1-1 防具屋のラルフ

 ハコルオーネ公国南西部に位置するダイワクボルケオは標高一七三八メートルの成層火山だ。非常にさかんな火山活動が行われており、火口からは常にマグマが噴き出していることから永久活火山などと称されていた。

 その永久活火山ダイワクボルケオの麓には――なぜそんな所に住みたいのか分からないが――ダイワクビレッジという村があった。

 ラルフという青年もそこに住まう変わり者の一人だ。

 背は高くはないががっしりとした体格、健康的な褐色の肌。黒のタンクトップに緑色のバギーパンツという格好。ちょっと見るとガテン系のコワモテ野郎のような雰囲気だが。

「ふぁ……。夜だってのに暑いなあ」

 よく言えば穏やかな、悪く言えば緊張感のない眠そうな表情からは全く威圧感は感じられない。彼はぼんやりと光るランプと望遠鏡を持って村から一歩出ると、木製のやぐらのようなものの階段に足をかけた。――が。

「あっ。しまった。一応武器と盾くらいないと見張りのイミが――」

 どうやら忘れ物をしたらしい。一旦自宅に戻る。

 ――戻ってきた彼の腰には大きなポーチのようなものがひっかけられ、背中には平べったい形に膨らんだ布袋を背負っていた。

「よっしゃ。今度こそ」

 ギシギシと音をたてながらやぐらを登りきり、どっかりとアグラをかいた。

 これはこの時代の町や村には必ず設置されていた『見張り台』だ。村や街にモンスターや賊のたぐいが侵入しないように見張るための台で、町・村単位の防衛にとって大切な役割を果たす。高さは五メートル程度。頂上部の広さはせいぜい大人が二人座れるか座れないかといったところだろうか。多くの町村において、今のラルフのように『夜警係』が置かれ、二十四時間体制での警備が行われていた。

 ――とはいえ。

「ふわあああぁぁぁーーー」

 大あくびをするラルフ。緊張感は全く感じられない。

 こんな無駄にクソ暑い上に異常に乾燥し、火山灰がいやというほど舞うド田舎の村にわざわざ潜入する賊などいるはずもない。モンスターですらこのいやらしい気候を敬遠しているのか滅多に現れることもなかった。

 彼は『この夜警が終わったらなにを食べようか』そればかりを考えながら望遠鏡を覗きこみ、防犯用の灯篭がぼんやりと照らす退屈な岩山景色を見下ろしていた。のだが。

「おやぁ?」

 一時間ばかり経過したころ。見張り台から二キロほどの所で、中型サイズのゴブリンの群れがのっしのっしと行進しているのを発見した。数は十体前後。

(まあまあ近いところにいるようだが。こっちに向かって来ているわけではないな。一体どこに?)

 望遠鏡を彼らの進行方向へ向けると――

「あっ!」

 思わず叫び声が出る。望遠鏡が捉えたのは全身を鉄の鎧で包んだ戦士らしき人物の姿だった。

「なんでこんなところにあんなガッツリ装備の戦士が!?」

 彼は相当に疲弊しているらしくヨタヨタと歩を進めていた。恐らくだが後ろからゴブリンの御一行が迫っていることにも気づいていない。

「大変だ!」

 ラルフは見張り台からダイブ。見事な着地を決め、すぐさま駆けだした。

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