2 星を繋ぐ白練の塔 

 遺跡管理組合ギルドの管理に無い遺跡は大抵ろくでもない。

 上手くいけば宝の山、けれど大半は危険極まり無い防衛機構が犇めく魔境である。

 果てがない貪欲さの遺跡管理組合ギルドがランク付けもせず しているのはそれなりの理由があるのだ。

 こういう遺跡に挑む人間は決まっている。

 過去の遺産を目当ての無駄に夢見がちな無謀な愚か者か、遺跡に付き物の防衛機構に挑みたい戦闘狂サイコパス、そして 縋るものが無い悪魔憑きと相場は決まっている。


 ん、にゃ、ふう。

「ところで、これ ――どうやって入るのかしら?」

 塔の外殻部に着いたノイジは首を傾げる。

 入り口らしいものは無く、ただ白練の壁がそびえ立つだけである。

「行けばわかるって、言ってたけど」

 鞄を購入した胡散臭い担ぎ屋の顔を思い浮かべながら、ノイジはひとまず壁に沿って歩いていた。

 しかし、歩けど歩けど、侵入できそうな場所は無い。

「……いっそ、壁に穴を空けようかしら」

「わ、待って、待って! 今案内するから、壊さないで!」

 半分本気で手をノイジが壁に向かって手をかざすと、何処からともなく声が聞こえてきた。

 やがて、壁に人一人分の入れるであろう穴が空く。

 訝しげに眉を潜めながらも、ノイジはその空洞に足を踏み入れる。

 

 僅かに眩しさに目を瞬かせたノイジの眼に映り込んだのは、温かい色合いの木製の壁と床、そして天井。

「……思ったよりも普通ね」

 建てられて間が無いのか、かすかに木の香りがする。

 木目と、匂いからするとおそらく、杉だろうとノイジは検討をつける。

 何れも丁寧に研磨されているのか、継ぎ目無くぴっちりと敷き詰められていて、ノイジの知るそれよりも随分 な造りをしていた。

 周囲を見渡すと、正面に木製の大きなカウンターが置かれ、部屋が二分されておりノイジの側には木製の机と椅子が一組。

 その光景には見覚えがあった。

 他の街の遺跡管理組合ギルド なのだ。

 部屋の広さは辺境ど田舎の支部といった所だろうか。

「そもそも、何でこんな場所が塔の中にあるの」

 ノイジは自分の に向かって声をかける。

 それは確信に近い感覚。

 いつの間にか背後に の音が現れたのだ。

「お姉さん、勘が鋭いんだ。えへへ、この方がとっつきやすいでしょ?」

 振り返ると、こんな場所に不似合いな――背丈の小さいノイジよりさらに小柄な・……どう大きく見積もっても7、8程度の少女が笑顔でそこに立っていた。


「私は、ファ。此処、星繋の塔管理組合ギルドの受付嬢をしてるんだ」

 快活そうな口調のその少女は、そう名乗ってお辞儀をする。

 モノトーンの従者服、髪を後ろに括った格好のせいで、むしろ、使用人見習いでは無いかとノイジは思ってしまう。

「本当に?」

 遺跡の中に何故遺跡管理組合ギルドが?

「あ、一応補足すると、お姉さんが思ってるのとは多分似て非なる組織だよ。やってることは殆ど一緒だけど――何ていうのかな、塔に挑む人をサポートするのはこの形式がしっくりくるから、みたいな?」

「……よくわからないけど、大丈夫なのアンタで」

「はい、よく言われるけど、これでもベテランだよ」

 えっへん、と何故か得意げに胸を張る彼女に、胡乱げな目を向けていたノイジはその声に交じる微小な に気づいてすぐに思い至る。

 極小膨大な歯車が噛み合い回るような、ありえない小さな音の束。

「まさか、貴方自動人形オートマタ?」

「うん? よくわかったね。そう、今の人にはそう呼ばれてるね。可動してから大体100年位かな」

 にこりと微笑し、ファは肯定する。

 その動きにぎこちなさは無く、息遣いも人間そのもので。

「……嘘、だってこんなに自然な造形に、動き、旧文明製しかありえないじゃない」

 稼働時間100年つまり、100年前に製造されたと宣う眼の前の自動人形オートマタの少女。

 でも、それはありえない――はずで。

「今の技術じゃ、製造不可能なはずよ?」

 現状壁面大陸ウオールゲートの技術で作成出来る機械人形オートマタは、兵器としての能力は別として、人の模倣の分野では、かろうじて一定の単純動作の再現が出来る程度。

 それだってかなりの労力と時間を費やす必要があると言う話で。

 現存している人型の機械人形オートマタはその大半は遺跡から発掘された なのだ。

「そうなの? あ、でも私、星繋の塔の生まれだから。ある意味昔ながら、の製法で作られてるかも? ちなみに街のスタッフの8割は同じように製造された生まれた自動人形オートマタだよ」

