第34話 おっ(略 ですが 見るなと言われると見て見たくなります


 システムの調整に手間取ったが、やっと一息つけた。これで色々と新たに使える機械も増えそうである。しかし、機械よりいま欲しいのはだ。お茶を持ってきてくれたクリスに、思わずぼそりと言ってしまう。


「情報が欲しい」

「情報?」

「あぁ。もっと具体的に言うとだ」

「えっと……まさか、禁書庫……ですか?」

「そうだ」


 青ざめるクリスからお茶を受け取り、一口飲んでから続ける。聖剣先生、何か言いたそうだな。


「そもそもなんで、禁書って禁書扱いされてるんだよ」

「私が話しただろうが。人間には過ぎた知識だったんだと教会が指定してだな」

「過ぎた知識なんてもんはねぇよ。むしろ知らない方が色々問題になるだろうがよ」

「そんなこと私に言われても知らんぞ」

「ヒロシはなぜ禁書庫に入りたいんですか?」


 お茶を飲んでいたクリスが、口に菓子クズをつけたまま聞いてくる。口元拭いてね。あと俺にもくれよ菓子。俺の分あるんだろうか。


「俺の知識とか不完全なんだよ。禁書指定されてるもんの中に俺が知りたいことがあるなら、そんなもん試行錯誤しなくていいだろう。車輪の再発明は少なくしたい」

「車輪、ですか」

「同じもの作りたくないんだよ。既にあるなら知った上で作ればいいじゃないか」

「それはまぁそうだが……」


 聖剣もなんか不満そうだな。やるなと言われることは理由があるんだろうからやめておけということなんだろうが。


「というわけで禁書庫に入ろうと思います」

「入っちゃダメだろ」

「だが待って欲しい。俺が入るとは言っていない」

「なら誰が入るんだよ?」

「これだよ」


 俺は管を取り出した。クリスは興味深そうに見ている。


「こいつはいろんな方向に向かって曲げることができる」

「こんなもん入れてどうすんだよ」

「クリス、この機械のぞいてみてくれ」


 黒い機械をクリスに指差す。彼女が機械を覗く。


「えっ?なんでヒロシが見えるんですか!?」

「隣のコントローラをいじってみるといい」

「これですか?」


 棒を上下に動かすと、それに連動して先が動く。そして、画面も動くことになる。


「えっ!?えっ!?天井や床が見えます!?」

「横にも動くぞ」

「まさか」

「ああ。こいつを禁書庫に挿入するつもりだ」


 聖剣は呆れたようにしているが、入るなとは言われたが覗くなとは一言も言われていない。


「さすがにそれは無理だと思うが……」

「えっと、でもこれでは本は読めないんじゃ……?」

「その下の棒を操作するとだ」


 今度は棒から引っ掛ける仕掛けが出てきた。最近の内視鏡って、簡単な手術もできるだろ?それと同じような仕掛けだ。これで紙をめくってやろうと思う。


「お前のその執念どこから来るんだ」

「有用な資料が目の前にあって、それを見ないってのはもったいなさすぎるだろ」

「えっと、でも、禁書庫に入るのどころか、禁書庫って近づくのも無理なんじゃないですか?」


 俺は無言でお茶をすすった。一息ついてクリスの食べかすを拭く。


「なんでだよ」

「禁書庫は王城の地下ですよ?」

「そうなのか?」

「あぁ。どうやって入る気だ?」


 聖剣とクリスにそんな風に言われたが、考えがないわけではない。


「王城なら話は早いだろ」

「えっ?どうするつもりですか?」

「国王に掛け合うんだよ」

「できるのかそんなこと」

「できるというよりやる」


 聖剣に大きなため息をつかれたが、国王には貸しが大量にあるからな。とりあえず取り立てに行こう。


 王城に向かって衛兵の前にやってきたが、露骨に股間を抑えるのをやめてほしい。何もしなければ痒くさせたいっての。


「何の用ですかヒラガさま」

「国王の貸しを取り立てに来た」

「もうやだこいつ」

「勘弁してください……」

「なんですかそれは……」


 そういうなよ兵士の方々。実際のところ、貸しというほどのものでもないんだが。


「サンドクラッド村の件だと伝えてくれ」

「あのサンドクラッド村か!?よく間に合ったな!教会が間に合わないと聞いて、王国の閣僚が青ざめていたが」

「……全員は助けられなかったがな」

「そういうなよ。わかった。伝えて来る」


 兵士たちが中に入っていった。また時間がかかるのか。俺とクリスは仕方がないので本を読んで暇潰しをしている。クリスは何を読んでいるかと思ったら、料理の本のようだ。最近色々作るし腕も上がった気がする。


「お待たせしました。奥にどうぞ」


 どうやら今回は正式な謁見ではなさそうだな。まあ略式のが気が楽だ。


 かくして俺たちは別室に案内されて国王を待つ。なんかお茶菓子出されてるんだが。またうまそうなクッキーだな。匂いよすぎ。クリスに至っては腹の虫が鳴いている。鳴きやませなさい。


「待たせたの」


 国王と官吏、衛兵の3人だけが入ってきた。


「いや、構わんぞ」

「まずはこれでも食べてくれ」

「いただきます」


 官吏に勧められ、いうが早いか俺より先にクッキーをかじるクリス。クッキーは逃げないぞ。


「美味しい……」

「まずは大儀であったな」

「悪い。……全員は助けられなかった」

「そういうでない。お主でなければどれだけ死んでおったか……」


 そう言われても、内心は辛いものがある。もっとできることがあったはずだ。


「ああ。だが、俺にはもっと何かができると思うんだ。そこで頼みがある」

「それが今回の褒美ということか?」

「モノより俺に必要なものがある」

「なんじゃ。できるかどうかは分からぬが、聞くだけは聞くぞ」

「禁書庫」


 そう聞いた途端に国王と従者の顔色が悪くなる。


「いや、入りたいんじゃない。入り口まで行きたいだけなんだ」

「なぜじゃ?」

「先日教会の人に初めてあったのだが、禁書庫の扉が面白い仕組みだと聞いてな。ぜひ見て見たい」

「見るだけなら構わん。のう」

「入らないように我々が監視するなら問題はないかと」


 どうやら許可がもらえそうである。よし。


「なら大丈夫ということでいいのか?」

「その程度なら構わんと思うが、どうか?」

「さすがに見学程度なら構わないかと」


 言質はとったぞ!こうして俺たちは、禁書庫の前にたどり着いた。早速機械を挿入しようと禁書庫の扉をさぐる。……挿入できる隙間がないじゃねえのこれ?


