7 三ツ星半の矜持 後編

 クリエの魔術の欠点――それは、はその だった。

 軽装機械人形セミオートマタを一撃で粉砕する程の爆発、当然この塔の中では良く

 それは、敵に居る位置を知らせるのと同義で。


 初めてチームを組んだトッシ達仲間は優しくしてくれた。

 お前の魔法はすごいな、そう褒めてくれた。

 それが、クリエには嬉しかった。

 自己評価の低かった彼女には千金にも勝る勲章だった。

 だから、ノイジの言うような正当な賃金? なんてものは必要無かった。(何故かその事を話すとノイジは憤慨していたけれど。トッシの言うようにクリエは だから貰う資格は無いと言うのに。)

 クリエはトッシ達に必要とされていた、それが なのだから。

 

 でも、それは、長く続かなかった。

 

 層を上がるごとに敵の密度が増えていった――それは、同時にクリエの魔法の出番が増えることを指していた。

 重装備の機械人形オートマタ、鋼の肉体を持つ生物兵器魔物

 その重厚な壁を持つ彼らを撃破するのは容易ではなく、自然と彼女の魔法が用いられた。

 けれど、爆音を撒き散らすその魔法は、加速度的に敵との遭遇率を高め――次第に疎まれ始めた。

 最初の頃のように、一撃離脱の状況下でしか使わないと言う選択は出来なかった。 

 既に、他のメンバーの火力では対応出来なかったのだ。

 それは、同時にそもそも階層の攻略難度とチームの実力がそぐわない事を指していた。

 クリエの高火力に下駄を履かされた上での実力だったのだ。

 けれど、トッシは認めようとしなかった。

 クリエのせいだと攻め立てた。

 それは、彼の自尊心のためであった。

 その時点で、彼らはクリエの仲間では無くなった。

 クリエを と言ったから。

 それでも、しばらく一緒にいたのは、クリエ自身未練があったのかもしれない。

 けれど、責め続けられ――やがて、自分がむしろ邪魔なのだと認識したクリエが彼らから離れていったのはそれからすぐの事だった。


「大丈夫、敵には聞こえてない筈よ」

 ノイジは安心させるように言う。

「嘘、違います、危ないです、逃げましょう」

 ぐいぐいノイジの袖を引っ張ってくるその姿はいっそ可愛らしい。

「クリエは、ノイジを――傷つけたくない――だから」

 必死にそう懇願する彼女。

 その様子に、思わずノイジは苦笑する。

 嘘はついていない、クリエは純粋に心配してくれている――ではその意味する所をは?

 そう考えたノイジは敢えて みせる。

「だから、言ってるでしょう。クリエの魔法の爆音は って。――アンタ、まさか私の魔法忘れてない?」

 昨日折角説明したノイジの固有魔法ユニークスペル

 それはクリエの欠点を補うにはぴったりの代物なのだ。

 だから、本来は今のクリエのように慌てる必要は一切無くて。

「知ってます――でも、関係ない、です。危ない、帰りましょう」

「何で?」

 ノイジは聞く。

 クリエは無言。

 それは、言いたくても、言えない、まるで何か締め付けられているような苦しい顔で――。

 今までの反応を鑑みて、 をつけたノイジは口にする。

 瞬間、クリエの首元が淡く輝き、薄桃色の首輪のようなものが浮き出て――霧散する。

「やっぱり、 魔術ね。大方パーティ加入時にかけられたんでしょうけど」

 それは、一種の呪い。

 争いごとの多い冒険者達が仲間になる時にかける事も 古い慣習。

 この場合はトッシ達の は口に出来ない、といった所だろうか。 

 術式の程度から1つ星半――大方シーニャがかけのだろうとノイジは推測する。

 つくづく嫌らしい連中だと嘆息する。

「さ、教えて。何で危ないの?」

 クリエは解呪された経験が無いのか、ぱちくり、と目を瞬かせた。

 やがて、口に出来ると気づいたのか、おずおずと口を開く。

「……クリエは、役立たずで、邪魔で危ないですから。だからトッシが――他の人達が ように、教えてやるって言って、クリエを必要としてくれる人の邪魔する、から」

 

