3 夜の帳が落ちてきて

 登録を終え塔管理組合ギルドを後にしたノイジは、ファに貰ったパンフレットを参考に適当な宿屋に向かっていた。

「……うわ、本当に街があるのね」

投影映像ホログラムで再現されているという青空の再現度に呆れながら、ノイジは街を歩く。

 星繋の塔2層の下見に向かっても良いのだけれど、それをするには疲れすぎている自覚があった。

 何事も焦りは禁物。

 それは、ノイジが魔術師になって学んだこと。

 だから、今日はゆっくり休んで大人しくしていよう。


 けれど、その願いはすぐに取り消しになるのだった。

 ――空いた窓から降ってきた女の子のせいで。


「どーいーてー」

 何処かのんびりした、その に気づいたのは数瞬。

 目を上げて、その建物の高さ――当たり前のように、5階建てのそれを。

 ……ああ、大怪我じゃすまないな、と思ってしまったのが運の尽き。

 気づけばノイジは身体が勝手に いた。

「――迅雷っ」

 息をするように体中の回路に魔力を通す。

 想像するのは を持った自分。

 足に力が満ちる。

 集中した事で、目に映りこむ景色がコマ送りになり、色褪せて――そして、

 緩慢な世界、その中を素早く駆ける自分。

 そして、自分の想像通りに――屋根から飛び落ちてくると言うデンジャラスな登場を果たした少女を、ノイジは 受け止めてることに成功する。

 

 ん、ふ、はっ。


 肌は褐色。

 髪は濃いブルネット。

 瞳は透き通るようなスカイブルー。

 顔は人形のように整っていて。

 何処かのお姫様のようで。

 ついでにお姫様抱っこの形で。

「わ。何です、これは?」

 抱きかかえた少女がとぼけた声で呟く。

 状況がわかってないのだろうか不思議な位の無表情だった。

「奇遇ね、私もそう思うわ」

 なんだこれ。

 それが、ノイジの感想。

  に複数の足音が ので、兎にも角にも反対方向を駆けるノイジ。

  ついでに ――その他諸々、いずれにせよろくな物では無いとノイジは判断し、逃げることに迷いは無かった。

 その足取りは、人一人を抱きかかえているとは思えない程俊敏で。

「わ、っと、ぐるぐるします?」

 そう言って、不思議そうに高速で移動してるため、目まぐるしく動く景色を見ようとしたのか顔を動かす少女。

「じっとしてて! 事情は後!」

「……? わかりました」

 言いながら、跳躍。

 文字通り屋根の上を

 屋根の上を 駆ける。

 やがて、完全に撒いたのを確認して、無音で地面に着地したノイジは少女を下ろす。

 そこで初めて立ち上がった少女がノイジより、頭二つ程大いことに気づく。

 てっきり、年下と思っていたノイジはびっくりして、目を瞬かせた。

 先程の拙い言葉遣いでどうやら勘違いしていたらしい。

「ありがとうございます?  ……ところで、お前は誰ですか?」

 私が聞きたい、とノイジは思った。


 ん、ふう、く、うん。

「私はクリエ。それ以下でもそれ以上でも無いです」

 奇っ怪な喋り方で少女はそう名乗った。

 何処か眠たげに目を擦りながら、欠伸をする姿は、到底人に襲われていたものには見えない。

 袖のない、緋色のワンピースローブは、協会ケーンズの物で、そうすると彼女は魔術師だろうか?

 それにしては随分薄汚れている気がするけれど。

 気が張っていたため、気づかなかったが、クリエから僅かに酸っぱい匂いがする事にノイジは気づく。 

「そう、クリエ。それで、何で追われてたの?」

 降り立った裏路地を出て表通りを歩きながらノイジは尋ねる。

 正直、先程追ってきた人間と出会う可能性もあったが、音色の色を ノイジが見逃すことは無い。

 そうそう、捕まるようなへまはしないはず。

「さあ? 理解できません。泊めてくれると言われました。でも、部屋に入ったら勝手に服を脱がそうとしてきたので、殴りました。――そしたら皆さん怒った顔で襲いかかってきたので、窓から飛び降りただけです」

