1-4 聖なる夜の秘宝
火炉などが置かれた作業スペースのすぐ近くには、小奇麗な食卓テーブルがあった。
「どうぞこちらに座ってください」
「ありがとうございます。キレイな机ですね」
部屋を見渡すと木製の棚がいくつか置かれ、その中に値札が貼られた、盾や兜、鎧、籠手などが置かれていた。なるほど作業場所と居住スペース、売り場が混然となった作りらしい。
「お加減はいかがですか? 一応神父様に回復魔法はかけてもらったのですが」
「わざわざありがとうございます。もう殆ど大丈夫だと思います」
それならよかった。と言いながらラルフは牛肉の塊を長い金属の串に刺し、先ほどの火炉に突き立てた。
「すいませんね。こんな食事しかお出しできなくて。なにぶん男の一人暮らし所帯なもので」
「いえ! とんでもない! お肉は大好きですし」
確かに女性にふるまう食事としては少々ワイルドであるかもしれないが、香ばしい匂いが漂って大変美味しそうだ。
「味はまあまあだと思いますよ! もう三年も一人暮らししているので」
「一人暮らしにしては結構部屋の数は多いのですね」
マリシアが寝ていた二階にはもう二つほど部屋があった。
「一応防具屋兼宿屋ということになっておりますから。元々は宿屋だった建物をそのまま使っておりますので」
「なるほどですね。客室を使わせて頂いた上、こうして服まで着せて頂いちゃって。なにからなにまですいません」
「いえいえ! 大丈夫ですよ! あっ! 服を着せかえるのは友達の女の子にやってもらいましたので! その点はご安心ください!」
「は、はあ。わざわざありがとうございます。その子にもお礼を言わないといけませんね」
「あなたに興味津々な様子でしたのでよろしければ明日辺り、会いに行ってやってください」
どんな子なのだろうと想像しながら首肯した。
「それにしても。まさかあの完全装備の戦士が女性とは思いませんでしたのでびっくりしましたよ」
「ははは……私でかいですしね」
マリシアの身長は一七〇センチ。時代を問わず女性としてはかなり長身の部類であろう。ラルフよりも三センチばかり大きい。
「いえいえ。スタイルがよろしくて羨ましいくらいです。あ。そうだ喉乾いてますよね――」
と飲料の保管庫を探し始めた。しかし。
「ありゃ!? 申し訳御座いませんエールしかなくて……」
ラルフは本当に申し訳なさそうな顔で謝罪した。
マリシアはあんまり人の好さそうな様子に思わず苦笑しつつ「お酒も好きですよ」とフォローした。フォローと言っても別にウソをついたわけではないが。
「それならよかったです」
ホッとしたような笑顔で、木のジョッキにエールを注ぎ机の上に置いた。
「自己紹介がまだでした。僕はこの村で防具屋兼宿屋をやっているラルフと申します。年は二十」
「私はマリシアと申します。……えーっと一応冒険者をやっています。北方の『ファイブスター帝国』から来ました。年は二十二」
乾杯をしながら互いに自己紹介を行った。
「そんな大都会から出ていらしたのですか!? なんか恥ずかしいな。こんな汚い所に……」
「いえいえ。汚くなんかありませんし、こういった素朴な感じは好きですよ。元々都会の生活が合わなくて冒険者になったので」
マリシアは両手を振りながらフォロー。これもウソではない。
「冒険者かぁ。最近は女性だてらに――という方もけっこういらっしゃるみたいですね。その中でも相当な腕でいらっしゃるのでは?」
ラルフは牛串の焼き加減を確かめながらそのように尋ねた。
もちろんマリシアも自分の腕に自信がないわけではないのだが――
「でも……さっきはみっともない所をお見せしてしまって……」
「いえいえ。アレはあなたのウデとは関係ありませんよ。不意打ちも不意打ちでしたし、それに防具が良くなかったと思います」
