2-8 試着
「じゃあジル頼んだぞ」
「ホ~~~い。じゃあマリ姉行こーう」
「随分と仲良くなってたんだな。知らない内に」
マリシアとジルを伴って帰宅。さっそく試着をしてみようという段に相成った。
一人では着るのが少々難しい作りになっているが、さすがにラルフが着せてあげるというわけにもいかないので、ジルに着せる役を依頼することにした。
ジルは左手に防具の入った布袋を、右手にマリシアの手を持って二階のマリシアの部屋(本来は客室)へと上がって行った。
ラルフは(今頃マリシアさんはすっぱだかで……)などと極めて童貞的な思考をめぐらせつつ二人を待つ。
――やがて。
二階からジルの「お待たせー!」という声が聞こえた。
(来たか!)
ラルフは素晴らしい勢いでイスから立ち上がり、階段の前まで駆けてマリシアを待ち構える。しかし。なかなか降りてこない。
(イヤ! ムリ! ムリですーーー!)
(大丈夫だって可愛いよ。似合ってる!)
(そういう問題じゃない!)
(慣れりゃあ平気だって)
(一生慣れません!)
なにやらもめている声が、階段正面のドアの向こうから聞こえる。
「ジル? どうした?」
「あーダイジョブダイジョブ! すぐ行く! ホラ! ラル兄待ってるから! うおおお!」
ドアが開いた。
「どっせえええええい!」
ジルの野太い声と共に肌色の物体が降ってきた。
「キャアアアアアアア!」
「あぶなーーーーい!」
ラルフはそれをジャンプしながらキャッチ!
着地に失敗し、頭と背中を強打した。
「いててて……大丈夫ですかマリシアさん!」
頭と背中は確かに痛い。でも体の前面には素晴らしく柔らかい感触、それに幸せ感のあるぬくもり。さらには蠱惑的な匂いがラルフをくすぐる。
「大丈夫だけど! 大丈夫じゃない!」
マリシアはラルフを引き離すと、頭上に持ち上げソファーに向かってほおり投げた。
「おお! これはレベルの高いテレギレ! でもちゃんとソファーに投げる辺り優しいねマリ姉。それとも。好きなの?」
「なにいってるんですか! 嫌いですこんな人!」
ラルフは後頭部を掻きながらソファーより立ち上がる。そしてマリシアの姿を一目見るや「おお!」と歓声を上げた。
「素晴らしい……大変お似合いですよ! マリシアさん!」
マリシアが身に着けていた防具はフリルがふんだんにあしらわれたツーピースの服だった。色はワインレッド。真っ白な肌に良く映えていた。頭をサイドで結わえて花柄のリボンで留めているのも大変可愛らしい。
「似合ってたまるかああああ!」
足に履いているハイビスカスのような装飾がつけられたサンダルも大変爽やかな印象を与える。
「そうかなー。可愛らしくてかつ色っぽくてマリ姉にベストフィットだと思うんだけどなァ」
ただ問題は――
「こんなもの防具なんかじゃない! ってゆうか服でもない! ただのハダカです!」
とてつもなく布地が少ないということだろうか。太腿や腕、肩、おなかはおろか乳房すら北半球も南半球も露わになっていた。かろうじて隠れているのは女性の部分と、乳頭のみ。仕方がないから隠しましたとでも言いたげな小さな布とそれを横と上から吊っているヒモが最後の良心と言った風情である。あと二の腕と太腿、それから首にもヒラヒラした赤い布製のリングが巻かれており、そこも一応隠れてはいる。
「これは『ドスケベミズギシリーズ』シャール様のライフワークと言われる代表的な連作の内のひとつです」
「シャールさんっていう方は! とんでもなくエッチなおじさんだったんですね!」
「いえ。大層美しい女性であったと伝えられています」
「そうねーこのコケティッシュさはおっさんでは出せねーだろうね。女の子の感性で作られてると思うよ」
「ジルちゃんはなんでそんなに理解があるの!?」
マリシアはネコが体を丸めるがごとき体勢で床に丸まってしまった。
「とにかく……こんな装備ではボルケオドラグーンと戦えませんよ……もっと違うヤツを……」
「恥ずかしいからということですか。確かに美しさ、芸術性は別にして露出自体は多いかも知れませんので一理はありますが……恥ずかしがっていてはあの強敵に挑むことは――」
「そういう問題じゃありません! いやそれもおおいにあるけど!」
つっぷした体勢のまま床を拳でガンガンと叩いた。
「こんなハダカじゃあっという間にやられてしまいますよ!」
ラルフはそれを聞いて誇らしげに腰に手を当てた。
「果たしてそうでしょうか?」
「えっ?」マリシアが顔を上げる。
「マリシアさんはいつも『ダイワクビレッジはいいところだけど暑くて敵わない』とおっしゃられていましたが。どうでしょう? さきほどから涼しくはないですか?」
マリシアは立ち上がって自分の全身をペタペタと触る。