 淡々と状況を説明するクリエ。

 恐怖も焦りも何も無く、天気の話をするようで。

 いっそ、その無表情さは関心するべきなのかもしれない。

「……あんた馬鹿じゃないの!?」

 思わず、ノイジは叫んでしまった。

 よくある強姦の手口である、それも引っかかる人も少ない世間知らずのお嬢様限定の。

「何故クリエが馬鹿なのですか?」

 けれど、何が悪いのかわからないようで、ノイジの言葉に不思議そうに首を傾げるクリエ。

「……百歩譲って、それは良いとして、慌てたのはわかるけど、だからって、魔術で強化位しなさいよ……」

 あのまま地上に激突していたならば、大怪我は免れない。

「お腹が空いて、眠かったので、仕方ないです」

「……まあ意味はわかるけど」

 クリエは空腹と睡眠不足で が集中出来なかったと言いたいのだろう。

 魔術はその性質上、どうしても集中力を必要とする。

 ちなみに意識が曖昧な寝込みを襲うのは魔術師殺しの常套手段である。

「ところで、お前は誰ですか、王子様?」

 けったいな推測にノイジは思わず、肩の力が抜ける。

 ついでに怒鳴る気も失せた。

 ――とっくに無くなっていたけれど。

「……違うわよ、私はノイジ。あんたと一緒の魔術師よ」

 言いながら、肩に付けた徽章を外して顔の前に掲げる。

 それは、魔術師の挨拶のようなもの。

 自分が魔術を扱うに足る人物である証明であり、同時に自分の位階を示す意味合いもある。

 星3つ半。

 それが、 読み取れる今のノイジの魔術師としての格である。

 それを見て、おお、と驚いたふうにクリエは感嘆の声を漏らす。

 相変わらず表情は人形のように変化は無かったけれど。

「こんなに小さいのに、凄いですね」

 その言葉に、少し不機嫌になりかけたノイジは、けれど仕方ないことだと思い直す。

 そこには、 優越感が混じっていた。

 ……それは仕方ないことではあるのだろう。

 14歳のノイジと同い年の魔術師なら基本は半星半人前

 優秀な部類でも一つ星がせいぜい。

 3つ星、それも半星が付いているということは、10段階評価の半分より上、中級上位の魔術師と言うことなのだから。

 実力的にはエリートで知られる王宮魔術師の中堅どころが大体3つ星との事だから言わんがや。

 ノイジの位階は異常なのだ。

 ――理解しろ、という方が無理があるわよね。

 ノイジは大人の対応上から目線でそう思う。

 その姿は背伸びして、自慢するおませな少女にしか見えないのだけれど、本人は気づかない。

 それも仕方ない話なのかもしれない、特に彼女は最後に付いている に誇りを持っているのだから。


「お前、私と一緒ですね」

 表情は変わらないものの、何処か嬉しそうな響きでそうクリエは口にした。 

 そしてクリエが服の内側のポケットにしまっていたらしい徽章は、ノイジと一緒の星3つ半だった。

 

 にゃ、ん、ふう。

 思わず、 何度も目を瞬かせてしまう。

「……あんた何歳?」

「え? 何です」

「良いから」

「――確か、17? です」

 何故かそれなりの間が空いてクリエは答える。

 17歳、クリエと同じくらいにありえない年齢。

 可能性は、一つしか思い当たらなかった。

「もしかしなくても、固有魔法ユニークスペル持ちでしょあんた」

 半眼で睨むように問うノイジに頷くクリエ。

「そうですけど」

 その言葉にノイジはやっぱり、と納得する。


 固有魔法ユニークスペル

 技術として確立された制式魔術とは別の魔術体系――否

 デタラメで、訳が分からなくて、それ故 、人類の解明されてない神秘の欠片。

 それを扱う人間は自動的に星3つが与えられることになっていた。

「ああ、もう厄日だわ……」

 その希少性から、特にそれが有用な魔法の場合、狙ってくる人間も多い。

 例えば魔道具作成の固有魔法ユニークスペル持ちなんて良い例で。

 もし、クリエがそんな有用な固有魔法ユニークスペル持ちと仮定すると、彼女は動く宝石箱のようなもの。

 その上どうやら簡単な嘘に騙される位世間知らずのようであるし――疫病神みたいなものである。

「まあ……人の事は言えないけど」

 希少性であれば、ノイジも だから。

 一見分かりづらい性質のため、ノイジ自身は、全くそんな気はしないのだけれど。

「それで、クリエ、あんたはこれからどうすんの?」

 正直関わりたくない人種トラブルの種である。

 出来るなら早くこの場を立ち去りたい。

 ただ、一応助けたからには放り出すのも後味も悪い。

 半ば義務的な質問だった。

「どうとは? よくわかりません」

 本当にわかって無いのか、ノイジの顔をじっと見つめるクリエ。

「今後の身の振り方よ」

 半ば呆れながらノイジは口を開く。

「ご飯食べます。――お腹空きましたので」

 どうやら一段落して、お腹が空いたらしい。

 非常にマイペースな子だな、とノイジは若干呆れてしまう。

「あんたそんな手持ちあるの」

 何処から見ても着の身着のまま、財布など持っているようには見えない。

 浮浪者一歩手前、むしろそのままの格好なのだから。

「大丈夫、無問題です、此処の店主は優しい、おごってくれます」

 そう言って指差すのは、雑貨屋パルシェと書かれた看板が掛けられたこじんまりとした店舗。

 店の入口横に貼られた可愛らしいイラストがついた、手書きのチラシを見る限り、軽い軽食も売っているようだ。

「……それはまた太っ腹ね」

「スカートをたくし上げるだけで――」

「ちょっと、あんた、馬鹿じゃないの!?」

 淡々と相変わらず無表情なクリエに、ノイジは思わず叫んで、店に入ろうとした彼女の右手を両の手で引っ張って止めた。

「? 何か駄目ですか」

「何でって――そ、そんなに安く見せるもんじゃないでしょ!?」

 うまく説明出来ないのは、ノイジが子供だからだろうか。

 どうしても、恥ずかしさが勝ってしまう。

「私は、何も減らない、店主も嬉しい、ウィンウィンですが?」

 不思議そうにそう問うクリエに、そこには羞恥心が一切なくて、純粋にじっとこちらを見つめてきて――しばらく閉口すること数秒。

「だから、それは……もう、今回はおごってあげるから止めなさい」

 説明する事が気恥ずかしくて、ノイジは白旗を上げ、事態の収束を図る事にした。

 ノイジとて、初心では無い、無いのだけれど、純粋に説明するのにはまだ稚すぎた。

 一応それなりには乙女なのだ。

 どちらにせよ、この子放っておけないし、等とそんな心配を言い訳にしながら。

「お前神ですか……」

 そんなノイジの心の内を知らないクリエは、驚愕に目を見開き、そんな事を宣うのだった。

 

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