1-2 ラルフと謎の戦士

 ラルフが戦士の姿を肉眼で捉えたとき。彼はすでにゴブリンに追いつかれ交戦を開始せんというところだった。フルフェイスの兜にプレートメイルという完全防備姿。両手に持っている武器はロングスピアだろうか。防具も武器もサビが目立ちかなり痛んでいるように見えた。

「加勢に参りました!」

 ラルフが駆け寄ると戦士はチラリと顔を向けた。その表情は鉄仮面に隠れて分からないが、彼はなにか「大丈夫大丈夫」とでもいいたげに右腕をラルフのほうに向けて伸ばし、手のひらを軽く振って見せた。

「ガアアアァァァァ!」

 そのスキにゴブリンたちが咆哮を上げて戦士に襲いかかった。

 だが。

「フッ!」

 戦士は軽く息を吐くと巨大なランスを円を描くように振り回した。

「ギイイイイイイィィィィィィ!」

 三体のゴブリンが鮮血と共に真っ黒な地面に倒れ伏した。

「ハッ!」

 さらに。ゴブリンが唖然とするウチに猛牛のごとく突進。二体の胴体を同時に貫いた。

「すごい……!」

 戦士はゴブリンの体からランスを引っこ抜くと、そいつを頭上に振りかぶり――

「あっ! それは!」

 一番デカイ奴の脳天に振り下ろした。ランスはゴブリンの頭蓋骨を破壊。脳しょうを飛び散らせた――が。

「やっぱり!」

 元々強度の落ちていたランスは真ん中辺りでぐんにゃりと折れ曲がってしまった。

 ゴブリンらはニタりと笑う。

「マズイ!」

 残った五体のゴブリンが戦士に同時に襲い掛かった。ラルフは思わず目を閉じてしまう。

 ――自分のヘタレさ加減を恥ながらゆっくりと目を開くと。

「あれ!?」

 ゴブリン共はみんな仲良く地面に転がっていた。戦士の左手には金属製と思われる細長い紐状のものが握られている。

「あれは……鞭! 鞭術か!」

 戦士はドヤッとばかりに腰に手を当てて見せた。ラルフはそれを見て思わず微笑む。

「いやーやっぱり戦士さんってすごいのですね。どちらからいらっしゃ――」

 その瞬間。上空から飛来する物体が数個――真っ赤に燃え盛る球状のなにかだ。

「あ、危な――!」

 そいつは戦士の鎧に見事に全弾ヒット。乾いた音を立てて爆発した。鎧には穴があき、彼の首筋、肩、ふとももが露わになる。鮮血に真っ白な肌が濡れていた。

 物体が飛来してきた方角を見上げると。

「フライングリザードマン……!」

 二足歩行のトカゲに翼をつけたような怪物が宙に浮かんでいた。

 ゲヒヒヒヒヒ! などと怪物の咆哮というよりは人間の笑い声のような音を発している。

「ゴブリンどもを追いかけてきて見れば! 久々に人間の焼肉にありつけそうだ!」

「言葉。お上手ですね」

 両手には赤く発光する溶岩を持っていた。なるほどアレを投げつけてきたわけだ。

 ラルフは無言でポーチに手を突っ込む。

「戦士さん。ここは僕に任せて下さい。空を飛ぶタイプのモンスターは得意なんです」

 ポーチから取り出したのは『く』の字型の平べったい刃だった。いわゆるブーメラン。それが大量にポーチに収められているようだ。

「行きますよ」と両手にブーメランを構える。

「ケーケケケケケ! そんなもの当たるものか!」

 ラルフは両腕をクロスさせるようにしてブーメランを二つ同時に放った。

 リザードマンは高度を上げてこれを難なく躱す。

 すかさずポーチに手を突っ込み追加でブーメランを取り出す。今度は四つ同時。

 リザードマン、急降下してこれも回避した。

 またポーチを探る。今度はブーメランを自らの頭上にほおり投げ、落ちてきた所をつま先でキックして見せた。強烈な勢いでリザードマンに向かってゆく。

 しかしリザードマンこれを手刀で叩き落とした。

「ケケケケケ! どうしたどうした!」

 そして両手に持った炎の弾丸を投擲。

「この――!」

 ラルフ地面を転がって間一髪躱す。

 そして今度は両手の指の股それぞれにブーメランをひとつずつ挟みこんだ。

 八連ブーメラン。

 さすがにリザードマンもたじろいだ様子を見せたが――

「うりゃあああ!」

