第35話 おっさんマ(略 ですがこの中にどなたかお医者様はいらっしゃいますか


 テンペスト様攻撃を未然にセキュリティの専門家(マックスウェル)たちに防がれてしまい、必要なものだけ教会に問い合わせする方式にすることになって数日、ライオンの子供たちも独立し、キメラの合成を本格稼働させようとしている時のことだ。


「マックスウェルたちが来たようだぞ」


 聖剣が、入り口に来たマックスウェルたちを見つけたようだ。なんでだ?文句言われに来たのか?


『すいませーん。クリスさんの往診に来ました』

『不在でしょうか?』


 ちょっと待てマックスウェル、俺たちいるから!なんか申し訳ないなうちの従業員のために。しかしこちらにとっても大切なことだからな。


「おう、来てくれたのか。上がってくれ」

『はい』


 今日は俺にはできない、かつしてはいけないことをやってもらうことになった。この世界では、教会が医療の現場に立っているそうだ。天使が人間を癒すと言えば聞こえはいいが、実際にはナノマシンによる医療がその実態なんだと。


 しかし診察についてはどうやるんだ?そっちもナノマシン経由なのか?クリスにはそのナノマシンとの接続口がないんだが。


「えっ?天使様が?なんでですか?」

「ヒラガさんのご依頼ですよ。聞いてないですかクリスさん」

「それって……どういう……まさかヒロシがどこか悪いとか?」

「いえ。あなたの方だと聞いていますよ」

「そんなことは……」


 クリスが怪訝な顔でこちらを見ている。


「聞いてくれ、クリス。そちらの天使は診断については俺より技術がある。そして俺はクリスの問題の1つは直接解決できない」

「どういうこと……ですか?」

「こちらの部屋を使っていいですか?」


 天使が部屋の方を指差す。俺は小さく頷く。


「悪いがクズノハから聞いた」

「なにをです?」

「……生殖系の遺伝子にも操作されている疑いがあってな。どういうものかわからないが、さすがに俺は診察もできない。そこで」

「あっ……でも、別にそれは、どうでもいいです」

「馬鹿野郎!」


 初めてクリスを怒鳴ってしまった。でもな、どうしても言っておかねばならなかったと思う。


「ちょっと!ヒラガさん」

「いいんだ。いいか聞けクリス。俺はお前がどういう存在だとしても、どういう人間だとしても気にはしない。でもたった1つ許せないのはだ」

「は、はい」

「自分を大切にしないことだ」

「えっ」


 今までもそうだ。自分の価値を低く見すぎている。俺のところで仕事するっていうのだって、嫌ならやめてもらっても良かったんだ。多分半ば捨てばちの部分もあったんじゃないか?


「だからだ」

「……は、はいっ」

「もし身体に問題があるなら一緒に治そう。今すぐ解決できないもんなら俺が手伝ってやる。だけど自分を大切にしない奴とそれはできないだろ?」

「えっと……」

「な?だからだ、自分を大事にできるか?」


 俺はそう言って手を差し出した。


「ずるいです」


 手を取りながらそう返すクリスに俺は動揺する。えっ?俺なんか変なこと言ったか?


