第36話 おっさ(略 ですが吸水性が低いといろいろ大変なことが起きるのです
やっと……やっとできた。
何がだといわれそうだが、できたのである。そう、化学繊維がだ。ナイロンをヒドラ油からやっとこさこしらえた。これができたということは、そう、そういうことだ。
「んで、これか」
「おう、これだ。ナイロン66。俺のいた世界で、カローザスという研究者が世界で初めて作った化学繊維」
「見た目は普通の糸じゃ……やはり強いのう」
早速嗅ぎつけやがったクズノハがいつのまにか研究所にやってくるなり、ナイロンを引っ張って遊んでいる。変な引っ張り方して絡まってる。キツネ耳まで立てて、野生動物じゃないんだから。
「普通の糸とは違うんですか?」
「セルロースなど植物由来の糸や、シルワームのようなアミノ酸の糸とは内部構造が全然違う」
「内部構造?」
「でん……魔力顕微鏡で見てみると面白いぞ」
そう言われて早速顕微鏡に目をやるクリス。こっちは研究者向きなのかもしれない。
「ほかの繊維に比べてあまり凹凸がないですね。ツルツルです」
「そうだろ。単一の成分からできてるからな」
「そっか、これだと水は吸わないですね」
「そこまでわかったら話は早い。つまりは水関連に使える」
「というと……釣り糸とか、漁網にも使えますよね」
クリスの言う通り、地球では実際使われているんだけどな、漁網や釣り糸に化学繊維が。
「それもそう……ってちがーう!ワザと言ってるのかお主は!」
「えっ?でも強いし水吸わないし使えませんか?」
軽くキレているクズノハに素で返すクリスだが、俺たちが化学繊維作った理由忘れてるだろ。
「ちーがーうーじゃーろー!水着ー!わしが水着作りたかったからヒラガに依頼したんじゃろ!」
「えっと……そうでした」
「まあ良いわ。これで水着が!かわいい水着が!」
「盛り上がってるとこ悪いんだがクズノハ。1つ聞いていいか?」
「なんじゃヒラガ」
俺はふと気がついてしまった。クズノハは肝心なことに気がついていないのではないかと。
「この世界の人ら、泳げるの?」
クズノハの表情が引きつったのを俺は見逃さない。やっぱお前何も考えてなかっただろ!
「ま、まぁ別にそんなことはどうでもいいじゃろ」
「えっと……海女さんとかは泳げますけど……普通は泳ぐ必要ないですから……」
「だよなぁ。どうすんだよ。まあクリスの言う通り、漁網や釣り糸にして売り出しゃ別に俺は損しないんだが」
「嫌じゃ嫌じゃそんなのは!せっかく!化学繊維ができたんじゃ!なら!かわいい水着を女の子に着せるのは!当然じゃろが!」
「その通りだ!」
こいつもロクでもないタイミングで同意しやがるな
「かわいい女の子に水着を着せるのとか最高だろうが!」
「うむ!やはりお主はわかっておる!」
こいつらセクハラで訴えていいと思うが、教会に売るのはさすがに人としてどうかと思うので、王国にセクハラ防止法を提言しようと思う(ベクトルが狂った内政チート)。一度監獄で反省したらいいと思うんだ。
「着るのはいいですけど透けないんですよね?」
「それなら大丈夫じゃ。色や素材の重ね合わせで解消できるからの」
ていうか着るのかよクリス。まぁ本人がいいというならいいんだが、服には興味薄いくせ水着はアリなのか。それとも服にも興味出てきたのか?