 放たれた八つのブーメランは全くコントロールがついておらず、あさっての方向に消えていった。

「カカカカカ! どこ投げてやがる!」

「くっ! この――!」

 さらにポーチに手を突っ込む。が。

「あっ」

「無くなっちゃった……」

 ポーチの中の『残弾』はゼロ。

 リザードマンは甲高い下卑た笑い声を上げた。

「オメーのブーメランヘッタクソだなァ! 全然当たりゃしねえし、そもそも自分の手元に戻ってこねえじゃん!」

 痛い所をつかれたラルフは赤面する。

「山ほど持ってるからおかしいと思ったんだよ!」

「そうなんですよね……我ながらスピードはあると思うのですが。力が入りすぎてるのかな。ブーメラン投げとしては三流もいいところですよね。それは認めます」

「ハッ! 往生際がいいことで」

「いえ。往生はしませんよ」

 そういって背中に背負っていた、平べったく膨らんだ布袋を下ろした。

 中から取り出したのは盾。しかもどうやらただの盾ではない。

「僕は『本職』では超一流とは言わないまでもそこそこですから」

 真円形をしたいわゆるラウンドシールドのようだが、極めて薄っぺらく人間の手のひら程度の厚みしかない。しかもガラスのように青く透き通ってキラキラと輝いている。

「少なくともフライングリザードマンみたいな中の下レベルのナマモノには負けませんよ」

 リザードマンは全身を(比喩ではなく本当に)真っ赤にして猛り狂った。

「ゲエエエエエエエ! 舐めた口聞きやがって下等生物風情が!」

「よくしゃべりますね。アタマがいいのはわかったから早くかかって来て下さいよ」

 ラルフは盾を体の正面に構えた。

「そんなペラッペラの盾でこいつが防げるか!」

 リザードマンの真っ赤な体はやがて炎に包まれた。

「トカゲの丸焼きですか。おいしいのかな?」

「死んで黙りやがれええええ!」

 炎に包まれた体をキリモミ回転させながら突っ込んでくる。

「うおおおおおお!」

 ラルフは盾をかざし気合の声を上げた。瞬間。盾はターコイズブルーの光を放つ。

「ゲヘエエエエエェェェェ!」

 リザードマンは吹き飛ばされた。自分が元いた位置より三倍も上空へだ。全身の炎も消えてしまった。慌てて体勢を整えてラルフのほうに向き直す。

「ハァハァ! なんだ今の――ハッ!」

 真下から凄まじい勢いで飛来するものがあった。青く輝く円盤。

「さっきの盾――」

 気づいたときにはもう遅い。彼の体は胴体でちょうど真っ二つにぶった切れた。

 頭があるほうと足があるほうがほぼ同時に地面に落下する。

「ちょっと可愛そうでしたかね。あっでも大丈夫か。ドラゴン・リザード族なら再生能力があるしこれくらいで死には――」

 などと独り言を言っている間に。

「あっ……!」

 ラルフがほおり投げた盾が地面に落下してパリンと割れた。

「ああ。やってしまった。作り直さないと――って待てよ! それどころじゃない!」

 ラルフは仰向けに倒れ伏した戦士に向かって駆け出す。

 鎧のあちらこちらが破損して肌が露出した様はなんとも痛ましかった。

 大丈夫ですか! と声をかけるが返事はない。気絶しているようだ。

「呼吸が荒いな。とりあえず兜を取って――」

 フルフェイスの兜を首の後ろからパカっと開けてやる。

 すると。鮮やかな金色をした玉が目に入ってきた。一瞬なにかと思ったが、どうやら長い金髪をお団子にしてまとめているようだ。真っ白なうなじが露わになっている。

「お、おしゃれな方ですね。綺麗な髪だ。戦士さんってみんなこうなのかな」

 などとつぶやきつつ。兜を取り外してやる。

「えっ――!?」

 ラルフは驚きのあまりその兜を地面に落とした。

「じょ、女性!?」

 サラサラと輝く金髪、陶器のように白い肌、長い睫毛、しっとりと濡れたクチビル。大変美しい女性が目を閉じて荒い息をついてる。

 ラルフの心臓がさきほどリザードマンと闘っていたとき以上に激しく脈打った。

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