4 花浅葱の魔女喧嘩を売る

 んー、ふう、にゃあ、ふ。 

「それで、何で私の所に来るのさ」

 ファが苦笑いしながら、サンドイッチが山盛り入った皿を持ってくる。

 モノトーンの従者服の袖をぱたぱたとはためかせ、あくせく動く様子は丁稚奉公に出たばかりの見習従者にしか見えなかった。

「いや――、そのね」

 言いながら、サンドイッチを受け取って一口。

 魚の油漬シーチキンとレタス塩漬け肉ハムとチーズがそれぞれ挟まったそれは、ノイジの想像したより大分味が濃かった。

 ノイジがお腹を空かせたクリエの手を引いて来たのは星繋の塔管理組合ギルド

 すぐ出せる食事が欲しい、と注文すると奥に通された。

 簡易ベッドと机が一つづつあるそこは、休憩室兼仮眠室との事。

 なお、宿泊場所も一応別にあるらしい。

「……だって、仕方ないじゃない、きちんとした店のパンフ、さっきので落っことしちゃったし――なにこれ、この白いソース美味しいわね」

「マヨネーズだよ。此処はいろんな調味料の生産施設レシピも残ってるからね。それはそうと、ノイジさんの荷物の方は大丈夫?」

「うん、きちんと から」

 言いながら、右手を掲げて、カバンを から取り出す。

 先程の騒ぎでとっさに押し込んだのだ。

「へえ――それにしても、小型の亜空間収納装置なんて今も残ってたんだ」

 その光景を見たファが、感想を漏らす。

 驚いていると言うよりは、懐かしむような口調。

「? 固有魔術を封じた魔道具の一種よ。ツテで貰ったの。出し入れの度に魔力を結構使うのが玉に瑕だけど、小さな馬車一つ分位の収納量があるから重宝してるわ」

 言いながら、右人差し指に嵌った指輪を見せる。

 淡い紅玉の嵌った銀の指輪。

「ふうん、今はそんなふうなんだね。……まあ良いや、そっちは確かクリエさんだったっけ」

 食事ついでに話し相手になっていたファは、そう言って、クリエの方に向き直る。

 もぐもぐ。

 クリエは気にしていない。

 一心不乱にサンドイッチを貪っていた。

 表情は変わらず人形みたいに殆ど微動だにしないけれど。

「……夢中みたいだね」

「それが、この子ここ2日何にも食べて無かったみたい」

 その姿を見ながら――半分呆れた風にノイジが返す。

「それはまた、でも何で?」

「お金、ありませんでしたから――探索する仲間もありませんし。外された、仲間はずれというやつです」

 少し落ち着いたのか、サンドイッチから口を離してそう言って――再び食事に戻るクリエ。

「ああ……そっか、君ティの担当の子だったけ。そういや彼女が言ってたな」

 何か思い出したのか、ファが口にする。

「なんて?」

 ノイジが気になって尋ねる。


「疫病神なのさ、そいつは」

 それに答えたのはファでは無かった。

 振り返ると、3人の人間が立っていて。

 それぞれ、ローブを深々と被って俯く女性、気弱そうな、軽装の鎧を着た若い男、そして、無精髭の壮年の男。

「こいつの魔法でおかげで、俺のチームは酷い目に遭った」

 その中の先程の言葉の主、リーダ格らしい壮年の男が吐き捨てるように口にする。

 その言葉に、ノイジは目をパチクリさせた。

「いきなり、何なの。あんた、誰?」

 ノイジは顔をしかめて、面倒くさそうにそう返す。

 一目でろくでもない連中だろうと言うことはわかったから。

 なにより、その男の目がどんより濁っていた。

 それに声もをしていた。

 例えるなら、どぶの色。

 嫉妬や怒り、虚栄心ーーそんなものを一まとめに、雑に、しっちゃかめっちゃかにかき回したような。

「俺はトッシ。横のひょろっこいのがバズ。俯いてるのがシーニャ。クリエの仲間――だった」

「だった?」

「ああ、そいつが、逃げ出すまではな」

 ノイジがクリエを見ると彼女は否定するように首を振る。

「本当なの?」

「違います、首になりましたから――必要とされなくなりましたから」

「巫山戯んじゃねえ! それで抜ける馬鹿が何処にいやがるっ おかげでこの前の探索で死ぬとこだったんだぞ!!!」

 その声に驚いたように、身体を震わせ、目を瞬かせるクリエ。

 表情は変わらず乏しいものの、困惑しているのがノイジにはわかった。

「それは、私のせいでは無いですよね?」

「ああ、何言ってやがる、役立たずなら余計に逃げんじゃねえよっ! 肉壁にでもなりやがれ! せめて不出来な自分の落とし前ぐらいつけろ!!!」

「無理です、それは。……死ぬから、実行不可能です」

「何だと、てめえ!」

「わかりません、トッシの言うこと、理解不能、変です――それに、この前だって」

「何だよ」

「この前――…あ」

 何故か苦しげに顔を歪めるクリエ。

「いい加減な事を言って誤魔化そうとすんなよ!!」