 離脱した仲間を逆恨みするのはよく聞く話ではある。

 中には、執拗に嫌がらせすることも。

――けれど。


「…… までくる冒険者が聞いて呆れるわね」

 その言葉にノイジは溜息と共に、認めるしか無かった。

 紛いなりにも、本来は実力が無ければこんな場所には

 実力を伴えば自然、信用もプライドもあるはずで。

――まさか、そこまでするとは思ってなかったのだけれど。

 ああ、なんて醜いのだろう、とノイジは思う。

 そして、どこまでも冷えた頭で考える。

 先程から 人影たちの意味を。

 クリエがパーティを抜けた後も今尚一人きりで居る意味を。

 そして、ノイジと一緒に探索に行くのを嫌がった意味を。

 ――その上で彼女の言うことを聞かないことに決めた。


 だから、投げ込まれたそれ多量の爆竹なんて気にしない。 


 代わりに、ノイジは固有魔法とっておきを見せることにした。

 ノイジが右の手のひらで に触れる。

 瞬間、それは色を伴って、この世界に姿をあらわす。

 ――色とりどりの光の玉。

 淡い赤、薄い緑、濃い黄色、黒、オレンジ、紫――ありとあらゆる色の様々な大きさの球体。

 浮き上がって、漂い空間を覆う光の群れ。

「何ですか、これは?」

 一瞬忘れて呆けたように呟くクリエ。

 きっと根が純粋なのだろう。

 ノイジよりよっぽど子供らしい。

「私の見てる景色。これが、私の固有魔法ユニークスペル。私のはね、音を操る事が出来るの。だから、アンタの出した音は誰にも届いてないわ」

 音を引き止め、留め、操る魔法。

 それがノイジの固有魔法ユニークスペル

 勿論、可視化など出来ない、あくまでクリエに見せているのは協会式の光系統の魔術の応用。

 自分の認識を再現しているだけ。

 これは本来ノイジだけに見える光景なのだ。

 彼女の世界、彼女が手に入れた法則。

「これが、貴方の魔法の音。すっごく大きいわね」

 指さしたのは、まるで太陽のように大きく輝く赤い光。その圧倒的大きさは、いっそ神秘的に見える。

「これが、私の?」

「そう、綺麗なもんでしょ」

 言いながら、ノイジは前の方を見る。

 幾つか慌ただしい光の玉が転がり込んできたためだ。

 やがて聞こえてくる機械人形オートマタの駆動音。

「わ、何で?」

 それに気づいたクリエが驚く。

「それはね、音は留めても光は専門外だから!」

 ノイジが至極当たり前の結論を笑顔で答える。

「つまり、ノイジは馬鹿ですか? それともうっかりさん?」 

 表情は変わらないものの、その視線は若干以上の呆れが含まれていて。

「うっさいわね。――わざとよ、わざと」

 言いながら、ノイジは悪戯を仕掛ける子供のように、集結し始める機械人形案山子もどきを見つめてほくそ笑む。

 異常を察知して集まったオートマタ機械人形達はノイジを視認するとまるで獲物を見つけた、と言うふうに彼女へと殺到する。

「クリエ、貴方は自分が役立たずだって思ってるみたいだけど、違うから」

「へ?」

が役立たずだったからよ。貴方ばっかに役目を押し付けて、ストレスを全部放りなげて――馬鹿じゃない、そんなのクソ喰らえよっ」

「そんなことないです。私が悪い。だって弱いですから」

「――知ってる? 3つ星半ってすごいのよ」

「え?」

固有魔法ユニークスペル持ってると強かろうが、弱かろうが星3つ貰えるけどさ、その後の星半分は もらえないのよ」

 それは、固有魔法ユニークスペル持ちの一つの試練、壁。

 本来王宮魔術師の――一握りの人間に匹敵すると認められた実力。

 ソレを勝ち取るのは なのだ。

 死に物狂いで、必死に、駆けずり回って――文字通り、血反吐を吐いて、それでも届かない、高みにあるはずなのだ。

