2-1 武器屋のジルちゃん①
翌朝。
さてどうしたものか。とマリシアは考える。
ラルフは防具の材料を買いに行くと言って出かけてしまった。
彼曰く『宿料金も出世払いでよいから防具が完成するまではゆっくり休んで傷を治してくれ』とのことだが、生来の頑丈さ故か昨日負った傷は既にほぼ完治しているし、第一ずっと寝ているのも退屈だ。
(さしあたってやることと言えば……そうだ! 昨日ラルフさんが言っていた)
彼女は出かけることにした。簡単に髪を整えて後ろで結ぶと玄関の扉を開く。
すると。目の前に広がったのはなんとも牧歌的な光景だった。素朴極まりない藁屋根の家、石畳などで舗装されていない地面むき出しの道、そしてなにを育てているのかよくわからない大きな畑たち。彼女が今まで冒険してきた中でもここまでのストロングスタイルのド田舎は初めてであった。
(興味深いものがいろいろとありそうだけど。とりあえずは)
昨日ラルフが言っていた、着替えを手伝ってくれたという女の子にお礼を言いに行こう。
(口ぶりからすると、多分同じ年かちょっと下くらいの娘だよね)
純粋にお礼が言いたいという気持ちもあるが、彼女と仲良くなりたいというある意味の下心もあった。なにせ彼女の今までの人生で同年代の友達などいた試しがない。これは貴重なチャンスである。
どこの誰であるかまったく聞いておかなかったのは失策だが、退屈しのぎだと思えばちょうどよいかもしれない。少しばかりウキウキした気持ちで歩みを進め始める。が。
(うっ――このプレッシャーは!)
四方八方から鋭い好奇の視線を感じる。おじいちゃんやおばあちゃん、若い男性、小さな子供、堂々とジロジロと見る人から木の影に隠れてこっそり見ているものまで様々だ。
(まあそりゃあこんなヨソモノが突然現れたらそうなりますよね)
そう思ったマリシアは、
「みなさん。初めまして。しばらくの間滞在させて頂きますマリシアと申します」
と叫ばない程度の大声で挨拶をした。
するとその途端、全員が猛牛のごとくマリシアに突進。質問の雪崩を浴びせた。
「どこから来たの!?」
「歳はいくつ!?」
「なんの用事があってこんなところに!?」
「スリーサイズ――ってゆうかバストサイズは!?」
「好きな食べ物は!?」
「好みのタイプは!?」
「好きなプロポーズの言葉は!?」
「バスト的なもののサイズ的なものは!?」
「ラルフさん家から出てきたけど、どういう関係!?」
「ラルフのことどう思ってるの!?」
「バスト的なもののカップ的なものの標高的なものは!?」
「この今朝とれた山芋食べる!?」
「そしたらウチの大根も!」
「牛乳も飲む!?」
「バスト的なものの先端のカラー的な――」
「じゃあ、ま、なにもないところだけどゆっくりしていってくれや」
あまりの勢いのため、ひとつひとつの質問にはロクに答えることができなかった気がするが、とりあえず皆は満足したらしくバラバラと散っていく。
歓迎の印として食べ物をたくさんもらえたのは嬉しいところだが、少々疲れを感じるマリシアであった。そんな彼女に。
「お姉ちゃん。今日はこれからどうするの?」
幼い少女が尋ねた。それを聞いてマリシアは本来の目的を思い出す。
「あっ! そういえばすいません! 私からも聞きたいことが!」
全員がこちらを振り返った。ちょっと威圧感を感じる。
「あの。女の子を探しているんですけど」
「女の子?」
「はい。私が気絶している間に着替えを手伝ってくれたらしいのでお礼が言いたいんです。名前はちょっと聞くのを忘れてしまったのですが、ラルフさんが『友達』だと言っていたので彼と多分同年代くらいかな」
皆は一瞬だけ顔を見合わせたが、すぐに結論を出した。
「そりゃあ多分武器屋のジルちゃんだろ」
「ああ。間違いねえ。ラルフの野郎が頼みごとするっちゃあだいたい彼女だし、ヤツと同年代の女の子なんざこの村にゃあの子しかおらんしな!」
なかなか苦労したがどうやら彼女の捜索の大きなヒントを手に入れたようだ。
武器屋の場所も教えると言ってくれたがそこまで聞いてしまってはつまらないと思い、自分で探すと答えた。
「どんな子なんですか? ジルさんって」
「ええ? そうだなあ。そりゃあもう天使みたいに優しくて可愛い子だよ! なあみんな!」
皆が一様にうんうんと頷く。
「早く会ってみたいです」
ジル。か。なんとなくポップで可愛い名前だ。彼女の中で期待が膨らんでいく。
村の中心部となっている大通りを歩く。
やはり道路は舗装などされておらず、建物も木造の平屋ばかりだが、人通りは多くそれなりに活気はある。雑貨屋や土産物屋、仕立て屋などが並んでおり商店街になっているらしい。
一応は観光地として相当な旅行マニアの間では有名だ、とさっきの人たちが言っていたがどうやら本当らしい。この中に目的の、ジルという子のいる武器屋もあるかもしれない。
それはともかく。
(――誰かに見られている気がする)
というのはこの村に来てからずーっとで今に始まったことではないが、さきほどから感じる視線は今までのものとは少し種類が違う気がしていた。なにか殺気をはらんだような気配。
(昨日のリザードマンの仲間? それともあのときの? もしくはあの国の? いやまさかこんなところまで――)
正直に言って心辺りはいくらでもあった。従って。相手が誰であるか考えても仕方がない。やるべきことは決して油断をせず襲いかかってきたものを返り討ちにするということ。
マリシアはそう考え直して再び右足を前に出す。
――と。
たった今スルーして通り過ぎようとした店の、看板に書かれていた文字が目の端に入った。
(『エンチャンティドウエポンのスチュアード』これってもしかして)
マリシアは胸を少々高鳴らせながらドアを開――
「うおりゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
上空から襲いかかって来る影!
(来なすった!)
「くたばりやがれええええ!」
マリシアはそのアタックをギリギリで躱す。
「あ! しまった! 避けられ――!」
着地した賊の背後に周り込み、足を払いうつ伏せに転ばせる。
「ゲッ!」
そのまま背中にのしかかり、首を絞めてオトそうとしたのだが。
「や、やめて! お願い! 首絞めないで! ぶたないで! なんでもしますからー!」
(お、女の子の声!?)
マリシアは背中から降りて彼女の顔を見た。
「ご、ごめーん! あなたマリシアさんでしょ? ねー仲直りしようよー」
短い栗色の髪の毛の上から青いペリズリー柄のバンダナを巻いて、ヘソが出るくらい短い丈の丸首シャツにショートパンツ。男の子のようなファッションの女の子だった。
「私の名前を……あなたもしかして。じ、ジルちゃん……?」
「そーそー! ラルフのアニキがお世話になってます!」
彼女は全く悪びれることなく実に無邪気にニカ―っと笑う。
「ねえねえ。ここ私ん家だからさ。ちょっと寄って行ってよ。今オヤジとママもいないしさ」
さっきまで『くたばりやがれええええ』とか言っていたとは思えない馴れ馴れしさ、というか変わり身の早さである。
「うーん……」
正直あまり気は進まなかったが、マリシアは彼女に従うことにした。
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