第65話 おっさ(略 の元仲間だけど、バケモノを倒すのはいつだって人間なんだ


 アランという男は、控えめに言って貧乏クジを引く人生を送ってきた。教会にて、数いる孤児の中から勇者として見出されたのもその1つだろう。幸いなことが1つあるとすれば、彼の性格がどちらかと言えば楽天的で、肯定的なところであったことだろうか。


 教会にて勇者として厳しく育成されたアランは、初めて教会の外の世界に旅立つこととなった。世界のさまざまな事象は、彼にとって新鮮で、かつ興味深いものであった。魔王討伐のパーティを結成し、魔物を少しずつ駆除しながら魔王城を目指している途中、第2の貧乏クジを引いてしまった。ヒラガという男との出会いである。


 その男との出会いが無ければ、アランは勇者として普通に任務を遂行し、普通に魔王と相対し、普通に魔王を倒すことになっただろう。……その後に発生する惨劇に対処できずこの世界が終わることになったであろうが。


 実のところ、アラン自体はヒラガという男のことがそんなに嫌いではなかった。自分の全く知らないことを次から次から思いつき、どんどんと奇妙な道具を生み出して魔王軍の幹部を倒していく。ヒラガのやっていることを興味深い目で見ていた。


 ……だが、勇者パーティは違った。


 彼らにとってはヒラガという男は完全に異物であった。到底理解しがたい異常な行動に彼らはストレスを溜めていた。その怒りの矛先は、ヒラガにはあまり向かず(向けてもスルーされがち)アランに向かうこととなった。


 それでも魔王軍の幹部を倒して行けている、だからみんなで力を合わせよう、と言えているうちはパーティはまとまっていた。アラン自体に人望もあったのだろう、勇者パーティの面々は、そしてヒラガもアランのことは好きだったという面はある。


 第3の貧乏クジ、それがパーティとヒラガとを決定的に分断した。ヒラガ暗殺の案件である、暗殺騎士に限らず、様々な暗殺者がヒラガを襲撃し続けた。にもかかわらず、ヒラガときたらピンピンしている。それどころか暗殺者たちの股間は痒みで悲惨なことになってしまったのだ。


 その惨劇を見るうち、勇者パーティの面々は、『こいつといたら殺されるのではないか?』『こいつ、いつか俺にも何かしでかすのではないか?』そういう危惧を覚えるようになる。


 そしてヒラガが魔王城を魔王ごと葬り去った時、パーティの面々の恐怖と怒りは頂点に達した。こんな奴と一緒にいたら命がいくつあっても足りない、と。しかしなかなかヒラガに直接辞めろとは言い出しにくい。そこでパーティの面々は、アランにヒラガをやめさせるように告げたのだ。


 アランとしてはそこまでか?という思いがないわけでもなかった。だが、それ以上に、仲間たちを喪うことのほうが怖かった。初めてまともにできた仲間達である。そこで、ヒラガにパーティを抜けるように言ったのだった。


 その後のことは、これまでヒロシ・ヒラガの独白の形でまとめてきた通りである。


 アランは勇者パーティとして魔王軍残党の掃討を続けつつ、時々はヒラガやその助手にして自らの遺伝子に近いものを組み込まれ生み出されたクリスたちと接触していた。その結果、アランは気がついてしまう。……このままでは世界は崩壊してしまうことに。


 そこで表向きは追放したヒラガとは別行動をしつつ、裏ではヒラガを支援し世界を救うための方策を共に実行していた。今回の四騎士との戦いに赴くことになったのもその一環である。だが、アランは気がついていなかった。今回彼が相対する敵はよりによって一番の強敵であることに。


 そして今、彼は暗殺騎士やドラゴン、教会や王国の兵士たちや天使たちといったメンバーとともに白騎士に立ち向かう陣容を組んでいる。武器を確認しながら、パーティメンバーと最後の打ち合わせを行う。


「それでアラン、なんでこんなにたくさんいるんだ?」

「ハカセのやつが『白騎士にはこれくらいいる』とか言っている」

「……ハカセが、ですか」

「不満そうだなシオン」


 干した小魚をかじるアランに、シオンが露骨に嫌な顔をする。


「ええ。ハカセはアラン、あなたが追放したはずです。そのハカセの言うことを何故聞くのですか?」

「追放したからといって、言うことを聞く必要がないということもないだろう」


 アランからすると黙示録の四騎士についてすでに知らされている以上、本気で戦わないと世界が悲惨なことになることはわかっているのだが、パーティメンバーはというと十分に話が伝わっていない。アランもメンバーに話していないわけではないが、どうしても危機感を共有できない。


「ドラゴンや天使までいるのは何故だ」

「一体何が起こるんだ?」


 メンバーが口々に話しているうちに、暗殺騎士がアランのそばにやってきた。


「来たぞ」

「……来たぞ、じゃねぇよ」


 アランが不快感を顔に出す。暗殺騎士たちはアランのパーティと挨拶を交わした。


「……俺ごと殺そうとしたのは忘れていないぞ」

「意外だな。ヒラガとは喧嘩別れだと聞いているのだが」

「おい、アラン」


 テリオスがアランの肩に手を置く。


「わかっている、今は事を起こすつもりなんてない」

「それならいい。作戦については聞いているな」

「ああ。どうせやるならバケモノをやってくれ」

「やれるならやってやるがな」


 暗殺騎士はそういうと、杖を天に向けた。白騎士が近づいてきているのに皆気がついたようだ。


「ロンギヌス、使わせてもらうぞ」


 そういうと、白騎士が向かってくる方に向かって天空から焼けるような焰の柱を高速で突き落とした。それをキッカケに軍や天使たちが動き始める。


「行くぞ、アラン」


 アランは無言でテリオスの言葉にうなづく。そしてロンギヌスの一撃で、出来上がったクレーターに向かって走り出した。


 白騎士が何かを撃ち出し始める。上空から天使たちが光と何かを白騎士に向かって投下し始める。すると白騎士の攻撃の狙いがおかしくなり始める。


『効いてるな』

「今日程ヒラガを敵にしなくてよかったと思ったことはないぞ」


 ドラゴンの背中でマックスウェルがつぶやく。ドラゴンへの攻撃も、全然的外れな方向に放たれるようになった。


 クレーターの中の土煙に向かって、暗殺騎士とアランが疾走してゆく。他のメンバーが置き去りになる速度である。


「俺が斬り込む。トドメは貴様がやれ、勇者」


 アランは何も言わなかったが、走りながら暗殺騎士のその言葉に小さくうなづく。二人の足は更に早くなる。


『……人間ごときが!我の力を防ぐだと!?』

「おおおおおぉぉぉぉ!!」


 暗殺騎士の一撃が、白騎士の肩に届く。素早く反撃しようとした白騎士に対して、アランが袈裟懸けに斬り込む。


『……なん……だと?』

「悪いが、世界を壊させるわけにはいかない」

『……くっ。この力、まさか……我らの……』

「そうなのか?俺の力って、お前たちのものだったのか?」


 アランは膝をつく白騎士に問いかける。捕縛された白騎士は愕然とした表情を見せる。


『お前は、それすら知らされていないのか。お前自身のことも』

「そうだ」

『そんなことすら知らせていない人間たちを、何故守る?』

「何故だろうな。でも、いまならなんとなくわかる気がする」


 アランはパーティメンバーの方を向いてつぶやく。


「寂しかったんだよ。みんないなくなったら、寂しくなるだろ?そんなの」

「何言ってんだアラン。俺たちはいなくなったりしないぞ」


 グリルがアランの肩を軽く叩いた。アランは微笑んで、小さくうなづく。


「そうだな」


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