羅の中に首と手足を引っ込めれば、穴から炎をだして回転しながら空を飛べるすぐれものなんですよ?」

「どうやってひっこめるんですか!」

「これカワイイ。あたしも着てみていい?」

「いいぞ。じゃあやはりこれも御蔵いりですか?」

「そうなりますね……」

「おお! なんだこれ! 超しっくりくる!」

「ねえラルフさん」

「ハイ……」

「お! なるほどこうすれば手足ひっこめられるのか!」

「申し上げづらいのですが……スランプに陥っているのでは?」

「おっしゃる通りです」

 ラルフの庭の隅っこには、この一ヶ月半でつくり出した大量のボツ作品が転がっていた。

「お! これ火出せるかも!」

「やはりここは一番。アドバイスをもらいに行くしかないようですね」

「どなたにですか?」

「僕の師匠です」

「おおーーー! すげえすげえ! なにコレ! 楽しーーーーー!」

 ジルは甲羅の穴から炎を出してどっかに飛んでいっちゃった。

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