 何故か誇らしげに胸を張るファ。

 その様子は得意げな小さな子供のそれで。

 ――作り物なのに、 としていた。

「……今もなお って話は嘘じゃないのね」

 なんだか、毒気を抜かれた気分になったノイジはけれど、その同時に自分が歓喜しているのを自覚していた。

 これは かもしれない、と。

「ええ。現時点でも、星繋ぎの塔は挑戦者プレイヤーを待ってます。それで、お姉さんは挑戦者様?」

 その言葉にノイジは躊躇わず頷いたのだった。


 ん、ふう、こほ。

 ファに促されるままカウンターに向かうと、反対側に回るファ。

 駆け足気味にちょこちょこ動くその動きは、遺跡にいっそ微笑ましい。

 手早く宙に何かを打ち込む素振りをする。

 けれどノイジには、なにもない宙で指を動かしているようにしか見えなかった。

「ノイジ ソリトゥード様と。はい、登録完了だよ」

「……良いの、こんなにあっさりと。書類もなんにも書いて無いけれど」

 ノイジは首を傾げる。

 挑戦前に手続きを、と言われたノイジはけれど何もしていない。

 精々名前を答えた位で。

 大抵こういう組織に加入をする時は少なくとも誓約書の類は書かされるはずなのに。

「? 問題ないよ、あこれパンフね。宿泊施設と食事処、公共施設の一覧が載ってるから参考にどうぞ」

 ノイジが受け取ったのは、非常に上等な紙が綴られたもの。

 まるで高級本のように色彩豊かで鮮やかな絵が贅沢に使われ、それなのに装飾らしいものは皆無で。

「既にこの入口を通られた時点で声紋と、指紋、網膜登録及び、先程意志の確認も終了したからね――って言ってもわからないよね。ようは自動で全部登録してるので大丈夫ってこと」

 ノイジがおっかなびっくり、パンフを捲っていると、にっこり笑顔でそんな説明をファがしてくれた。

 生憎、ノイジにはその言葉の半分も意味が 出来なかった。

 過去の技術は失われて久しい、詰まる所はそれに付随する専門用語も既に しないに等しい訳で。 

「まあ、そっちが良いのなら良いけど――良いの? 普通はギルドカード位確認するものでしょう?」

 そう言ってノイジはカードを差し出す。

 ギルドカード。

遺跡管理組合ギルドが発行する、登録証明書兼冒険者の格付け証明書。

 EからSにまで区分された格付けは、実力を図る目安になるはずである。

 ちなみに、ノイジのランクは理由があってDのまま。

 下から2番目の下の下も良い所。

「大丈夫だって。ノイジさん3つ星半でしょ? 既にそのカードで実力を図るにはでしょ?」

 言いながら、ノイジの肩にある徽章を指差すファ。

「それも、そっか」

 その言葉に納得するノイジ。

 確かに、ある意味では協会ケーンズが発行する徽章の方が信頼性はあるかもしれない。

 こちらは残酷なまでの実力主義だから。

「なんだか、出さなくて良いっていうのも変な感じね」

「それは、良く言われるね」

 利権が絡みに絡んだ各地の遺跡管理組合ギルドは、それ故規則には杓子定規に忠実だ。

 例え別の証明書で担保されていてもギルドカードが全て。

 その筈である。

「だって星繋の塔管理組合ウチは加盟してないもの」

「……まあ、こんな秘境と提携もなにもないか」

 そもそも遺跡管理組合ギルドの管轄外のイリーガルな場所である事を思い出す。

「それはそうと、このパンフは何? こんなに沢山の施設、街でもあるの」

 その問いに、ファは当然のことのように頷く。

「勿論。塔の第1層はまるごと挑戦者のための街に改装してるから。その名も、星繋の街 シュアートベルク! えへへ、格好いいでしょ? あ、今更だけど、ようこそノイジさん!」

