2-13 残念会
それから一週間後。
「それでは! マリ姉の快気祝い並びにボルケオドラグーン討伐大失敗の残念会を開始したいと思います!」
「お、おーう」
「情けないですこんな会を開いて頂いてしまって……」
参加者は主役のマリシアとスポンサーのラルフ。それから幹事のジル。
場所はダイワクビレッジ中央部にある『温泉酒場』。ダイワクボルケオを媒介としたミネラルがたっぷり含まれた温泉に浸かりながら、地酒や郷土料理を楽しむことができる、地元民はもちろん田舎旅行マニアにも大人気のスポットだ。
ワイルドにばら撒くように設置された自然石の椅子に座りつつ、天板がわずかに湯の水面より上に来るように設置されたレンガの机で料理を頂く。気を付けないと料理が硫黄まみれになりかねないが、そのヒヤヒヤする感じがまたよいのだそう。
ちなみにもちろん混浴である。
「そんなに気落ちしないでよ! 大したケガもなく帰ってこられてよかったじゃんかー」
「そうですけど……」
残念ながらジルとマリシアは素っ裸ではない。店で貸し出されている、あまり色気のない裾が短パン状になったベージュ色の入浴着を着ていた。
(でもまあ)
ジルにはそのある意味ボーイッシュな姿がよく似合って可愛らしかったし、マリシアはサイズがやや小さいせいと湿気のせいでよく体のラインが浮き出ており、ラルフとしてはそこそこの満足感があった。
(これはこれで)
「まあとにかく乾杯しよう! カンパーイ!」
三人は地元名物の硫黄エールで乾杯を交した。
「うーん! 苦い! クサイ! マズい! ゲボ吐きそう!」
「これぞダイワクビレッジの味だよな。マリシアさんいかがですか」
「マズイですけど……意外にクセになる感じですね」
マリシアは依然として浮かない様子である。ラルフは心配そうに彼女を見つめる。
「あ、店員さーん! えーとね硫黄エールもう三つとー、ワカサギのフライとー、ボイルドブラックエッグとー、あと火山怪鳥の串焼き! それから溶岩地獄鍋三人前! 追加でダイワク大根の刺身! 溶岩河豚のヒレ酒も! オチョコは三つでね」
「おいおい。ジル。そんなに飛ばすなよ」
「えーなんでー。せっかくの宴会なのに」
「だってさ……」
浮かない表情のマリシアにさっと視線を送る。
ジルはヤレヤレと両手を横に出した。
「わかった! じゃあ反省会をやろうよ。どうして討伐は失敗したのか、そのための対策はどうすればいいのか!」
「そうだな。それがいいかもしれないな」
とラルフ。マリシアも申し訳なさそうに頷いた。
「うむ。そんじゃあさマリ姉。どうしてダメだったのか教えてよ」
「そういえばちゃんと伺ってませんでしたね。やはりあのドスケべミズギではダイワクボルケオの超高熱を防ぐのに十分ではありませんでしたか? だとしたら申し訳――」
マリシアはブンブンと両手を振って否定した
「い、いえ! その点は問題ありませんでした! なにせ私最後にはマグマの海を泳いで逃げてきたんですから!」
「それではモンスターにやられましたか?」
「ま、まあ。そうなりますね」
マリシアは気まずそうにラルフから目を逸らす。
「相手は?」
「ギャザリングサーペントです……」
ラルフとジルの二人が同時にへえええ! と声を上げる。
「なるほどギャザリングサーペントか」ジルがアゴに手を当てて思案顔をする。
「そんな上級モンスターまでいるとは……。恐らくボルケオドラグーンの手下でしょうね。同じドラゴン属ですし」
「そういえばリザードマンなんかもいましたね。今思えばあのときのフライングリザードマンも手下だったんでしょうか?」
うーんと考え込む三人。
「ちなみにさ」ジルがカラっとした笑顔で言った。「ギャザリングサーペントってなに?」
知らねえのかよ! とラルフがアタマをはたいた。
ジルは頭に巻いたバンダナの位置を直しながらぷくっと頬を膨らませる。
「ギャザリングサーペントっていうのはな。紫色のえっぐいヘビがごちゃごちゃに丸まって空中に浮いてるモンスターだよ」
「ひっ! 辞めて下さい!」マリシアは両手で耳を塞ぐ。
「あっ! ごめんなさい! 無神経でした」
「へー想像したらちょっと可愛いかも。あたし爬虫類ってなんかスキなんだよね。ヘビとかトカゲとか亀とか」
「そうなのか?」
「うん。例えばイシガメなんかは結構ひとなつっこくてさ」
なぜかジルの爬虫類トークが始まる。マリシアはずっと耳を塞いでいた。
その間に店員が注文を運んできて机に置く。
「おいジル……リクガメの前足の可愛らしさの話はもういいよ」
「えー?」
ジルはまだしゃべりたいらしく少々不満げな顔。
「まあいっか。話を戻すと――。ギャザリングサーペントってヤツの対策を考えないとだね。ラル兄はなんか知ってる? 弱点とか」
「ああ。一応師匠に戦闘術とかモンスターの特徴は一通りは仕込まれたからな。ただ――」
「ただ?」
「そうですね。このように申し上げるのは僭越なのですが――マリシアさんほどの腕の持ち主が負ける相手とは思えません」
その発言によりマリシアの目がどよーんとくすむ。
「ああっごめんなさい! その……調子が悪いってこともありますよね!」
「わかった! マリ姉アノ日だったんでしょ! ムリに行かなくても良かったのに!」
マリシアは硫黄エールのジョッキを乱暴につかむと、
「ヘビが怖いんです!」
と叫んだ。そして地元民でもマズすぎてちょっとづつしか飲めない代物を一気に飲みほし、ゲフーイ! と喉を鳴らす。
「なんにも攻撃されてないのに! ヘビの見た目が怖くて! ダッシュで逃げてきたんです!」
さらにヒレ酒を瓶に直接口をつけて飲み干した。一瞬にして白目が真っ赤に変色する。
「マリシアさん……。ドラゴンってキホン、でっかいヘビですよ?」
マリシアはアタマを抱えて机に額を打ちつけた。
「もう! いやあ! ちくしょー! こうなったら目を潰すしかない!」
マリシアは火山怪鳥の串焼きの串を目に刺そうとする。
「や、辞めてください!」
ラルフが必死に止める一方、ジルは腹を抱えて笑っている。
「ハハハ! 酔ったマリ姉おもしれー! ほら! もっと飲みなよ!」
と硫黄エールを口に含ませる。
「ジル! おま! やめ!」
マリシアの目がまた一段階まずい赤さになった。
「プルルル! ヤッハアアアー! なんかテンションが上がってきた!」
マリシアは机の上に立ち上がると、両手を変な角度で上げて一旦停止。
しかるのち、前方宙返りをしながら温泉に飛び込んだ。
――バッシャーン!
周りの客すべての料理が硫黄まみれとなる。
「ハアイ!」
そして水面から足だけを出してクルクルと回転する。
「これは!? 古代文明時代の泳法、シンクロナイズドスイミングでは!?」
「ギャハハハハハハ! ウケる! マリ姉すきー!」
「へへへ~~~泳ぎは得意なんれす~~~~~~~~~」
客達は初めザワつき、やがてマリシアの演技に惜しみない拍手を送った。
ラルフはまだ殆ど飲んでいないにも関わらず激しい頭痛に襲われた。
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