と部屋の隅に置かれたマリシアの装備を指さす。ボロボロになって殆どただの鉄塊状態であった。
「この辺りのモンスター連中はみんな炎の技を使いますからね。鉄製の防具ではちょっと分が悪いです」
マリシアは手をポンと打った。
「そうか! そりゃあそうですよね。なんでそんなことも考えてなかったんだろう!」
とアタマを抱えてしまう。
「ちなみに。貴女がこちらに来られた目的は恐らく――」
ラルフは窓の外を指さした。その指の先には真っ黒な噴煙を噴き出す火山があった。
「ええ。そうです」
「ダイワクボルケオの『古代火山龍』ボルケオドラグーン。ヤツが蓄えている、地球が買えるほどとも言われている大秘宝群……」
マリシアは首をゆっくりと前に倒した。
「ここにいらっしゃる冒険者の方は殆どがそうですね。単に金目目当ての方と特定の宝を狙っている方がいらっしゃいますが」
「後者です。私はヤツに奪われた、我が家に代々伝わる『聖なる夜の秘宝』を取り返しに来ました」
「へえ!」
「ヤツは初め人間の姿で現れました。宝を譲れと。父がいくら金を積まれても譲ることはできないと断ると、ドラゴンの姿に変身。父に重症を負わせて宝を奪っていきました」
なんと……とラルフはアゴに手を当てる。
「しかし。ボルケオドラグーンに挑むのでしたら。なおのこと鉄の鎧ではムリでしょうねえ」
マリシアはエールをグイっと豪快に飲み込みつつ、深い溜息をつく。
ラルフはそれを見るや、ゴリラがドラミングをするように右の拳で自らの胸を叩いた。
「大丈夫です! 僕にお任せを!」
「えっ?」
「申し上げました通り僕は防具屋ですから!」
と誇らしげに胸を張る。
「しかも! 先ほどお見せしましたような魔力を付与した防具、いわゆる『エンチャンティド』が大得意! 特に炎に強い氷結の魔法! これについては持って産まれた才能があるようでして! きっとボルケオドラグーンにも負けないような最強の装備を作って差し上げますよ!」
「で、でも」
マリシアは両手の指先をツンツンと合わせた。
「そのぶっちゃけ、あの、お恥ずかしいのですが。お金がこれぽっちもなくて」
ラルフはそれを聞いて白い歯をキランと光らせて笑った。
「大丈夫ですよ。出世払いで。なにせボルケオドラグーンの秘宝ときたら一個でも手に入れば一生遊んで暮らせるとも言われていますからね。貴女ならそれができると見込んで提案しているわけです」
「な、なるほど」
「是非当店をご利用ください!」
マリシアはアハハ! と無邪気な笑い声を発した。
「結構ちゃっかりしてるんですね」
ラルフは「商人ですから!」と回答しながら、焼き上がった牛串を二本、皿に盛りつけ塩と胡椒をふりかけた。
「うっ! この香ばしい匂い! じゅわじゅわと湧き出る肉汁!」
マリシアの二日ばかりロクに仕事をしていない腹の虫がグウと音を立てた。
「どうぞお召し上がりください」
「これも出世払いですか?」
「はは。まさか。オゴリですよ!」
マリシアは串をひっつかむとノドの奥まで突っ込み、三分割された肉を全て一度に口に入れた。口の中にズシンとくるような牛肉独特の歯ごたえ、野趣溢れる肉汁の旨味が広がる。
「くう! なにこれ! うまー! たまらない! 涙出そう!」
なかなかの量の牛肉をものの十秒で平らげてしまった。
自分のあまりのはしたなさに、マリシアは赤面しつつ俯く。
すると。ラルフは自分が持っていた串をマリシアに手渡した。
「よろしければこれも食べて下さい」
「そ、そんな!」
「大丈夫ですまだまだありますから。この辺りじゃあ牛がよく育ちましてね」
「ありがとう~~~!」
マリシアは心の底から幸せそうに笑った。
彼女はまだこのとき。自分がこの男によってどんな目に合わされるか知らない。
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