2-18 第二次ダイワクボルケオ攻防戦③

 マリシアが狼狽した様子でラルフの肩を叩く。

「マリシアさん。確かボルケオドラグーンは最初人間の姿で現れたとおっしゃってましたね。それは彼で間違いないですか?」

「ええ。忘れもしません。あの凶悪な顔は。でも一体……」

「彼はアシノシーサイドで人間に混じって生活していました。偶然なのかそうでないのかわかりませんが僕とも顔見知りです」

 マリシアは目を剥いて驚きを露わにする。

「人間に混じってというと語弊がありますね。普段はここで生活して、用事があるときのみ人里に降りていたので」

 ラヴァはこともなげに言った。

「ショックを受けましたか? ラルフさん」

「元々普通の人間とは違うなと思っておりましたのでそれほどは」

 彼の奇行の数々。人間でなくてドラゴンだからと言われれば非常に頷けるものがある。

「なるほど。それはまァそうでしょうね」

「なぜ人間の姿などに化けているのです」

「簡単なこと。人間の男性が好きだからですよ。それに私の真の姿は私の感覚からすると美しくはないのでね。頑張ってこのメタモルフォーゼを身に着けました」

 ラルフは納得したようなしないような顔。

「それで? ラルフさん。こちらにいらっしゃった目的は?」

「とぼけるな!」

 マリシアが槍を構えつつ叫ぶ。ラヴァはキョトンとした顔。

「ラルフさん。この女は誰です?」

「なッ!」

 驚愕にマリシアの口がおっぴろがる。

「私を覚えていないだと……!?」

「どこかでお会いしましたっけ? すいません千年近くも生きているもので」

「二年前! キサマに『聖なる夜の秘宝』を奪われたレイド・ファイブスターの娘だ!」

「ああ」

 ラヴァはポンと手を叩いた。

「そういえば娘がいらっしゃったような気はしましたね。女には興味がないので全く印象に残っておりませんが」

「この……」

「それで? なにをしにいらっしゃったのですか? そんな変態みたいな格好で」

「うるさい! 格好のことは言うな!」と槍を地面に叩きつけた。

「決まっているだろう! 聖なる夜の秘宝を取り返しにきた!」

 ラヴァは小指で耳の穴をほじった。

「面白くない理由ですねえ。ちなみにラルフさんはどういった目的で?」

 ラルフもブーメランを構えながら答える。

「あの偉大なファイブスター様の秘宝を奪い取るなど許せない。そう思ったから取り返しにきました。あとは単純に聖なる夜の秘宝を見てみたかったというのもあります」

「ラルフさんにであればお見せしてもよろしいのですが。それではそこの女が納得しないのでしょう?」

 ラヴァはやれやれと手を横に出した。

「あ、当たり前だ!」

「仕方がないですね。それでは闘いますか。野蛮な争いは性に合わないのですが」

「どの口が言っている……!」

 マリシアが槍を上段に構える。

「ラルフさん。ここは手出し無用です。私が仕留めて見せます!」

「ええ? この女と一対一なんですか? あまり気が進みませんね。私、人間の女性って嫌いなんですよ。だって全員〇〇〇臭いじゃないですか」

 あまりの発言にラルフは口の中にたまったツバをブッ! と噴き出した。

「な、なんという暴言を……!」

 マリシアの槍の先端が怒りに震える。

 ラヴァは全く涼しい顔で腰に差した剣をサヤから抜いた。

「どうですか? 美しいでしょう。これはオーロラサーベル。魔導鍛冶士レヴィンが透明な剣にオーロラを吸い取って作成したと言われています。ほら。このように光にかざすと七色に光って――ブベベベエエエエエエエ!」

