第24話 おっさんマ(略 ですがキメラを作り直そうと思います


 前回の一件を受け、クリスに美味いものを食べさせにいこうと思った。そこでロメリオ商会にダイヤモンドワイヤーの成果を報告しつつ、ロメリオに美味い名産品とかを聞いてみることにした。


「ダイヤモンドワイヤー、なかなかの威力だった。これがその切断面」


 淫魔の手足とブツを転がしてロメリオに見せる。


「これは。使いどころを間違えなければいい商品になりますね」

「それはわかるが汚いモノを見せるでない」

「すまんな」


 ブツもどこかに売れないかなぁ。持っててもしょうがない代物だからな。DNAがたっぷり取れるかどうか調べた後でもいいかもしれないが。鮭かよ。


「では、当初の予定通りこちらの商品の利益の20%を提供します」

「いいのかよ?」

「発明者はヒラガ様ですから」

「気にせずとっとけ。ついでにクリスに可愛い服でも買ってやれ」


 クリスが全力で警戒態勢になっているが、クズノハたちは着せ替え人形にする気満々である。なら最初から服くれよ。GDP増えないだろこの取引。


「それはいいんだが、ちょっと気分転換に美味いもんでも食いに行きたいんだ。何かいいものあるか?」

「んー、そういえばじゃ。お主、キメラ肉を食ったことはあるか?」

「キメラ肉!?」


 また妙なワードが飛び出してきたぞ。クズノハ、食ったことあるのかよ。


「それはそんなに美味いのか?」

「美味い」


 即答か。美味いってんなら行かない手はないように思える。


「おい、クズノハ……お前……」

「黙っておれデュラン。いい加減進めたいじゃろ」

「ああ……そういうことか」


 クズノハと聖剣が不穏な会話を小声でしているようだが、何を進めるというのか。美味いんじゃなかったのか美味いんじゃ。


「なんだよ聖剣、キメラ肉って何か問題でもあるのか?」

「いや、問題はない。肉食の生物の割に美味い」

「なら問題はないな」

「……そ、そうだな……」


 はっきり言わないところが気になる。私、気になります。


「デュラン、あの二人をどうしたいのですか?」

「んー……自然の流れに任せるつもりだが」

「私は反対した、と会話記録を保持しておきます」

「アッシュは反対なのか。特に反対する理由ないじゃろ」

「……あの変態が気に食わないだけですので」


 相変わらず聖霊は酷い。しかしなんのことやらさっぱりだ。


「クリス、どう思う?行ってみたいか?」

「はい。行ってみたいです。美味しいんですよね?」

「あ、ああ……」


 聖剣が言い淀んでいるのが妙に気にかかる。絶対何か裏があるだろうこれ。しかし、研究者としては興味深い生物だからなキメラともなると。是非とも観察しに行きたい。


「よしわかった。明日からそのキメラ肉を食べに行くとするか。場所はどこだ」

「デルピュネー火山の近くじゃ」


 ……おい、昨日行ってきたぞ。俺とクリスのテンションはかなり下がったことは言うまでもない。


「昨日まで温泉に行ってきたとこだぞ」

「そうなのか。キメラがおるのはその火山のカルデラの中じゃがな」

「どおりで遭わなかったわけだ」


 それならまた行ってみるのも悪くなさそうである。気を取り直して向かうとしよう。


 翌日。馬車を走らせ火山に向かい、火山の中のカルデラをめざす。カルデラの一部が比較的なだらかになっており、そこから馬車が通れる街道になっている。


 走って行くうちに火山の中に町が見えてきた。ちょっと驚きだな。阿蘇山の中にも町があることを考えたら、そう変でもないのだが。


「ふーん。ここでキメラ肉がねぇ……」


 早速町役場に向かい、キメラ肉を食べられる食堂について聞くことにした。その受付の男が残念そうな顔をしている。


「キメラ肉ですか……申し訳ないのですが、野生のキメラは絶滅しておりまして……」

「絶滅?」

「はい。かつてはこの火山の中で、多くのキメラがおりましたが……その後、魔族による乱獲の結果絶滅してしまいました」

「乱獲は何故行われたのでしょうか」

「どうも魔族に必要なツノを持っているデーモンゴートの繁殖が狙いだったようです。またキメラの肉は精力剤としても有名でしたし」

「えっ」

「精力剤!?どういうことですか?」

「はい、ご存知なかったので?」

「あ、の、女狐ぇ!」


 俺は思わず叫んでしまった。それくらい言わせてもらってもいいだろ。だまされるところだったじゃないか。確かに地球でもトラやらオオカミやらが精力剤として使われてたが、別に夜にハッスルする予定もないんだぞこちとら。そろそろクズノハをセクハラで訴えようかと脳内で検討し始めていると、男がさらに続ける。


