6  三ツ星半の矜持 前半

 ふう、にゃあ、ふう。

「……やっぱり、駄目です、中止です。クリエは、一人で探索しますから」

「一人じゃ危ないでしょ。それに、一宿一飯の恩義って奴。おごってあげたんだから、その分働きなさいよ」

 それは、朝から繰り返したやりとり。

 何故か、クリエは一緒に行くのを嫌がって。

 理由を聞いても ままで。

 だから、その度に、ノイジは恩を持ち出して。

 何となくその が想像出来るノイジはクリエのお願いを聞く気は無かった。

「……わかりました」

 最終的には頷くクリエ。

「うん、素直で宜しい」

 昨日、星繋の塔管理組合ギルドの木製の硬い簡易ベッドで寝泊まりしたノイジとクリエは現在星繋の塔の中に居た。

 第2層。

 100層からなるという星繋の塔の入り口。

 建物の中だというのに、天井は遥か上にあり、そこは一言で言うなら

 見たことの無い、石材に似た何かコンクリートと、金属の芯で建てられた

、朽ち果てたそれは、人工の迷路と化していた。

「毎回思うけど、遺跡ダンジョンって、殺風景よね」

「此処は少し、違います。木もあったり、無かったり? 5層が確かそんな感じです」

 他愛ない話をしながら、特に注意をすること無く硝子と建物の破片が散らばる1層を歩く二人。

 本来なら、ノイジは一人で此処を訪れるつもりだった。

 クリエと来ようと決めたのは、昨日彼女の元仲間達の話を聞いたから。

 それは、一つの意地、譲れない思いを守るためだった。

 やがて、規則的な聞き覚えのある音がノイジに届く。

「――早速おでましみたいね」

 クリエは距離があるためか、まだ気づいて居なかった。

 けれど、その音を ノイジは、クリエに告げる。

 やがて遠方に現れ接近して来たのは、歯車の軋むような音を発する機械人形オートマタ

 規模としては、俗に言う軽装機械人形セミオートマタ

 大きさともに人に近しいそれは、けれどどこまでも人とかけ離れていた。

 顔面を構成するのは視覚装置の一つ目で、どこまでも平坦なのっぺり顔。

 胴体も足も棒を取って付けた程度の無骨な物。

 まるで案山子だ。

 両手に該当する部分をまるごと銃火器に置き換えたそれは、ただ淡々と己の役目を果たすべく2層を巡回していた。

 モノアイ型の視覚センサーカメラは、性能が悪いのか、まだ二人を視認していないようで。

「……あの手のものって、もうちょい静かな筈なんだけどな」

 物陰に隠れて、その様子を覗き込んでいたノイジは呟く。

 離れている分には気にならなかったが、近づくとその異音がはっきりとわかる。

 まるで、歯車の一つが少しズレているような音。

「あれは、中古、古品、リサイクル品、2層の敵は大抵そういう感じです」

 知識として知っているクリエはそう答える。

 事実、2層に居るのは星繋の塔のAIが生産段階で弾く合格水準より、少し下がる半不良品の類。

 挑んでくる人数が多いため、質より量を塔の構成するシステムが選択した結果だった。

「なるほど、在庫処分って訳か」

 言いながら、ノイジは前に出る。

 クリエもそれに続く。

 ようやく二人の姿を視認した軽装機械人形セミオートマタは、プログラム通りに侵入者を排除するべく、両腕の火器を可動させた。


 ノイジ達が星繋の塔に入った少し後、複数ある別の入口からある一団が訪れていた。

 B級の冒険者、ジェパードである。

 どういうことか、気づけば狐に包まれたように装備を紛失身ぐるみ剥がされた彼らは、しかし、執念でその装備を取り返していた。

 そして、湧き上がる衝動に身を任せ、部下である、C級2名の男達を従えて果敢にも足を踏み入れたジェパードは、現在 していた。

「ちくしょうっ、どうなってやがんだっ」

 息も絶え絶えに走るのは金髪の男、ジェパードのみ。

 残りの二人は彼の横には居ない。

 彼ら二人はジェパードを囮に使ったのだ。

 自慢の筈の灰銀の全身鎧は既に弾痕で変形しきっており、数箇所は貫通している始末。

 流石に、中に着込んでいる鎖帷子のおかげで、ジェパード自身にあるのは打撲のみの状態であるのだが、それもいつまで持つか。

 驕っていたことは、否めないがジェパード自身、自信を裏打ちする程度の実力を持っているつもりだった。

 実際、彼は全身鎧を着ている状態でも他の人間より早く動ける程には身体能力が優れていた。

 それは、今まで冒険した遺跡で魔物を倒して得た魔素経験値によるもの。

 遺跡管理組合ギルドでの正規の実力測定レベルで60。

 通常の魔物程度全く歯牙にもかけない能力を持っている筈だった。

 ――ただし、それは両者の間に圧倒的な性能差がある場合。

 正規の修練プロセスを得ない、魔素による急激な身体能力の向上、資金によって得た高性能の装備。

 常に圧倒的な性能差で格下を圧倒していた彼は、そのせいで技巧を磨く機会が無かった。

 動きに無駄があり、技術と言えるだけの技も無く、あるのは簡易人工知能AIにも劣る力まかせワンパターン

 それ故、カタログスペックの上で 機械人形オートマタに一方的に蹂躙されるのは必然とも言えた。

 こちらは傷一つ、否へこみ一つだけ与えることしか出来ず。