 そんな彼女を見て、好機とばかり声量を上げるトッシ。

「ちょっと、トッシ…‥い、言い過ぎじゃない、かな?」

 今まで成り行きを黙って見守っていたバズが意を決したように口を開く。

「あん? 何だてめえ、こいつのせいで俺らは死にかけたんだぞ!」

 その言葉に、返す勇気は無いのかパズは黙りこむ。

 シーニャは何か言いたげに、顔を上げて――けれど、何をする訳でも無くまた顔を俯けて黙ったまま。


 その光景をノイジは、眉を潜めながら見つめていた。

 醜い音だとノイジは思う。

 急に割り込んできたと思ったら、喚くだけ喚いて。

 逃避と保身と、身勝手な怒りに染まった声は に耐えない。

 癇癪を起こした子供の方が可愛げと言う点でよほどましだと、ノイジは思う。

 耳障りで、心の底に隠していたどす黒い感情を逆撫でするような、そんな音色。

「何が の魔術師だ!  じゃねえか!」

 歯止めの効かない怒りを爆発させるトッシ。

 それを見ているだけの仲間の二人。

 一方的な罵声に、戸惑い、涙を堪えるクリエ。

 仲間割れ、醜い言い争い、一方的な責任の押しつけ。


 それはよくある冒険者ろくでなし達の一つの結末だった。

 ノイジが旅する中で腐るほど見てきた光景。

 おそらく、クリエはトッシいいように使われて、そして今は憂さ晴らし言い訳の生贄にされて。

 縁も由も無いノイジにとっては他人事、知ったこっちゃない。

 勝手に争えばいい、醜く喚けばいい。

  には関係ない。

 クリエを助けただけでも、まして、食事さえも恵んだ自分はそれだけでも過剰な位お人好しの部類なのだから。

 不条理なこの世界は、簡単に人が死ぬ。

 誰もが理不尽な目に遭う。

 だから、それを回避するためにノイジが立ち去っても誰だって非難しないだろう。

 それは壁面大陸ウォールゲートで生きていくために取るべき当たり前の選択だから。

 クリエに肩入れする義理も無いし、これ以上は深入りするのは、賢明な判断とはとても言えなかった。

 ノイジ自身、明日さえ不安定な根無し草なのだから。

 素知らぬ顔でこの場を離れれば良い。

 気分が悪くても二、三日すれば忘れる。

 仕方ないと割り切るべきで。

 それがノイジがすべきベストな選択だった。


――だから、その事を、十分承知しているノイジは立ち上がって、床を勢いよくブーツで

 魔術により増幅された打撃音は、部屋によく

 

 そして、まるで不自然な程 が訪れて。

「なっさけないのね !」

くるりとノイジは右人差し指を何か ように回す仕草をしながら、口を開く。


 馬鹿な事をしている自覚はあった。

 心臓は既にばくばくと、早鐘を打ってうっとおしい。

 喉が妙に乾いて。

 心の冷静な部分が醒めた意見を吐き出す。

 放っておけば良い、関わり合うメリットも無ければ、義理も無いから。

 ノイジの師匠なら、きっと無視してその場を離れるだろうとも。

 只々、報酬も無しに危ない橋を渡るような愚行だから。

 けれど、ノイジはクリエを見捨てたく のだ。

 それは、同情のようなもので、かつての自分と しまったからでもあって。

 ――それに、それだけじゃ無いのだ。

 ノイジはトッシの前に

 世間知らずで、綺麗事を宣う生意気な小娘として。

 精一杯虚勢を張って、生意気に。

 そうじゃないと負けるから。

 震える拳を握りしめ、吠えてみせる。

「あん?」

「自分が未熟なのを、全部クリエのせいにして、馬鹿じゃないかしら? あなた」

「何だとっ!」

 その言葉に生来短気なのか、トッシは激高し瞬間、ノイジを掴みかかろうとして――何故かその場によろめいて、倒れ込む。

 それを いるノイジは、少し楽しそうに口の端を釣り上げて。

 泣きそうになりながら自信満々に宣言する。

「私が証明するわ」

 突然のことに、認識が追いついていないトッシにノイジはそう言葉を投げかけて。

「はっ?」

 呆れたような――否予想外の言葉を出されて虚を突かれたような顔。

 トッシからすれば、眼の前の小娘は勝手に割り込んできたも当然で。

 そもそも、 鹿する人間はこんな場所には来ない。

 そんな奴とっくに、真っ先に しまうから。

 だから、怒りよりも理解できないような不思議なものを見る顔をしていた。

「察しが悪いのね。この子が、疫病神じゃないってことを、私がこの子と証明してあげるって言ってるの」

 そう言って、ノイジはトッシに不敵に微笑んでみせた。

 その様子は喧嘩を売っているも同然で、実際にノイジもそのつもりだった。

 クリエは、そのやり取りを見て不思議そうに目をパチクリとさせ、首を傾げるのだった。


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