「……確かに。むしろ。寒い」
「それはドスケベミズギのおかげです。――なあジル。ちょっと頼みがあるんだが」
ジルが「あたし?」と自分を指さした。
「火炉から石炭を拾ってマリシアさんに思い切り投げてやってくれ。火がついているヤツな」
「ええええっ!?」
ジルは「ハイー」などと返事をしつつ火箸で赤く発光した石炭を拾い、
「そりゃあああ!」
体を一回転させながら思い切り投げつけた。
「ひぇあああああ!」
マリシアは悲鳴を上げながら反射的にそれをキャッチした。
「あっつ! ……くない!?」
ラルフはとてもよい表情で腕を組む。
「これがドスケベミズギの『灼熱全遮断』……! 氷結の魔力により熱という熱を完全に遮断します!」
マリシアはポカンと口を開けて自分の手の中の真っ黒に焦げた石炭を見つめた。
「さらに! 物理防御力も大したものでしょう? ジルの馬鹿力で投げつけられたものをキャッチしても少し痛くもないし、痺れたりしてもいないんじゃないですか?」
「確かに……」
「これが魔導防具の力です。見えない魔力の衣で全身を包み、全ての攻撃をガード可能! 通常の鎧ではどうしても存在してしまう『スキマ』もありません!」
ラルフのこのドヤっとした顔である。
ジルは目を輝かせて「すげえ!」と率直な感想を述べた。
「そういえば! さっき私が階段から落としちゃったときもピンピンしてたよね! いくらラル兄がキャッチしたとはいえ!」
「うっ!」
ラルフは先ほどの感触を思い出し顔面を紅潮させた。
マリシアも同様らしく、首まで真っ赤になっている。
「二人とも恥ずかしがっちゃってカワイイー! アレ端から見ててもびっちゃくそにエロかったよ!」
「ジルちゃん!」
ジルとマリシアがおいかけっこを始めた。
「待てー!」
マリシア懸命に追うが全く追いつかない。
――しばらくして。
「あ。そうだマリシアさん」
ラルフはポンと手を叩くと、
「その格好。スケッチさせてください」
とこともなげに言い放った。マリシアは目んたまを見開く。
「じょ、冗談でしょ!」
「ラル兄いくらなんでもそれは……」
「えっ!? っでも……完成型はちゃんとスケッチに残しておきたくて」
マリシアは一瞬はっとした顔をしたのち、
「わかったわよ……」
それを承諾した。
「えっ! マリ姉!? それはOKなの!?」
「だって……それが彼の人生の目標だって言ってたから」
「エロい絵を描くことが!?」
「ありがとうございます。マリシアさん。それではそちらのソファーに寝そべって下さい」
「うん……」
マリシアは艶かしい動きでソファーに横向きに寝そべった。
ラルフは鉛筆を取りスケッチを開始する。
「う、うわあああ! コレは……! もんのすげえポルノ臭せえ! イヤァ! 恥っず! あ! コレ無理! 処女の私にはムリ! トンズラするしかねえ!」
ジルは猛牛のような勢いで入口の扉を蹴破って一目散に逃げ出した。
「あの……ラルフさん……」
「……」
「ラルフさん……」
「……」
「ねえ。この上になにか羽織ったらダメなの? ねえってば!」
ラルフは真剣そのものといった表情でマリシアの躰に熱視線を送っている。
彼女の全身は湯上りのように真っ赤に火照りきっていた。
「ねえ! いつまでかかるの!!」
「よし! ちょうど今できました!」
ほんの一時間弱のことだったが待っている方には永遠に感じられた。
「ご覧になってください!」
「やだ! 絶対見ない!」
目をつむって首をブンブンと振る。
「そう言わずに!」
ラルフは後ろに回り込み絵を顔の前に持ってくると、親指と人さし指で無理矢理目をかっぴろげさせた。
「ちょっ! どんな強引さ! あれ……?」
マリシアは紙を手に取ってまじまじと眺めた。
「うーん。こうして見るとけっこうオシャレで可愛いような。ただ単にエッチなだけではないっていうか」
「でしょう? でも。えーっと。その……ドスケベミズギだけの手柄ではありませんよ。あなたが綺麗だからってゆうか……スタイルですとかその他もろもろにおいて……」
「はは。ありがとう。めっちゃ照れながら褒めてやんの。カワイイ」
プッと噴き出すように笑いながら紙をラルフに返した。
「でもさ。いくらモンスターが相手っていっても、やっぱりこんなの着てたらまともに動けないよ……すぐ見えちゃいそうだし」
「それでしたら。練習しましょうか」
「えっ……練習?」
それから五日間。
マリシアはこの格好のままアシノシーサイドの繁華街に繰り出す修行を強いられた。
それからしばらくの間、アシノシーサイドは美しい痴女の出る街として人出が絶えなかったとかなんとか。
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