 対して、相手となる1体の汎用軽装機械人形セミオートマタ――通称案山子スケアクロウと呼称される機体からすると、驚異レベルは限りなく低くかった。

 戦闘能力の低い であったが、簡易型人工知能AIは単独撃破可能と判断していた。

 標的の移動速度は時速50キロ前半。

 対してこの機体の継続可能速度は時速60キロ。

 そして敵の武装は近距離装備鉄製の剣が一つ。

 それは、合金仕様の装甲を打ち破るのには到底物足りない代物だった。

 実際、両碗の火器がする不具合が無ければ、すぐに殲滅は終了していただろう。

 現在は同型機の到着を待って、見失わないためだけに、速度を落として追跡していること。

 その事実をジェパードは知らない。

 自分の命が軽装機械人形セミオートマタ簡易型人工知能AIに格闘戦のプログラムが組み込まれて無いために繋がっているだけ、と言う事実を。

 やがて、合流したもう一体の軽装機械人形スケアクロウに屠られるのは既に時間の問題だった。


 んーふう、にゃ、く。

 此処、壁面大陸ウオールゲートには、大雑把にして3つの系統、否、流派の魔術がある。

 王国式、聖式、そして最近外から流入してきた協会式。

 そして、ノイジは主に協会式の魔術を好んで使っていた。

「……迅雷」

 彼女の言葉とほぼ同時に軽装機械人形セミオートマタ視覚装置モノアイは、その姿を見失っていた。

 次の瞬間、その右碗に装備されていた小火器サブマシンガン――正確にはその接合部である肩が下から跳ね上げられ、その銃口が天を向く。

「――って、硬っ!?」

 蹴り上げたノイジは予想外の頑丈さに目をむく。

 その魔術的に強化した肉体が繰り出すその一撃は、騎士の重装鎧でも容易く曲げてしまう筈である。

 無論、無傷とはいかず、ノイジの蹴り上げた右足の触れた部分は若干凹んでいたが、損傷に数えることは到底出来ない。

 瞬時に反応し、回転して、外敵であるノイジに銃口を向ける軽装機械人形セミオートマタ

 けれど、既にそこに彼女の姿は無い。

「おおう、すごい、早いですね」

 少し離れた場所で、その様子を感心するようにそう口にして眺めるクリエ。

 相変わらず、表情は乏しくその口ぶりもマイペースそのもので。

 魔術で強化した彼女の瞳は、けれどしっかりと戦うノイジの姿をはっきりと映し出していた。 

 勿論彼女はサボっている訳ではない。

 その右手には先程袋から取り出した砂糖が

「この、くそっ、重いわねっ! これで――どうだぁぁぁ!!」

 ノイジの叫び声と一緒に助走距離をつけたタックルを背後からもらい、2本の足が宙に浮き、数メートル吹き飛ぶ軽装機械人形セミオートマタ

 しかし、腐っても旧文明の遺産であるそれは、大した損傷も無く立ち上がる。

 しかし、

「囲め」

 クリエの右手は開かれていた。

 その砂糖はまるで で、軽装機械人形セミオートマタの周囲を漂い覆う。

 砂糖は濃霧のように、軽装機械人形セミオートマタに纏わりついていた。

 それが、彼女の固有魔法ユニークスペル

 触れた物質をクリエの望むままに均等に揃える、並べ替える、維持する。

 それだけ。

 重さとしては、それほど重いものは動かせない。

 せいぜい小麦袋で、2、3袋程度。

 単純にして明確、それ故魔力の消費量は少ない。

 けれど、それで十分だった。

 後は、王式の発火魔法――火付け石の火花程度の火をつけて上げるだけで良いのだから。

 ――瞬間、周囲は光に包まれる。

 連鎖的な燃焼作用、一定の濃度の粉塵と火花で起こる法則。

 粉塵爆発、それがクリエの唯一にして最大の攻撃魔法だった。


 事前にその魔法の事を聞いていたノイジはけれど、その威力に半ば呆れてしまった。

「……何て言うか、数人単位で行う王式の儀礼魔術と同程度とか、反則じゃないかしら?」

 軽装機械人形セミオートマタは、粉々に砕け、周囲の地形も爆発のためか

 元々廃墟だった建造物も崩れ落ちていた。

 正直予想以上、やり過ぎである。

「――ま、それは良いか」

 炎系の魔術は概して威力調整が難しいのだから。

 ノイジはクリエに駆け寄る。

「凄いわね、クリエ。あんたの魔術」

 素直に称賛の言葉を口にする。

 威力も凄まじい。

 けれど、それよりも、その制御の手腕をノイジは高く評価してた。

 何故なら、あれだけの爆発にも関わらず、クリエとノイジの居た位置に爆風は及んでいない。

 それはクリエがきちんと魔法を制御している結果だった。

 彼女の修練の賜物だった。

 だから、ノイジは彼女を手放しに褒めた。

「……そろそろ、逃げましょう、退避です、増援が来ます――あ、えっと」

 けれど、クリエは慌てたように周囲を見渡していた。

 まるで何かを恐れるように、それでいて、なんとかしないと、いけないと焦っているみたいで。

 それは、彼女の魔法の欠点、昨日彼女と組んでいだ冒険者達が去り際に教えてくれた、アドバイス余計なお世話にもあった。

 ――疫病神だって? 冗談じゃない、それはアンタ達の方じゃない。

 何事にも欠点は付き物で、どうしようもない事もあって、だからこそ人間は工夫するのだ。

 助け合うのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る