「あんまり大勢のところではちょっと着たくないです、前のは」
「アレはちょっと露出が多かったからの」
「でも俺の前では着てただろが」
「それは……はぁ……」
最近ため息が多いぞクリス。幸せが逃げるなんていわんが、もう少しポジティブに生きろよ。
「もうこのバカ殴っていいかの?」
「……えっと……」
「むしろ斬ってもいいんじゃないか、こいつはもう」
「それはさすがにダメです!」
みんな何を言ってるのか知らんが、不穏なことはやめてほしい。斬られるようなことは言った覚えはないぞ少なくとも。
「まぁ良いわ。露出抑えめのかわいいのを作ってやるわ。何なら他のモデルも探しておるしな」
「その前に国民が泳げない問題どうすんだよ」
俺のその一言で、急に口笛を吹くクズノハ。現実逃避してもみんな泳げるようになるわけではないぞ。
「しかしヒラガ様の言われる通り、泳げないのでは水着の意味はありませんね」
「わかっておるわい、みなまで言うなロメリオ。して、何か案はあるかヒラガ」
「んなもん、泳ぎ教えりゃいいじゃねぇか」
「教えるったってどうやってじゃ?」
「俺だってちょっとは泳げるしな。まず海の仕事をすると男とか海女さんとかに先生やらせてだな。俺たちの世界にはスイミングスクールっていうのがあったぞ」
「なるほど」
ロメリオが頭の中でそろばんをはじき出すのを確認しつつ、俺は第二の提言をする。
「そこで、まずは泳ぎを教えるための水着を作る」
「えっと、それって……」
「スクール水着とでも言ってやろうか」
「なんじゃそれは?」
「特に子どもがいいと思うんだが、水泳を習わせるために男女とも専用の水着を作る。デザインより泳ぐのを覚えるため優先だ」
絵を紙に書き始める。興味ぶかそうに前傾で見つめるクリス、腕組みで考えこむロメリオとは対照的にクズノハの表情がひきつる。
「だ、さ、い!なんじゃこのだっさいのは!」
「水の抵抗を最低限に抑えつつ、コストを下げるにはこんなもんだろ」
「男のはほぼパンツじゃが、女のはなんじゃこの穴は?」
「これがないと大変なことになる。もっと技術が進むと不要になるんだが」
「この穴なんでいるんですか?」
水着の絵に穴があることを描いていると、みんな興味ぶかそうに見ている。
「これがないと、脱げる」
「ええっ!?それはちょっと……」
「そこまで行かなくても水の抵抗が大きくなるからな」
「えっと、でもなんでこの穴がないと水着が脱げるんですか?」
「胸元が水が入るからな。特にある程度以上のサイズの胸元だと。化学繊維なんで水が逃げにくいからな」
逆にかなり大きいと、胸元からは水が入らない気もする。この辺りはこの分野の専門家である平◯先生に聞いてみたいところだ。
「……えっと、それで水が入ってきて水着の中に溜まって……そっか」
「そういうわけだ」
「にしてももう少しこう可愛くできんのか!?」
「それだよ」
「は?」
「それで不満に思わせておいて、かわいいのを売ればだな」
「ヒラガ……お主も悪よのう」
なんか
「とにかくだ、材料できたんだからあとはそっちで作ってくれたらいいんだよ」
「そりゃそうじゃの」
商売のことは
そんなこんなで数日が過ぎ、俺が聖霊にいつものように変態だの変質者だの言われているとだ。クズノハがふくれっ面で研究所にやってきた。お茶を持ってきたクリスがそれとなく聞いているな。
「どうしたんですか?」
「どうもこうもあるか!あの穴!あんなもんがいるわけなかろうと思ってな、ないやつを試しに作ってみたらどうなったと思う?」
俺なら予想はつくが。敢えて黙っておこう。
「どうなったんですか?」
「プライベートビーチでよかったわ。腹のところに水が妊婦並みに溜まって焦ったもんじゃ」
「なんで水が溜まるんでしょうか」
「織り方次第だと思う。今後も研究進めたら多分穴なしでいける」
「逆にいうとじゃ、これセパレートとか露出多いタイプでないとまずいんじゃないのか?のうヒラガ」
今の時点だとそうなるな。いずれは技術改良でどうにかいけるかもしれないが。
「まぁな。露出多いのまずいのか?」
「場合によるというものじゃ」
「少なくともわたしはビーチでは着たくないです。あまりに露出多いのは」
「クリスはそうかも知らんが、個人差あるじゃろうな」
そりゃな。水着とはいえあまりに露出多いの、下着と何が違うんだよ。プライベートではともかく、人目にふれたくないって人もいるだろう、当然。
「プライベートビーチもいいがプールみたいなの作ってみるか」
「プール?なんですかそれは?」
ロメリオやクリスはわからないか。クズノハだけはうなづいている。これだから未来に生きてるやつは……。
「いつでも泳げる池みたいなやつだな。塩素系消毒薬入れておけばいいだろ」
「変なこと考えますね」
「ヒドラを飼ってるプールあるだろ?あれを参考にしてくれ」
「なるほど、造ってみますか」
「そうじゃの。貴族どもからまずはカネを毟りとって、それから一般庶民に水の楽しさを教えてやるわ」
クズノハたちに金ヅルにされる貴族の皆様には、同情を禁じ得ない。が、それがノブリスオブリージュというものである。水着にもプールにも大金を使って間接的に我々の研究の糧になって貰おう。
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