第71話 おっさ(略 ですが私も龍にあったようなので捕まえてみようと思います


「鳥が飛び、魚が泳ぎ、獣が走ることは私も知っている。走るものは網で、泳ぐものは釣ることで、飛ぶものは矢で捕えることができる。しかし、風雲に乗り天に昇る龍は捕えることができない。今日、老子に会ったが、あたかも龍に会ったかのようだ」(『史記』口語訳一部抜粋)



 再び教会の地下に向かうことになった。まだ俺と大天使、俺とクリスとの闘いの跡が教会に残っている。小市民なので、教会の修復のために賠償金払わされるの嫌だなぁと思っている。クリスにも半分頼むか。仕方ないよね。


 そんなことを心の中では思いながら、地下へと向かう。顔には出さない。出したら賠償金を払わされる可能性がある。


「どうしました?」

「どうもしない。それで宗主。龍ってのは人間にとっては味方、でいいのか?」

「それは教会そのものが、人間の味方かというようなものですね。結論から言いますと、イエスでもありノーでもあります」


 どういうことだよ。危険なんじゃないのかそれは。


「龍自体は、人間とは関わり合うのは最小限にしたいのではないかと私は思っています。龍の目的はアイオーンですからね。アイオーンはソフィアを乗っ取ってこの世界に干渉した結果、かつての世界は滅び、今の世界のような状況になりました」

「そうだったな」

「はい。一方、龍はというと、このアイオーンを追うため降臨しようとしたものの、降臨のための拠り所がない状態でした」

「宗主。そもそも論だが、龍ってなんなんだ」

「……正確には私にもわかりません。アイオーンとは近しい存在とも言えますしそうでないとも言えますね」


 事実上アイオーンの同類か。下手したら怪獣大戦争じゃないか。世界救う前に世界滅亡しそう。


「話を戻させてもらいますと、龍はその本体を液体に封じ、アイオーンをこの世界から放逐するための方策を、非常に長い期間で人類とともに練ってきました」

「液体?液体窒素か何かか?」

「よくはわかりませんがものすごく冷たい液体です」


 液体窒素にその本体を封入した龍、しかしこの話を聞いていくと、これ龍だって人間にとって安全とも思えないんだが。


「そして龍は、その力の一部を人間に与えることとしました。時にはその力をより大きく与えることもありました。場合によっては与えた人間がその力を悪用したこともあります」

「勇者や魔王とはそういう存在か?」

「そうとも言えますね。勇者の力は本来、龍によって制限されているとも言えます」


 アランは複雑な表情をしている。


「どうしたアラン」

「ん、いやなハカセ、龍が人間に力を与え、アイオーンや魔王と戦わせたいのはわかった。だが、それをどうやって選んでいるんだ?なんで俺なんだ?」

「龍は人間の身体を構成する情報を組み替え、その能力を拡張するような方陣を展開して世界の魔力を使えるようにしました」


 宗主が話を続ける。想像はついてたが、アランも遺伝子組み替え(ゲノム編集か?)の産物か。誰が作ったかというのが違うだけで。おまけに遺伝子だけでない情報ネットワークの付与か!なんという技術力だ!


「方陣と世界とを繋ぐことで、勇者の力を与える相手をコントロールできます。事実上勇者の因子を持つものは複数いても、発現させられるのは龍の認証を得たものだけです」


 後天的エピジェネティクス制御だろうか。考えられるとしたらそのあたりだな。


「クリスさんについては、何者かが意図的に龍の認証を捏造したのでしょう。そんなことが出来るとはと我々も焦りましたが」

「……となると烙印って、なんだ?」

「本来であれば、龍の認証を通せるのは龍のみで、龍によって勇者発現者の単一性が担保されています。クリスさんの場合、偽の龍の認証を仕掛けられていたのかもしれません。その結果、世界との繋がりに対して異常が起きています。龍や擬似アストラル領域に対して異常な信号が検知されています」


 なるほど、それが烙印と。まるでコンピュータウィルスだな。


「国王陛下が、ヒラガ様に烙印を消せと言い出した時はどうしたものかと思いました。お恥ずかしい話ですが教会内でも意見が割れていたのです。もっとも、それもアイオーンに操作されていたようにも思えます」


 またアイオーンか……。龍によって滅ぼされるわけにはいかんもんなアイオーンも。そのための手駒にしようとしたのか?


「しかし宗主、これは宗主にいっても仕方ないのですが、別に勇者が何人いてもいいと思うのですが……ましてやクリスのような人間であればなおのことです」

「アランはそう考えるのですね。一理あります。しかし、龍の力をあまりに拡散すると、アイオーンの覚醒が近づいてしまうのです」


 そういうことかよ!アランだけでなくクリスも力を振るうとなると、アイオーンを騙しきれなくなるってことか!