 少なくともノイジはそうだった。

 しんどかったし、死にかけたし、何度も挫けそうになった。

「だから、私はアンタを尊敬する。 の隣に立って良いって認めて上げる――だから、見てなさい私の隣に立てる貴方はすごいんだって」

 それは、傲慢な言葉。

 驕った誇大表現。

 でも、訂正する気は微塵もない。

 だって、目の前の3つ星半はわかってないから。

 大したことが無いと思い込んで落ち込んでいるから。

 そんなの 、あんたは誇るべきなんだ。

 クリエに向かって不敵に微笑んで見せる。

 その後ろで覗き込んでる卑怯者の思い通りなんかにさせてやるもんかと意気込んで。


 だから、眼の前に立ち並ぶ、機械人形セミオートマタの大群なんてちっとも怖くなかった。



 ノイジがクリエに語りかけたのと同時に、2層に現れた光玉の束。

 それは、巡回していた軽装機械人形セミオートマタの注意レベルを引き上げるのには十分で。

 数分と立たぬ間に周囲の機体、計213機をおびき寄せることに成功したのだった。


 本来、2層は星繋の塔の中でもっとも攻略難度が低いとされている。

 それは、その構成がほぼ軽装機械人形セミオートマタの、その中でも最低限の能力しか持たない、警邏仕様の案山子スケアクロウであるからと言うのが大きい。

 そして、何より の低さがその難易度の低下に一役買っていた。

 広大な棟内の面積に見合わぬ実機数。

 それ故、慎重に行動さえすれば遭遇する事無く通り抜けることも出来るとされていた。

 では、複数機と相対した場合にはどうであろうか。

 上の階層で、 と戦闘した事のあるクリエがその顔を青ざめさせたのは無理からぬことだった。


「さてと、どうしようかしら――ねっ」

 迅雷――協会式、身体強化魔術をかけ直しながら、ノイジは呟く。

 駆けるノイジの後を追うように銃弾の雨が降り注ぐ。

  を目的に足回りを重点的に強化する迅雷身体強化術は、見事その目的通り、凶弾からノイジを守っていた。

 頭は良くないらしく、――もしくは か、都合の良い事に動き回るノイジしか狙ってこない。

 その上、連携する等という考えはないようで、軽装機械人形スケアクロウ達は味方が巻き込まれようとも容赦なく銃弾をばらまき続けていた。

「ただ、同士討ちは無理っぽいのよね」

 威力が低いのか、軽装機械人形スケアクロウの銃弾は彼らの表面を軽く削るだけ。

なら、やることは一つ。

「よっこいさ――とっ」

 軽く軽装機械人形スケアクロウの足元にスライディングで潜り込む。

 その突飛な行動に、彼らを行動を制御する簡易人工知能AIは数コマのラグを起こす。 

 その間に、ノイジは潜り込んだ軽装機械人形スケアクロウの足首の関節部――比較的脆い部分に、掌底を叩き込む。

その手のひらには爆雷――協会式魔術の一つ、一箇所に魔力を込めて、弾けさせる、一種の小型爆弾を仕込んでいて。

 数秒後、弾けたそれは、見事軽装機械人形スケアクロウの右間接を破壊し、バランスを崩した1機は周囲に集まった数機を同時に巻き込み倒れ込ませる。


「すごい……」

 クリエは少し離れたところでその光景を眺めていた。

 ノイジが派手に動いているせいか、軽装機械人形スケアクロウ達はどうやら、クリエに気づいていない――そもそも眼中に無いようで執拗にノイジだけを狙っていて。

 けれどその攻撃が当たることは無かった。

 むしろ、手玉に取るように軽々とあしらいながらノイジは駆ける。

 元々軽装機械人形スケアクロウのセンサーは単純で、精度も低いのも幸いしているのだろう。

 その上、あちらの 聴覚センサーはのだ。

 それは実に不思議な光景だった。

 眼の前に広がるのは、本来は銃声の飛び交う、騒乱に満ちた光景。

