2-19 第二次ダイワクボルケオ攻防戦④

 ラルフが怒りを全顔に浮かべブーメランを取り出す。

「おっと。やめて下さいよ。あなたは殺したくない」

 そんな言葉は意に介さず、両腕を十字に組んで投擲の構え。

「ははは。例の全然当たらない上に戻ってこないブーメランですか? 私それ好きですよ」

「喰らえ!」

 ブーメランが放たれた。しかし。ラヴァはほんの少しサイドステップしてそれを躱した。

 空を切った二本のブーメランは後ろの壁に突きささる。

「いいですね。そういうふうに弱点がある人に私キュンと来ちゃうんです」

「そうですか。でも僕は弱点をそのまま放置するのは好きじゃないんです」

「はあ?」

「見えませんよね。これ。ステルスシルクワームの糸って言うんですけどね。ブーメランに括りつけてあるんです」

 そういうとラルフはなにかを引くようなジェスチャーをして見せた。

「なにを言って――はっ!?」

 ラヴァの背後から二本のブーメランが『まるで』ラルフの手元に引き寄せられるかのごとく飛来。ラヴァの背中に突き刺さった!

「うぐぅ……!」

「今だッ……!」

 そのスキに凄まじいスピードのタックルを敢行! マウントポジションのような形で組み敷いた。

(やった――!)

 そしてそのまま両手で首を絞め――

「やれやれ。こうなっては仕方がないですね」

「しまっ……!」

 ラヴァは焔銃をラルフの腹に押し付けると引き金を引いた。

「ぐおッッッッ!!」

 ラルフの体は上空に吹き飛び天井でワンバウンド。マリシアの真横に落下した。

「く、クソぉ……」

 ラヴァは怪訝な表情で首をかしげている。

「どういうことでしょうか? こいつを喰らって人間が生きていられるわけが……ん? 待てよ!?」

 興奮した様子でポンとヒザを打つ。

「わかりました! 秘密はその服ですね!? それはあなたが製造したものですか!?」

 ボロボロのラルフがゆっくりと立ち上がりながら答える。

「はい……そうです……。最大限の火焔耐性を付与したつもりだったのですが……少々足りませんでした……ね」

 全身にドス黒い火傷。皮膚の至る所に赤い亀裂が走っていた。ボタボタと垂れる血がガラスの床を濡らしてゆく。

「いえ! それでも素晴らしいですよ。いやあアナタはまったくすごい! 見た目も美しいですしね。女が着ている方なんてもし私が身に着けたとしたら完璧な美しさになると思います」