 前の階段と違う階段を降りて行く。寒い。そりゃ液体窒素漬けだからな。なんでだろうなって気もするにはするが、アイオーンと同等の存在というなら概ね納得はいく。さらに降りていく。俺たちの足音だけが反響する。僅かな灯りのみが俺たちを照らす。


 階段を、どのくらい降りただろうか。


 淡く青緑に輝く柱が見えてきた。青緑の光の中には、人のような姿がかすかに見える。さらに近づいてみる。人の顔と上半身、鱗に覆われたような身体は爬虫類のそれに近い部分もある。顔はよくみるとアラン……クリスにも似ているな。


『こんなところには、何もないですよ』

「お久しぶりでございます」

『……少し、歳を取りましたか?』


 柱から直接声が聞こえてきた。龍が宗主に、何か挨拶をしているようだ。


「今日は勇者と、そして……その仲間?いや追放したんですよね?なんで一緒にいるんですかね?」

「酷いな宗主。俺が龍を調べたいから来たんだろうが!」

『調べ……たい?そちらは?』

「ヒロシ・ヒラガだ。通りすがりのマッドサイエンティストをやっている」

『はぁ』


 気の無い返事をされてしまった。あまりやる気がないな。


『この世界の人間に、私が調べられると……500年前にもそういう者がいましたが……』

「はい。その節は申し訳なく」

『構いませんが、無意味でした』


 トゲがあるな、言い方に。試したいのか?俺たちを。それならこっちも言わせてもらう。


「龍よ。俺たちはアイオーンによる世界の終わりをなんとかしたい。そのために、龍を調べたい」

『どのようにして?』

「それは龍の体内のDNA塩基配列……」

『はぁ……500年前よりは進歩してしまっていますよ、宗主』

「ではないんだろ?」

『えっ?』


 はじめて龍が驚いた表情を見せる。ヒットしたぞ。龍の一本釣りの始まりだ(人材登用的な意味で)!


「何で構成されてるかまでは分からんが、アイオーンの量子サーバに相当するもの提供できたらいいんだがな。今すぐは無理だ。龍よ、悪いな」

『アイオーンと同じ方法というのは、私には残念ながら適応できません』

「何言ってるんだか相変わらずわからんな」


 そういうなアラン。食いついてきてるからな龍は。上手く釣り上げて、アイオーンに一泡吹かせるの手伝ってもらう。


『それに、私の崩壊はかなり進んでいます。仮に身体をなんとかできても、アイオーンを倒すのは今の私では無理でしょう』

「それなら俺たちで仕留める。龍は手伝ってくれさえすればそれでいい」

『……不可能だと思われます。人の子よ、あなたは人の身にしては真理に近づいていますが、アイオーンには遠いでしょう。真理と呼ぶべきかは置いておきますが』


 真理、か。そりゃ俺はこの世界の人間よりはちょっとは物理法則知ってるけどな。アランが手をあげる。なんだ?


「龍よ、このハカセは魔王を聖剣も聖霊も使わず倒したのです。核爆弾というので」

『えっ?』


 アランがあることあるこというせいで、龍がちょっとこの子何を言ってるんだかわからないという顔をしている。そんな顔するのをやめてほしい、龍さん。


「事実でございます。龍よ」

『ええー…』


 龍が変な昆虫かなんかを見る目で、俺を見ている。ミイデラゴミムシが化学反応で数百度の熱を発する、デンキウナギが数百ボルトの電圧で敵を殺す、などってのをはじめて見た人ってこういう顔をするよね。俺は知ってるんだ。経験上。


「……そうだ。なんでアイオーンがどのレベルの物理改変行えるのか次第では、俺も手が出るかもしれない」

『……でも、核程度ですか……アイオーンにはまだまだ遠いですね』


 そりゃな。月に大穴開けるのは簡単ではなさそうだ。さすがに難しいだろ。


「聖剣も聖霊もクリスが手にしている。魔王もいないしこいつらにも」

『クリスとは?』

「烙印の……勇者と呼ばれています」


 宗主が吐き出すように呟く。教会にとってはそこまでなのか。


『……あの子……ですね……。本当であれば、普通に一生を送らせてあげられたかもしれません』

「そんなもんわからんだろ。普通に一生送るのだけがいいのかよ」

『少なくとも、烙印持ちと差別されるのは幸せではありません、そうですよね』

「それはな」


 だが、俺と出会うまでは知らんが、俺と会ってからは聖剣やアラン、ノーライフロード、女狐クズノハや天使レミリア、マックスウェル、イグノーブルもいたな、とにかく色々な奴らと仲良くなれたとは思う。そりゃ俺たちが色々迷惑もかけてはいる。本当に申し訳ない。


「だけどな。俺も一度死んだ身だから思うんだ。生きてりゃ悪いことばかりでもない、そうだろ?」

『生きていれば……ですか。人の子よ、ですが、アイオーンの覚醒後にはそうも言えないでしょう』

「ならアイオーンをどうにかしないとな」

『……諦めてないのですか?彼我の力の差は理解していますよね?』


 いよいよなんか変な生き物を見る目で俺のことを見てくる。分野が違う変な人と会った時、人ってこういう顔するよね。よく知ってるんだ俺は。


「生きてりゃ、殺せる。存在しているものは、存在を破壊できる。概念だとでもいうのなら……さすがに厳しいが」

『それはそうかもしれません。ですがあなたがたからするなら、存在と概念とはそう違いはないのでは?』

「存在してるんなら、ぶっ飛ばせるだろが。あとはその方法だけで」


 龍は半ば呆れたような顔で、俺のことを見ている。


『望んだからといって、全ては叶いませんよ』

「望まなければ何もはじまらねぇよ」

『……ふぅ。そこまでいうのなら仕方がないです。宗主、烙印の勇者……あの子も呼んできていただけますか?』

「よろしいので?」

『ヒラガ、一つよろしいですか?』


 龍が改まった表情で俺の方を向く。やっぱりクリスに似ているな。


「なんだよ」

『もし、あなたが死ねばアイオーンを滅せるとしたら、どうします?』






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