「痛っ!?」


 急にクリスが悲鳴をあげる。


「どうした!?大丈夫か?」

「はい。でも、何か強烈な魔力の信号が流れてます」

「信号?」

「微弱な信号が他にもあるんですが」


 まるで聖剣が鎮座していた研究所や、聖霊のいた聖廟と同じじゃないか?……ちょっとまてよ?


「その微弱な信号拾えそうだな」

「拾ってどうするんだ?」

「捨ててあるものだから拾ってもいいだろ?」


 俺は監視の官吏に『これ使ってもいい?』と判定をお願いした。判定は?


「……ま、まぁ見てるだけみたいなもんだからな」

「法的には大丈夫か?」

「王国の法的には問題はないはずだ」


 この国には、どうやらデジタル万引きの概念はなかったようだ。なら、盗めるだけ盗んでしまうしかない。


「よしなら早速受信機を用意して信号を拾って……」

「悪い予感がすると思ったら何している貴様は!」


 くそっ、マックスウェルじゃねぇか。なんでいるんだ!?勘のいいやつだなぁ。


「何って、壁の外に出てる微弱な信号拾って情報収集をしているだけだが」

「貴様をそこまで駆り立てるその執念が怖い」


 マックスウェルの表情が怒りと恐怖が混ざったような顔になっているが、こっちは法の範囲内でやってんだよ、文句言われる筋合いはねぇ!


「法律の専門家に聞いて許可出たからやってるだけだ」

「何やってんの!ザルじゃねぇかこの国の法律!もうやだこの国」


 マックスウェルが絶叫してるけど、ネット機器もないこの国に電子計算機保護法なんてものがあるわけもない。


「ごめんなさい、この人この世界の常識とか全くないんです!わたしからあとでキツくいっておきます!」

「私からも謝罪する。ほんっとうに申し訳ない!」


 とうとうクリスと聖剣がマックスウェルに謝罪をはじめた。そんな、アホの子がやらかしたのを謝罪する両親みたいな謝り方しないでくれ。キャラまでブレてるぞ。悲しくなってきた。


「でもこいつ放置してたら次に何するか全くわからんぞ。かといって法を犯したわけでもない。もうやだ審問官辞めたい」


 意外にメンタル弱いなマックスウェル。もっとこう異端者は即殺すくらいの奴かと思ってたんだが。こっちもそれならそれなりの対応考えるけど、逆にこういう反応されるとツラい。


「マックス、辞めないでください。あなたに辞められたらわたしも困るんです」

「しかしレミリア様……」

「って言ってるそばからぁ!」


 信号を調べようとする俺の首ねっこを天使が掴んできた。半ギレになってるけど、こっちだって受信できる信号どういうのがあるのかきっちり調べたいと思ってたんだよ。


「チッ、調べてやろうと思ってるのに」

「勝手に許可も得ずに情報を持ってかないでください!」

「そりゃまぁそうか。でも国王には許可貰ってるし、法も犯してないぞ」


 そう、俺は悪いことはしていないのだ。法的な意味ではな。グレーゾーン爆走中なのは否定しない。


「もうやだこいつ……早くなんとかしてくれ……」

「すいません、ほんとうにすいません」


 コメツキバッタもかくやとアタマを下げるクリス、心が折れそうなマックスウェル、オロオロする官吏を見ながら、悪いことはしていないのだ、と言いつつこの場を収めることにしないと話が進まないと俺は思った。


「マックスウェル、そりゃ俺が勝手に持ってくのは大問題なのはわかる」

「おお!わかってくれたか!」

「だか俺だって知りたいことがある!」

「……わかってねぇよ畜生!」

「そこでだ」

「なんですか?」


 フットインザドア戦略は、異世界だって有効なはずだ。駆け引きってのも研究者には時には必要なことである。天使の問いかけに答えることにする。


「聞きたいことを俺がリストアップするから、回答を教会経由でもらえないか?答えられないならそれはそれで諦める。調べ上げて先に進む。時間はかかるが」

「えぇー」


そこまで露骨に嫌そうな顔しないでください。天使の表情が天使がしちゃいけない顔になっている。


「結局禁書相当のことやんじゃねぇか貴様!」

「それでも勝手に入るわけでもないし、禁書審問的にも問題あるか?」


 マックスウェルが頭を抱えている。しばらくして、天使がマックスウェルの頭を撫でてから言った。


「マックス、そういう時にはいい方法があります」

「レミリア様、どういうことですか?」

「持ち帰って検討させてください」


 チッ、ちょっとは出来るようだな天使。


「わかったよ、いい回答を待つ」

「わかっていただけて幸いです」


 胃を抑えながら帰っていくマックスウェルと天使を見ながら思う。宮仕えってのは辛いな。


 俺は自由なマッドサイエンティストだよ気楽なもんだよ 世の中色々あるけれどそれは関係ないね もっと大きく心を……これ以上はやめておこう。



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