「ありがとう……ございます……しかし現状ではまだあなたを倒すのに足りないようですので」

 そう言って右手にいつのまにか握りこんでいたものを晒して見せた。

「こいつを使ってトンヅラさせて頂きます」

 それは邪宝メタスタティスだった。

「ほおおおう! なるほど! そいつでその女とそれから自分自身を送還してしまうと!? あの格闘のさなかいつのまにか取りさっておりましたか! まったくお見事!」

 なぜかピョンピョンとびはねながら手を叩いて喜んでいる。

「それに! よく二回ほど見ただけで使い方が分かりますね!」

「これでも……魔法使いの端くれ……時空召喚のほうは見当もつきませんがね」

「すごい! ものすごく興奮して参りました! あなたのことがドンドン好きになってきております!」

「そうですか。僕は逆ですね。それではさようなら」

 メタスタティスに血を擦りこみ始める。『血の種類』の問題か、それともなにかやり方が違うのか、なかなか邪宝は起動しない。

「あっ! 待ってください!」

 ラヴァがそれを制止する。

「少々交渉をさせてください。あなたにとっても悪い話ではないと思いますよ」

 ラルフは血を擦りこみ続けながらも、首をしゃくって話を促す。

「私のドレイになって、私のためだけに防具を作って下さい」

「なぜそれが僕にとっても悪い話じゃないのですか?」

「考えてもみてください!」

 ミュージカルのごとき大袈裟な仕草で答えた。

「ラルフさんの防具屋。お世辞にも繁盛しているとは言えないですよね?」

 ラルフは苦々しい顔で首肯するしかなかった。

「あなたほどの腕の持ち主があんな生活に甘んじている必要はない! 私であればあなたが望むがままの報酬を差し上げることができます」

 などと歌うような口調で言いながら、財宝がパンパンにつまった宝物庫を開いて見せた。

「第一、人間たちはあなたの腕前の素晴らしさをまるで理解していませんよ。その女含めてね。そんな人たちよりも僕のために防具を作った方が幸せだとは思いませんか?」

 ラルフは少考ののち「そうは思いません」と回答した。

「別に理解されなくてもいいから。僕は好きな人のために防具を作りたい」

「好き? ああなるほど。あなたはその女の体をあきれるほどもみ倒してしゃぶり散らかしたあげくに膣内で射精したいと考えているわけですね?」

「なっ!? そういうことじゃありませんよ! もっとピュアな……」

「なるほどなるほど。そういうことか。それはちょっと問題ですね。人間にとって性欲とは行動原理の九十九パーセントを占めると言いますからね」

 アゴに手を当てて真剣に考えるラヴァ。ラルフは苦笑。

「まあその女を人質に取ってムリヤリ言うことを聞かせてもいいのですが。それは最後の手段にしましょうかね。それをやると創作意欲を削ぐ可能性がありますから」

「ではどうなさいます?」

「一旦保留に致しましょう。私もなにかよい方法を考えますし、あなたにも決断をする時間が必要でしょう? 期間はそうですね二ヶ月ぐらいでいかがでしょう? 二か月後にまたお会いするというのは」

「す、随分と穏当なんですね。それに気が長い」

 ラルフの顔全体に『不信』の色が浮かぶ。

「ドラゴンには永遠の寿命がありますからね。人間とは時間の尺度が違います」

「そうですか……羨ましいことで」

「それに私は平和主義者ですからね。私くらい平和を愛する者はいませんよ。今の世の中が平和なのも私のおかげみたいなもんです」

「大変面白い爆笑GAGですね」

 ラルフの目も口もひとつも笑ってはいなかった。

「ギャグではありません。だって考えてもみてください。僕なんてその気になればいくらでも人間たちから宝を奪うことができるのに、わざわざお金を出して買っているんですよ。これが平和主義でなくてなんです。まあそれが職人のモチベーションのためですので、結局は自分のためではあるのですがね」

「聖なる夜の秘宝は? 彼女の父親に重体を負わせてまで奪ったとお聞きしましたが」

「どうしても譲らない場合は別ですよ。そればっかりはどうにも」

 まったくわるびれない様子でヤレヤレと溜息をつく。

「あとこの話しませんでしたっけ? 古代文明が滅びて数千年。ようやく人類がまた新しい文明を生み出そうとしていた頃、我が父ボルケオドラグーン・シニアが人類はキケンだとしてそれを滅ぼそうとしました」

「はあ?」突然始まった昔話にラルフはポカンと口を開く。

「無論当時の人類に父とその軍勢に対抗する手段などあるわけもなく。父の勝利は約束されたようなものでした。けど僕は人間と彼らが作り出すモノが好きでしたのでね。父を暗殺してしまいました。こうして世界に平和が訪れた。とっぴんばらりんのぷう。というわけです」

「……話半分に聞いておきますよ」

「ええ。信じて頂かなくても構いません。こんな過去の話はどうでもいい。あなたの送還が始まるまでの余興みたいなものです」

 会話をしている間にも血は流れ続けている。ラルフの意識が遠くなり始めたころ、ようやく邪宝が虹色に光り始めた。

「準備OKのようですね。それではまた二か月後にお会いしましょう。あ、そうそうこれだけは伝えておきます」

 ラヴァはすっと口角を上げて別れの言葉を発した。

「私からは逃げられませんよ。ゼッタイに」

 その一瞬だけ。ラルフの目にはラヴァがおぞましきドラゴンに見えた。

 意識が薄れてゆく。

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