 なのに、そこは無音だった。

 物音一つ聞こえない。

 そのくせ、光輝いて、次々と倒れていく軽装機械人形スケアクロウ達。

 何処か現実離れしていて、いっそ夢のようで。

 そして、彼女はノイジの固有魔法ユニークスペルの真価を目にする事になるのだった。


「そろそろ溜まったかしら?」

 瞳に 音の塊は眩いしいくらいに膨らんで。

「ちょうど、いい具合に固まってくれたしね」

 眼前には、右往左往して、団子状に固まる軽装機械人形スケアクロウ達。

 視覚センサーだけでの戦闘は設計外なのかこちらの思うように動いてくれた。

「見せてあげる、私の本気っ」

 そう言って、クリエは右腕を高く掲げる。

 人差し指を天高く掲げて――上空で音の球体が集まり大きな光の塊となる。

 それはノイジのとっておき。

 ノイジに立ちふさがる障害を砕く音塊の鉄槌。

「それじゃあ―― 流れ星シューティングスター!!」

 そのと言葉と同時に音の星は、軽装機械人形スケアクロウの群れの上に落ちていき ――全てが弾ける。

 本来すぐ消える筈のそれは減衰する事無く、断裂的な無数の衝撃波として開放され――無慈悲に圧倒的な密度で対象を押しつぶし切り裂いていく。

 勿論、ノイジにもクリエにもその音は届かない。

 残ったのは跡形もなく潰れた残骸、細切れ。

 

 訪れた静寂は何処か馬鹿げていて。

――溜息と共にノイジは振り返る。

「出てきなさいよ、アンタ達」

 何も無い空間をノイジは睨みつけた。

 まるで、そこに人がいると している口ぶりだった。

「……何でわかった」

 現れたのは、昨日ノイジに忠告した冒険者達。

 誰も居なかった筈のその場所に彼らは 現れたように見えて。

「馬鹿? 私は音が見えるのよ。姿を消した位じゃ隠れられないわよ」

「そんなんありかよ……」

「知らないわよ。クリエに付き纏ってその上新しいお仲間が出来るのを邪魔してたって訳ね」

「――試験だよ、そいつの横に立てられる人間かどうか、図ってやってたんだよ」

 その中で、トッシが自棄糞気味に口にする。

 ノイジは眉を寄せる。

 その声は汚い色をしていた。

 嘘に、妬み、そしてその上で自分は悪くないと自己逃避して。

 けれど、それを指摘して、 義理はない。

 クズはクズのまま、そこで腐っていけば良い。

 後ろの二人も一緒である。

 それが例え、誰かさんトッシに強制された結果だとしても。

 悲しそうな、申し訳無さそうな顔をしているだけじゃ駄目なのだ。

「そう、じゃあ合格よね、この子、貰ってくから」

 そう言って、きょとんとしているクリエの肩をだこうとして――背が足りないので、ノイジは、彼女の右手を握る。

「行くわよ」

「でも……」

 クリエは彼らを見る。

 表情は相変わらず乏しくて、感情が読めなくて。

 けれど、彼女の声は確かに いた。

 だから、ノイジは優しく微笑んでみせて、その手を引っ張った。

「これからは、私が一緒に居てあげる――ううん、貴方が、クリエが私には必要なの」

 その言葉に、クリエは顔を驚いたように目を見開いて。

 ――そっと、ノイジの手を握り返した。

 それを見てトッシ以外の冒険者達クソ野郎達は、顔を曇らして。

 それはノイジにとっては、いい気味で――いい気味ではあったのだけれど。

「――アンタ達も前を見なさい、せっかくこの子が 冒険者なんだから」

 つい、後味が悪くて、背中越しにそんな言葉をかけてしまった。

 振り返りはしなかった。

 だって、後悔するのも、立ち直るのもあいつらの勝手なのだから。 

 

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