2-12 ラヴァ×ラルフ
ラルフはいつもどおり『ラルフ魔防具工場』の作業スペースで製造作業を行いつつ、客を待っていた。
いつものことだが、客は誰もおらず作業に集中できる状態だ。
しかし。この日のラルフは作業台に腰を下ろしてボウっと一点を見つめているばかりであった。
(マリシアさん大丈夫かな……)
彼女が当たり前のように自分一人で行くという空気を醸し出していたので、ついつい送り出してしまったが。
(僕も行くべきだったんじゃ)
並のミッションであれば彼女ほどの腕を持つ冒険者をわざわざ手伝うこともなかろう。
でも彼女の相手はあのダイワクボルケオでありボルケオドラグーンなのだ。
(でもなー。僕なんかが行っても足手まといになるかもしれないし、彼女の家の問題でもあるから部外者が首を突っ込むというのも――)
などと考えていると。
「失礼致します」
珍しく『ラルフ魔防具工場』に来客が現れた。
「あっ! あなたは!」
長い銀髪に中性的な美しい顔立ち。数週間前に一度会ったきりだが忘れるはずもない。
「ラヴァさん」
「お久しぶりです」
相変わらずの爽やかな笑顔でラルフを見つめた。
「おお。部屋に入った瞬間テンションが上がってしまいます。どれもこれも素晴らしい」
「ゆっくりご覧になってください。今コーヒーでも淹れますね」
火炉の上にケトルを置いてお湯を沸かしている間、ラヴァはとにかくノンストップで商品を褒めちぎっていた。
「先日は布防具の方にばかり目がいきましたが、鉄防具もまた素晴らしい。この鎧の勇ましいことと言ったら。今にも動き出しそうです」
「こちらの透明な盾などまさに芸術品だ。もし闘いで傷などつけられたら、私など激高して五倍の戦闘力になるでしょう」
「おお。ティアラなんかもあるのですね。美しくかつ可愛らしい。思わす花嫁になってしまいそうです」
「こちらは純白のローブですか。よろしいですねえ。繊細でそれでいて大胆。あまりの清廉さに逆にぶっかけて穢したくなりますね。泥をですよ?」
ラルフは苦笑しながらコーヒーの入ったカップを運んでくる。
「なぜこの店に長打の列ができないのか不思議でなりません。低俗な人間にはこの良さが分からないのでしょうか」
「ははは。そこまで褒められると背中がかゆいですね」
「なに!? それは大変だ! 掻いて差し上げます!」
「えええっ!?」
ラヴァはラルフの背後に回り込むと、爪をたてて背中をひっかき始めた。
「アひゅン!」
なんともいえぬ痛痒気持ち悪さにラルフは奇妙な声を上げて体を痙攣させる。
手からコーヒーカップが零れ落ち、彼の手やズボンを茶色い液体が濡らした。
「あっち!」
「あ! あ! 申し訳ございません! 大変だ! あなたのこの世界に宝物をもたらす黄金の右手が!」
「そんな大げさな……大丈夫ですよ。職業柄熱さには強くて――」
「私が舐め取って差し上げます!」
ラヴァはそういってラルフの手首をつかむと、彼のコーヒー色に濡れた親指を口に含んだ。
ラルフの背中に氷柱を突っ込まれたような寒気が走った。そしてその数秒後。
「ギヤアアアア! あっつい!」
ラヴァに咥えられた部分が異常な熱を放つ。思わずその口を払いのけた。
「申し訳御座いません。ちょっと吸いすぎましたかね? あっ!?」
「こ、今度はなんです!?」
「ズボンにもコーヒーが! 大変だ! 美しいズボンに染みがついてしまう!」
「こ、これはその辺で買った――」
ラヴァは強引にラルフのズボンを脱がそうとした。身の危険を感じたラルフは全力でそれに抵抗する。
「自分で脱げますから!」
「いいから! ここは私にお任せ下さい!」
下半身をめぐる痴話喧嘩を繰り広げること十数分が経過したころ。
入口のドアがズババーンと開いた。
「ゲッ!」
ドアの向こうにいたのはよりによってジル。珍しくなにやら深刻そうな顔をしている。
「ジル! 違うんだ! 誤解だけは絶対にしないでくれ! これはただ単にズボンを脱がすか脱がさないかでモメているだけなんだ!」
必死に弁解するラルフ。ジルは怒りの表情で床を踏みつけた。
「もう! ラル兄のバカ! そんなおホモ達ごっこをして遊んでる場合じゃないんだよ!」
よく見れば目には少し涙が浮かんでいる。
「な、なにがあったんだ!?」
「マリ姉が村の入り口で倒れてたの! 私一人じゃ運べないから早く来て!」
「なんだって!」
ラルフはジッパーに嚙み付いている状態のラヴァを振り払うと、自らズボンを脱ぎ捨て店の外へと走った。
「ありがとう! でもズボン履かなくていいの!?」
ジルもそれを追いかける。
一人店に残されたラヴァは少々寂しそうであった。
「マリシアさんごめんなさい! 僕もついて行っていれば!」
そういって倒れ伏すマリシアを担ぎ上げた。
彼女はうわごとのように呟く。
「ヘビこわいヘビこわいへびコワイへびコワイ……」
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