2-5 シャールズマスターピース②

 いっしょに皿を洗い終え仕事を開始する。

「これはハタオリキと申しまして、僕の師匠の家に代々伝わっているものを借りているんです。完全なロストテクノロジーで、師匠もどうやって作るか分からないと言っていました」

 ラルフは隣に座るマリシアに喜々として説明を行っていた。

「その書物はなんですか? ってごめんなさい。思いっきりジャマしてますね」

 ラルフは手元に置いた古びた書物をペラペラとめくって見せる。

「この文字は……どこの国の言葉でしょうか?」

 どうやらマリシアには全く理解不能な言葉が書いてあるらしい。

「これは古代文明の言葉です」

「古代文明!?」

 マリシアは驚きのあまりイスから転がり落ちかけた。

「ええ。一五〇〇年前に滅びたと言われている『キゲン文明』。現在とは比べものにならないような、機械技術や魔導技術があったとされていますね。そのせいで滅びたとも」

「ラルフさんはこれが読めるのですか?」

「ええ。師匠が専門家でしたので。あの人は日常会話にも古代語が混ざっちゃってましたね」

 マリシアは「ふえ~!」などと子供のような感嘆の声を上げた。

「何について書かれているんです?」

「これは『シャールズ・マスターピース』。古代文明時代の伝説の防具職人シャール様が唯一この世に残したものだと言われています」

 もっとも。これは写本ですけどね。と付け足した。

「つまり防具の作り方が書かれている――と」

「ええ。マリシアさんの防具もこれを元に作成します」

 ラルフは糸をハタオリキにかけると、足もとにあるペダルのようなものを踏んで機械を動かして見せた。

「すごーい! これどういう仕組みになってるんですか?」

「僕もよくわかりません。どうして動くやら」

 それを聞いたマリシアはどうもツボに入ったらしく「キャハハハ!」などと笑い袋のような甲高い笑い声をあげた。

「ま、マリシアさんって結構笑い上戸ですよね」

「えっ、そうですか? 言われたことないけど。そうなのかなあ?」

 マリシアはうーんなどと唸りながら腕を組んで考え込んだ。

 ハタオリキのカタカタという心地のよい音だけが部屋を満たす。

 ――しばらくしてラルフが。

「シャール様が考案した防具は素晴らしいです。正直に言って魅せられています。だから。シャール様が考案したものをできるだけたくさん、できるかぎりの完成度でこの世に生み出すこと。それが僕の人生の目標ですね」

 などとイキイキとした声で呟いた。マリシアは驚いてラルフの顔を覗き込む。

「あ、すいません急に。こんな自分語り。ヒキましたか?」

「んーん。全然!」

 マリシアは優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。あっそうだ!」

 ラルフは立ち上がり、戸棚から真っ白な羊皮紙と鉛筆を取り出した。

「鉛筆? なにをするの?」

「スケッチです。シャール様の装備を再現するときは製造工程をスケッチしておくことにしているんです。後世に残るように」

「なるほど!」

 ラルフはサラサラと鉛筆を走らせる。

「へえ! お上手なんですね!」

「まあ必要に迫られて結構描いてますから」

「私も絵は得意なんです。同じく必要に迫られてよく描きますからね。私にも紙と鉛筆貸してください。どっちがうまいか勝負しましょう」

 ラルフは鉛筆をひとつと紙を二枚ほどマリシアに渡した。

「冒険者が必要に迫られて絵をですか?」

「キケンだけど宝が埋まってる洞窟、いわゆるダンジョンの地図を描いてます。なかなかよく売れるんですよ。主要な収入源のひとつでしたね」

「なるほど」

「ダイワクボルケオのヤツは高く売れるだろうなぁ」

 ――二人はしばらくの間無言で鉛筆を走らせていた。

「でーきた!」

 マリシアが完成した絵をラルフのアタマに乗せる。

「どれど……アレ?」

 絵に描かれていたのはものすごい美青年の横顔だった。

「これ僕ですか?」

「そ」

「僕はいくらなんだってこんなに美男子ではないですよ」

「知ってるー。サービスしたんです」

「そ、そうですか。でも本当にお上手ですね。完敗です」

「でしょう?」

 マリシアはニカっと歯を見せて笑った。それから。

「ジャマしないようにもう寝るね」

 ラルフのアタマにそっと手を乗せ、髪の毛を撫でた。

「お休みなさい」

 リズミカルな足音を立て階段を上っていく。

 ラルフは「年上かあ……」などと呟きつつ作業を再開した。

 なんとなく上の空で、何回かやり直しをするハメになったとか。

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