 マリシアの得意技、ファイブスター流槍術『突・愚直撃』が顔面に炸裂した。

「なにごちゃごちゃ自慢コネてんだ! もう始まってるぞ!」

 さらに目にも止まらぬ速さの連続突き攻撃。全弾ヒット。

 踵を返し逃げようとするラヴァの足を槍で払い転ばせると。

「くたばれ! サンダーバイブレーション!」

 口内に突っ込まれた槍は前後左右に震動し暴れる。

「ぬぐおおおおおおおお!」

 ラヴァは必死で槍を掴み、なんとか脱出。立ち上がって体勢を立て直した。

「ちっ……! 仕留めそこなった……!」

「でも見て下さいあのダメージ! 行けますよ! マリシアさん!」

 ラヴァの顔はぼこぼこのコブ、アザだらけ。口からは血が垂れてすべての前歯が折れていた。

「なにしてくれてんだよおおお! ザーメン臭せえ淫売がよおおおお! だから女は嫌いだってんだよ! このメスグソダイオウグソクムシが!」

 そう喚いてひとしきり床を蹴りつけたのち、自らの顔に掌をかざした。

 するとみるみる内に顔が元通りに戻っていく。

「さ、再生能力があるならあんなにキレなくても……」

「大丈夫。ダメージは戻っても体力までは回復していないように見えます」

 ラルフの言葉を受けてラヴァが悲し気な溜息をつく。

「ラルフさん。あなたはどちらの味方なのですか? 私との友情の日々を忘れてしまったのですか?」

「申し訳御座いません。正直申し上げて、元々あまりに奇行が多くて苦手でした」

「それはいわゆるツンデレですね?」

 その言葉に対してマリシアが毒づく。

「ねえ! あなた絶対モテないでしょ!? なまじ見た目はいいから自分が魅力的で、みんなに好かれていると思い込んでるけど、あまりに独りよがりな性格だから実は疎まれている。それにちっとも気づいていないタイプだ!」

「女にしては口が回りますね。今のは少々イラっとしました」

 そう言うとラヴァはオーロラサーベルを捨て、首にかけた黒いクリスタル状のペンダントを手にした。

「マリシアさん! 気を付けて下さい! おそらく亜空召喚で武器を取り出すつもりです!」

 マリシアは防御の姿勢で身構える。

「亜空召喚? ちょっと違いますね。邪宝メタスタティスの機能はそれだけではありません」

 右腕の袖をまくると、手首にメタスタティスを擦りつけた。

「なっ……!?」

 ラヴァの橈骨動脈が切断され鮮やかな赤い噴水が噴き出す。

「痛い! しかし! 気持ちいい! ハハハハハハハハハ!」

 メタスタティスが虹色に発光。

「時空を超えて甦れ……古代兵器エフリートの焔銃……!」

 発光が止んだ瞬間。ラヴァの右手に兵器がもたらされた。

「あれは……?」

 ラルフとマリシアにとって見たこともない物体だった。先端に穴の開いた黒鉄の棒、それに今ラヴァが手に持っている持ち手と、なにか複雑な機構が付随している。

「これは焔銃と言われるタイプのいわゆる古代兵器です。『焔核』を使用したものですね」

「え、焔核!?」

 ラルフが驚愕の声を上げた。

「ほう。ご存じですか」

「ラルフさん。エンカクとはなんですか?」

 マリシアの問いに歯をきしらせながら答える。

「古代文明が滅びるきっかけとなったと言われる……禁忌の破壊技術です!」

「なっ……!?」

「マリシアさん! 逃げ――」

 エフリートの焔銃の銃口が赤く光ると、その中から巨大な火球が現れる。

 そいつは人間には決してとらえることができないようなスピードで空間を跳んだ。

 ――そして。爆発。

 マリシアの体に当たるか当たらないかのところで火球ははじけ飛んだ。

「マリシアさああーーーーーーん!」

 彼女の体は宙返りしながら空中を舞い、やがてガラスの床に落下した。

「マリシアさん! マリシアさん!」

 ラルフが肩をゆすっても返事はない。ドスケベミズギも至る所がボロボロに破れ肩紐もちぎれており、もはや防具の体をなしていない。

「なんと。まだ息がありやがりますね。なんというタフさでしょうか」

「貴様……!」

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