第66話 おっさ(略 の助手ですが、それよりわたしとお茶しませんか?



 ……えっ?これ音が保存できるんですか?え?紅騎士さんとの戦い?戦い……の記録が欲しいんですかヒロシ。はい。では簡単にはな……えっ?ちょっと自己紹介しろ?嫌だなぁ……。短くていいから?わかりました。


 ……えっと、クリスです。勇者といえば勇者ですが、今は自称マッドサイエンティストの助手、をやってます。えっ、勇者はアランじゃないかって?わたしはどうもアランさんの遺伝情報を基に『産み出された』ようです。


 なので親というのも知りませんし、家族も……えっ、アランさんはお兄さんじゃないですよヒロシ?アランさんが自称してた!?しかも結婚の時は兄として参列?遺伝情報的には兄妹みたいなもんだからアリだろって?

 はぁ。なんとなくアランさんがヒロシをパーティに入れてた理由が理解できました。


 物心ついた頃にはわたしは『王国の』孤児院にいました。しかも何故か色々と、事あるたびに差別されていました。今思うと、半分はよくわからないものに対する恐怖、残りの半分はアランさん同様の力を持つことに対する脅威を感じていたからだったのでしょう。実際、子供だったわたしにふつうの大人は手も足も出なかったわけですし。


 そうは言ってもイヤなものです、差別。


 年齢一桁子供のわたしが一度だけ、本気で大人を突き飛ばしたら、危うく大惨事になりかけた時以来、直接的には何もされなくなりました。でも、事あるたびに食事を減らされたり難癖つけられたりするのも辛かったです。まぁこっそり野生動物狩って食べたりしたものですが。


 そんなある日のこと、わたしは王国に呼ばれてもう一人の勇者として扱われることになりました。どのみちふつうの女の子もやれないので、多額の魔王討伐賞金に目が眩んだわたしは、二つ返事で了承しました。賞金が手に入ったら引きこもってようと思ってたものです。


 だからショックでした、ヒロシが魔王を吹き飛ばした時は。


 まだアランさんが討伐したのならいいです。仕方ないですからそれは。聖剣も!?聖霊様も必要ない!?ちょっと魔王を恨みました。逆恨みです。ヒロシのことは?うーん。腹が立たなかったといえばウソになりますね。そのあとすぐごはん食べさせてもらった上、雇ってもらったんでそれはもういいです。


 ヒロシの職場……勇者の支援施設としてかつて作られたものだそうですが、今そこにわたしは住んでます。いつのまにか所有権わたしのものになってました。一度、王国に確認したのですが、そもそも勇者の支援施設と聖廟は勇者一行以外は入れないので、王国法で勇者の所有物となるそうです。でもここに住みたいかといわれると……意外に快適なので微妙なところですね。夏は涼しいし冬暖かいし。周りの環境も緑が多くていいです。部屋が殺風景なのはそのうちなんとかしたいです。


 わたしは普段何してるかというと、ヒロシの暴走を止めてます。ほっとくと過労死?っていうんですか、をしかねないので。わたしの方が強いのでさすがにヒロシも言うことは聞いてくれます。変な実験によっては止めたり、法に触れるようなことも止めたり、死にそうになるのを止めたり……あれ、目にゴミかな……。給料はいいです、給料は。


 あとは家事とかやってます。ヒロシの方が料理が上手いのはちょっと不満ですね。なので今はクズノハさんたちに鍛えてもらうこともあります。洗濯と掃除は負けません。でも、洗濯ですが、なんか機械でやりはじめたんですよね。


 さて自己紹介はこんなところで、今回の……戦い?戦いは……ほぼ戦ってないんですよわたし達。お茶しただけですし。そう、お茶。


 ヒロシ言ってたじゃないですか。『紅騎士は戦乱を司るといわれていた。調べたら人間の闘争本能掻き立てるバクテリアが含まれている』と。闘争本能掻き立てられないようにする、ファージ、でしたっけ?それはヒロシに用意してもらいました。それ以外に闘争本能本能を抑制する方法について、いつものメンバーで相談したわけです。


 結論からいうと、


 ・女性だけのパーティ編成

 ・オキシトシン点鼻薬も用意


 ということで対応が効くのではないか、という話になったんですよね。……その方向で準備進めてたら、クズノハさんが『ここを女子会にする!』って言い出して、お茶の用意とかでピクニック装備を持っていくことになりました。なぜかわたしが半分くらい運ぶことになったんですが、運送料は貰えたのでそれもまぁいいです。


 オキシトシン点鼻薬が何故必要なのかというと、闘争本能が掻き立てられるのを抑制するのに効果的だと考えられるからです。これは天使のレミリアさんの発案です。女性の方が闘争本能への影響を受けにくいということで、紅騎士対応は女性のみで対応することになりました。


 えっと、それでお茶会の内容ですか?だいたいクズノハさんがみんなをいじってました。想定通りだ、ですか。たしかに、ほかにイジる人いませんからねあまり。レミリアさんとか顔真っ赤でしたが、そのうちクズノハさんは教会に狩られそうです。惜しい人を亡くしました。えっ、わたしもイジられたか、ですか?そうですが、わたしに浮いた話なんてないですから。近くにいるのはヒロシだけですし。


 そんな風にお茶していると、です。


 不意に空が夕焼けのように赤くなりました。いや、違う。太陽はまだ低くない。それなのに、空が夕焼けのその色に変化していきました。かの存在が現れたのです。紅騎士が。


 紅騎士の赤色の砂塵が舞い上がるのを見て、わたしは少しだけイラっとしました。なぜなら、お茶に砂が入ったからです。砂なんて飲めません。こちらに紅騎士が突っ込んで来た、その瞬間。


先の閃シャイニング無拍子ゼロカウンター


 わたしは最速の技で聖剣を抜き、紅騎士の赤い砂の放出源をなぎ切りました。おっと、闘争本能に任せてはいけない。わたしはおもむろに鼻にオキシトシン点鼻薬を流し込みました。鼻水みたいな感じになるのはなんとかならなかったのかなぁ……。


 紅騎士は唖然としていたようです。


『何故、同士討ちが起きない?何故、こいつらは我の前で悠々とお茶をしている?』


 と。砂も放出されなくなりましたし、わたしもお茶会に戻りたくなりました。なので、わたしはいいました。


『それより、わたしとお茶しませんか?』


 今度こそ紅騎士は完全に茫然としていました。


『何故効かない?闘争本能への意志が!?』

『タネが割れてるからじゃないですか?』

『はぁ!?』


 あ、そうそう、ファージもまいとかないと。背嚢からタンクに入ったファージを撒きます。これで、もう大丈夫そうですね。


『何を撒いている?お前は一体!?』

『えっと……企業秘密です。わたしは、クリス。通りすがりのマッドサイエンティストの、助手ですね』

『意味がわからない……』


 攻撃してくるかなーと思ったのですが、紅騎士はそれっきり攻撃してきませんでした。紅騎士を捕縛したあと、わたしはお茶に戻ってクズノハさんにイジられてました。お菓子は美味しかったです。あっ、少し持って帰ってきましたから、あとで一緒に食べましょう。


 こうしてわたしの戦い、戦い……だったのかなぁまあ少し戦ったし、は終わりました。紅騎士は大人しくはしていたのですが、何やら『アポカリプスはこのように甘くないぞ』とかなんとか言っていました。負け惜しみだなぁ、と思いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る