「そんな言い方されたら、一緒にやるしかないじゃないですか。いつまでかかるかわからないですよ?」

「そんなもん治るまでやるに決まってんだろ」

「やっぱり、ずるいです」

「あらあらまぁ、これは」


 なんだよ天使さんその言い方。マックスウェルまでちょっとにやけてやがる。痒くするか?掻きむしって悶えるか?クリスが天使に一礼して、一言。


「わかりました。よろしくおねがいします」

「こちらこそ。クリスさん、一緒に頑張りましょうね」


 二人はそのまま診察のために部屋に入っていった。俺とマックスウェルはそのまま部屋の前で待つことにした。


「えっ?脱がないとダメなんですか?」


 どうやら触診するみたいだな。まぁそりゃ脱ぐ必要はあるだろう。何故かマックスウェルが額に手を当てている。小声で不満げにつぶやくのが聞こえた。


「……神霊が使えないと言われていたが……やっぱりやるのか……」

「そりゃ触診くらいやるだろ」

「そういうものなのか?」

「少なくとも俺のいた世界ではやってたな」

「うーん。ならいいのだが……」


 まだ天使の行動を不審に思っているマックスウェル。まぁな、女同士とはいえ服を脱がしたり触ったりとか、知らなかったら不審者以外の何者でもないだろう。


「え、ちょっと!なんで胸に耳当ててるんですか?」

「心音を聞くのですが……」


 えっ?ちょっと待って?この世界ってないのかよあれ。確かに昔の地球でもやられてたの知ってるよその方法。でもそれやる医者って、変態っぽいと思われたり不審な行動だと思われたりするだろ。多分天使レミリアは、まじめに診察をやっているのだろう。そしてそのたびに変態を見る目で見られているのだろう。これはいかんな。ちょっと待ってろ。最近合成ゴムができてきたからな。


「マックスウェル、ちょっと待っててくれ」

「なんだ?」

「天使さんに送りたいものがある」

「どういうことだ」

「そんな複雑なもんじゃないからすぐ作れる。すぐ戻る」


 俺はそれだけ言うと材料を集めて、さくっとそいつを組み上げた。うん、簡単に作った割に結構いい感じである。


「ふぅ……身体的には問題はないですが……」

「……どうしよう……いろいろ見られて……」


 やっぱりこうなるよなぁ。


「おう、天使の人。結果はどうだ」

「とりあえず問診のほうは特に問題はありません。血液検査を行わないとわからないですね」

「やはりな。ところで聴診だが、普段からやってるのか」

「いえ、普段は神霊の力を借りているのですが……場合によってはやってます」


 どうやらやはりクリスの場合、ナノマシンとの接続口がないからやっているようだな。なんにせよだ。


「ナノマシンが使えない場合にこれ使ってはどうだ?」

「なんですかこれ」

「聴診器」


 クリスやマックスウェルも不思議な表情で、目の前の器具を見ている。こいつがあればわざわざ耳を当てなくていい。


「この二股のやつを耳につけて、小さな漏斗のようなヤツを聞きたいところに当てる」

「意外に簡単な仕組のように見えますが……」

「ほれ、俺の心音聞いてみろ」


 促されるまま、天使が俺の心音を聞いている。


「すごい……こんな簡単なものなのに……」

「これから必要な時にはこれを使ってもらうといいと思うぞ。嫌な目で見られることも減るだろ」

「はい、ありがとうございます」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。クリスが口を尖らせている。そりゃそうか。


「……もっと早く作ってくれたらよかったのに」

「まさか聴診器ないとは思わなかったんだよ。悪い」

「なら、わたしにも何か作ってください」


 そんな急に無茶ぶりされてもなぁ……とはいえ何か作ってやるか。


「わかった。すぐでなくてもいいか?」

「期待しないで待ってます」

「へそ曲げるなよ。……頑張ったな」

「別に……えっ」


 頭とか撫ぜるのセクハラかな。そう思ったけど、なんとなくそうしてしまった。クリスは微笑んでくれた。


「えへへ」

「きちんと原因調べて治そう、な」

「はいっ!」


 いい返事だ。マックスウェルはニヤニヤしている。やっぱりこいつ痒くさせよう。


「結果が出るまでは、普通であれば数日かかると思います」

「よろしくおねがいします」

「俺からも頼む」


 帰っていく天使たちに俺たちは一礼した。どんな結果が出るにせよ、知ることは重要だと思う。知らないなら対処などできないだろう。聖剣が呆れたようにいう。


「まさか教会がここまでしてくれるとはな」

「教会、というよりあの天使だろうな」

「あれ、そういえばお金」

「心配すんなクリス、俺が払っておいた。従業員の健康管理は経営者の仕事だったんだ、俺たちの世界ではな」

「あ、ありがとうございます」


 礼を言われることじゃない。 むしろ状況を把握できていなかった俺の責任でもある。天使さんは受け取らなかったから、教会への寄付ということにした。マックスウェルが受けてくれたのは助かる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 普通になんらかの原因で治療が必要、ならまだいい。そもそも治療ができないとなるとゲノム編集の必要すらあるかもしれない。できたら普通に治療ができるといいのだが……。

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