 気軽な調子でそんなことを宣うファ。

「……いつも思うけど、旧文明あんたら馬鹿じゃない?」

「えへへ。よく言われるね」

 ノイジは頭を抱えそうになるのを我慢して、けれどそれも と半ば強引に納得することにした。

 遺跡の中に街。

 遺跡の中に が存在する例だってあると聞くし。

 資源や技術、規模が ために起こるカルチャーショックは、冒険者には常のことでもある。

「挑戦者は塔の宝だからね。だから、僕たちのようなお世話用の機械人形スタッフも製造されてる訳だし」

「何のために、って聞いても教えてくれないわよね?」

 なにせ、塔が何故存在するのか、誰も知らないのだ。

「残念ながら、私にはその手の情報はインストールされてないかな、ごめんね」

「良いわ、期待はして無かったし」

「あ、ちなみにパンフに挟まってるの鍵板パスカードは無くさないでね。塔への挑戦権の記録と滞在許可証を兼ねてるから」

 言葉の通り、半透明のカードが入っていた。

 淡い青色のそれは、硝子のようで。

「何も書いて無いのだけど」

「中に情報は記録されてるから大丈夫。見たいなら言ってくれれば読み込んであげるけど」

 どうやら、この小さいカードも遺物の一種だとノイジは理解する。

 金属の板を彫って作るギルドカードとは物が違い過ぎると思わず苦笑してしまう。

 普段威張りくさってる遺跡管理組合ギルドも大したこと無いのかもしれない。

「今は良いわ」

「とりあえず、はそんなとこかな。後は、ちょっとギルドの中を案内してあげるね!」

 そう言ってファはにっこり人懐こい笑顔を浮かべて立ち上がった。


 先程入った空洞のあった場所は に変わっていた。

 開けると先には同じく木で囲まれた通路。

 曰く、一時的に外壁と個室の扉を繋げていたらしい。

「転移魔法みたいなものね」

「仕組みは違うけどね。最初は大体個室に転送させてもらってるんだ。結構話し込む時もあるから」

「そうなの?」

「ノイジさんみたいにすんなり行くのは稀だよ。そうだね、一番ひどいと 感じ」

 言いながら、通路の行き止まり、開け放しの扉の中を指さしてファは言う。

 そこは個室を数倍広げたような場所で、どうやらそこが星繋の塔管理組合ギルドの本来の受付場所のようだった。


「ふざけるな、挑戦出来ないだと!?」

 ちょうど聞こえてきたのは、そんな罵声のような叫び声。

「あれは?」

「時々居るんだ。 が無いのに入れちゃう人」 

 何処かうんざりした顔でファは答える。

 灰銀色の甲冑を纏った金髪の男がカウンターの向かい側で応対する受付の女性――おそらくはファと同じ自動人形オートマタに激高していた。

「ですから、説明いたしました通り、お客様の実力だと挑戦するのは難しいとも申し上げました」

「ランクBの冒険者、ジェパード様を知らないのか!? 白銀の騎士の二つ名を持つこの俺を」

 その言葉は傲慢とも言える自信に満ちていた。

 なるほど、遠目でもわかる程鍛え上げられたその肉体は、地方騎士のそれより確かにそれらしい。

 ただし、怒りにまかせてがなるその姿は、騎士と言うより、野党と化した騎士崩れのようにしかノイジには見えなかったけれど。

 ちなみにノイジはシェパード様と言う名前に聞き覚えは無かった。

 けれど同時によく知っていた。

 有名な冒険者実力を把握できない愚か者だと。

「事実を申し上げたまでです。そのうえで、挑戦されるのであれば、お引き止めはしませんが」

 その勢いに押されることなく、淡々と返答する女性。

「当たり前だろ! 見てろ、こんな塔すぐに制覇してやる!!」

 そう言って、ギルドを後にするジェパード。

 仲間なのか、同じく灰鋼の鎧を纏った二人の男が慌ててその後を追う。

 やがて彼らは奥にある大きな木の扉の外へ消えて行った。

「どう思う?」

 ファが、その様子を目で追いながら聞いてくる。

「何が?」

 ノイジが恍けると、ファは苦笑する。

「わかってるでしょ、三ツ星半の魔術師さんならさ。あの人、Bランク相当の実力あると思う?」

「無いわね――ただ、 はまともなのを着てると思う」

 正直にノイジは答える。

 身体能力も、おそらくは のだろうとも。

 ただ、 であるだろうけど、と何処か冷めた思考で考えながら。

 同意見なのか、ファは素直に頷いた。

「うん、確かにあの鎧の素材は、鋼以上の強度と軽さを持った疑似ミスリル合成金属みたいだから、中途半端な生物兵器モンスター軽装歩兵ライトオートマタ程度なら通用すると思うけど。星繋の塔ウチじゃあ しないよ。せいぜい、2,3発喰らって終わりかな」

「止めないの?」

「まさか。忠告はしてたでしょ。――まあ、あの様子じゃあ《魔術師追い剥ぎ 》の良いカモになると思うけどね?」

 その言葉にその様子がいとも簡単に思い浮かんだノイジは、溜息と同時に納得する。

 確かに魔術師私達なら、そういう事をする人間もいるだろう。

 特に都市国家や、遺跡管理組合ギルド の監視の目が無い管轄外区域という なら特に。

 この世界は過酷で、危険で大抵割に合わない。

 だから、美味しい鴨が目の前に居るならば。

 罪に問われないのならば。

 授業料と嘯いて、片手間に身ぐるみを剥ぐことを躊躇わない人間は腐るほど居るのだ。


 それから、しばらくして、裸一貫の男達が転がされることになったのかは――特に興味の無いノイジには預かり知らないことだった。

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