第64話 おっさ(略 ですが戦いは戦う前に決着がついているのです



 脱出劇から数ヶ月がたった。


 その日の昼ごろ、王国の穀物庫とも呼べる農地に俺はいた。奴が来るのを座って待っている。四騎士のそれぞれと決着をつけるために、超速で用意をして待ち構えているという次第である。クリスたちは紅騎士を、アランや暗殺騎士たちは白騎士、そしてノーライフロードは蒼騎士と対峙している。俺はというと、一人ここで黒騎士を待ち構えている。


 ヨハネ黙示録通りなら、紅騎士は闘争を、白騎士は物理的な攻撃力を、そして蒼騎士は疫病を司る。黒騎士は食物に被害を与える存在なのだ。四騎士のゲノムを解析したところ、未知のバクテリアが存在し、そのバクテリアにはそれぞれ、人間の闘争本能を加速するもの、人間を純粋に殺す疫病、そして植物に対する病原体が存在した。


 そこで俺は、このバクテリア群と地球にいるバクテリアを比較してみた。そしてバクテリアに対するを探してみたところ、あった。そいつを培養して各部隊に渡しておく。準備は万端である。たっぷりと農産物にそいつを撒いておく。


『……一人か』


 どうやら黒騎士のお出ましのようである。俺は背中のタンクからノズルを取り出し構える。雨雲で空が暗くなってきた。遠くで雷が鳴っているようだ。雷光が見え隠れする。風も出てきた。


『そのようなもので我らと対抗できるとでも?』

「さぁな」

『甘い甘い甘い甘い!甘いぞ人類!たった一人で何ができる!』


 黒騎士の身体から何かが放出されているようだ。植物に対する病原体をばらまいていると思われる。


『人は、パンのみに生きるにあらず!だが、飢えて、死ぬがよい!』

「で?」

『……で?だと?』


 風は強くなってきた。それでも風に揺れる麦畑はしっかりと青々としている。ビクともしていない。それを見て俺は、水筒をとりだしお茶を呑み始めた。


『何故だ!?何故枯れない!?』

「元気だからだろ?」

『おおおおおぉぉぉぉ!!』


 再び黒騎士が何かを放出している。麦畑はやはり青々としたままである。


『ど、どうして……何が起きている!?神の力が!?』

「人間飢えさせて殺す力の何が、神の力だ!!」

『ふ、ざ、け、るなぁ!!!』


 どうやら最大出力の模様である。ならこちらもちょっとだけはやる気を出してやろう。最大出力の黒騎士に液体をブチまける。


『んなっ!?貴様何を!!』

「何をも何も枯れさせてたまるか。この麦はな、農家の皆さんが雨の日も風の日も精魂込めて育てたもんだぞ!!」

『はあああぁぁぁっ!?』

「だからな、貴様に枯らさせる麦なんてねぇんだよ!」


 黒騎士の全力によるバクテリア感染は、しかしどうにもうまくいかないようである。そりゃそうだろうよ。


『何故だ!?神の力が通じないなど!!』

「単なるバクテリアの何が神だ!!」


 ネタのバレた手品ってのはつまらないものだ。本来の四騎士ってのがどういうものかは聖書を読み込んでない俺にはよくわからない。災厄の象徴の存在だから、そんな存在相手に勝てるとも思えない。だが、アイオーンによって現界するためにさせられ、現実世界に影響を与える必要があったのだろう、今の四騎士は違う。概念なんてものには対処することはできない。だが、現実の災厄になら対処ができないこともない。原因も結果もあるのなら、こっちが理解できる範囲でなら対処だってできる。


「そっちの麦の病原体のネタは割れてんだ!バクテリアだって殺す方法はある」

『なっ……何をした』

「感染させてもらった。そっちの病原体バクテリアにな!」


 バクテリアの種類が少なかったのがそっちの不手際ってもんだ。即効性の高いファージを感染させてやった。バクテリアを急速に溶菌させ、次々と殺す。これでダメなら抗生剤ぶち込もうとは思っていたんだがな。


『この、悪魔が!』

「悪魔?そんなもんじゃねぇよ。俺は」


 今日は誰もいないからな。特にクリス。


「通りすがりの、マッドサイエンティストだ!」

『おぉぉぉおおおおのおおおれええぇええ!!』


 発狂してバクテリアを撒けばまくほどファージが増える。挙げ句の果てにエネルギー切れのようだ、黒騎士はその膝をついた。


『に……人間……ごときに……何負けてんだ……我は……』

「そりゃホンモノの黒騎士相手だったら勝てるなんて思えないがな」


 あくまでアイオーンが現実世界にそれっぽいものを産み落としたにすぎないんだよ、この四騎士たちはな。もちろんそれはそれで十分な脅威ではある。だがな、概念とは違う。


『我を……どうするつもりだ……?』

「畑荒らさないなら別に」

『えっ?』

「でもお前さ、それをするための存在じゃん。逆に言うならアイデンティティ奪うことになるんだけど」


 黒騎士はもう、両手と膝をついて動かなくなっている。やる気が無くなったようだな、色々。


「黒騎士」

『なんだ……もう心折れたんだ、我は』

「これから、ほかの四騎士の心も折らせてもらう。アポカリプスに勝てるかどうかの前哨戦だからな」

『勝てると思っているのか、アポカリプスに?』

「勝てなきゃ人類滅亡だしな」


 そう、やらなきゃ死ぬわけだがな。だとしたらやるしかない。ようやく立ち上がった黒騎士の手を、俺はとった。みんな上手くやっていると信じたい。いや、きっとうまくやっているはずだ。





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