「ただ、皮肉なことにデーモンゴートは天敵のキメラがいなくなったことで繁殖しすぎ、その後森林を破壊しつくしてかえって数を減らしてしまいました」


 あーあるある。人類もよくやったわそのミス。肉食動物を害獣として駆除して、草食動物が森林を破壊してしまった事例は枚挙にいとまがない。


「結局魔族は合成キメラを導入したようです。もっとも合成キメラでは繁殖が行われませんから、魔族が滅んだ今後は、またデーモンゴートが繁殖しすぎることになるかと」


 え、また俺のせいか?魔族全滅させてしまったからなぁ急に。いずれはそうなるかもしれないが、急はまずかったのか。


「ところでデーモンゴートって美味いのか?」

「いえ……なんでも食べるせいか大変青臭みがあってまずいのです」


 駆逐するぞクソヤギ。しかしどうしたもんだろうか。食いたかったキメラが食えない。


「この町もキメラ料理が出せなくなりすっかりさびれてしまいました……」

「しかし、こういわれるとキメラ食べたくなるな」

「そうですね……精力剤うんぬんはともかく食べたいです」

「……なら、作るか」

「えっ」

「それにしてもキメラ、普通に繁殖していたんだな」

「そうです。かなり昔からこの地にいましたね」


 合成魔獣じゃないキメラってそれじゃない感はあるが。


「ここでキメラが繁殖できた理由って、何かあるんですか?」

「栄養価は高いですが、極めて強靭なデーモンゴートを捕食できるのはキメラくらいですから。デーモンゴートの頭部に擬態した頭で忍び寄ったり、デーモンゴートの毒ブレス攻撃を無効化するドラゴンブレスを吐いたりしていたものです」


 なにその大怪獣決戦。


「それにしてもキメラって、そこまで強くても魔族には勝てなかったのか」

「人間同様集団で狩っていたので、数には勝てなかったのでしょう」


 タチが悪いのは人間と同じか。


「ところでだ、絶滅したキメラの体の一部とかあるのか?」

「剥製ならありますが……」

「その一部、もらえないだろうか。なんならカネは出す」

「は、はぁ」


 こうして俺はキメラの剥製の一部を、金貨と引き換えに手に入れた。こうなったら何がなんでもキメラを食うため、キメラ復元を行うことにする。


「それにしてもお昼どうします」

「仕方ない、普通に食堂にでも入って食べよう」


 キメラ食べたかったなぁ、と小声で言っているクリスに俺は心の中で謝るしかなかった。


 飯を食べ終わってすぐ研究所に戻り、そのままキメラ断片のシーケンスを始める。解析を始めようとすると聖霊が冷たい目でこちらを見てきた。


「そんなに精力剤が摂取したいんですか」

「いやそうじゃない。しかし食えないとなると食いたいだろうが」

「どうでしょうか」


 シーケンシングと解析さえきちんとやってくれれば、文句は特にいわない。早速配列解析を進めていくと、あることに気がつく。ゲノムサイズ、デカくないか?


「……人間の5倍はあるぞこれ!イモリかよ!」

「イモリってなんですか?」

「水の中にいるトカゲみたいな形してるヤツ。知らない?……ってかこっちには居ないのか」


 きょとんとしているクリスと一人で納得している俺だったが、そもそもこっちと地球じゃ生態系だって同じってことはないからな。植物とかでも似て異なるものではある。


 しかしこれ、絶滅した生物の復元というのはいくらなんでもハードルが高い気はするな。その一方で気になることはある。


「なぁ聖剣よ。1つ聞きたい」

「なんだ」

「キメラは、自然発生したのか?」


 聖剣がしばらく間をおいて、そして一言。


「したように思えるか?」

「思えないな」

「なら、そういうことだ」


 つまり人間が作ったわけだ。人間が作ったとして、この生物の構造を考えてみるとだ。


「材料となる生物がいたのか?」

「いたな。マンティコアとデーモンゴート、そしてレッドドラゴン」

「つまり、これらの生物の遺伝子を取ってきたと?」

「そうだな。マンティコア自体ある種のライオンとドラゴン、サソリのゲノム導入種だぞ」

「マンティコアは絶滅してないのか?」

「普通にいますよ。繁殖もしてますね」


 クリスの返答を聴きながらふと思う。どうやって染色体脱落を防いでいるのか。普通、複数の生物の細胞を融合してプロトプラストというものを作成しても、染色体の脱落が起こって最終的にはいずれかの生物の染色体のみが残る。昔の怪獣映画で怪獣とバラと人間の細胞を融合した怪獣を作っていたが、あれも怪獣の細胞の性質に依存してたな。


「度々すまん聖剣。染色体脱落はどうやって防いでいるんだ?」

「染色体の末端構造をライオンのそれに切り替えているそうだ」

「ちょっと待てよ……ゲノム編集の酵素は手に入れた。ライオンの染色体の末端構造を他の染色体に導入……左右相同でないのはどう説明する?」

「回答します。左右で発現が違う遺伝子を制御因子にするのです」


 聖霊の説明で納得ができた。つまり左右で発現が違う軸遺伝子を用い発現制御を行って、ある程度体ができてから疑似頭を発現させるのか。


「できそうだな、生物的に繁殖可能なキメラは」

「実際デーモンゴート対策だったからな。さらに人間には敵対しないような因子も組み込まれているようだ」


 なんか犬みたいだな。人間とキメラが共存していたということだろうか?


「にしてもなんで食べられたりしていたんだ?」

「それはデーモンゴートを間接的に食べるためだな。あんなの食えないがキメラは美味いからな。寿命で死ぬ直前のキメラが一番美味いらしい」


 ……ちょっとまってみようか。キメラ再生しても、それじゃ俺らが生きている間に食えないぞ。


「キメラの寿命は短いからな。3年程度だと言われている」

「なんだかなぁ……都合のいい生物を作り上げたってことか?」

「そうだな」


 そうは言ってもデーモンゴートによって環境破壊されてる現状、どうにかするならキメラ再生は悪いことではなさそうだ。肉についてはまた検討しよう。


「よし、方針は決まった。あとは実際やってみよう。図書館にも資料とかあるかもしれないな」

「先は長そうですね……」


 そんなことを言っているクリスだが、唇の端からよだれが垂れているのを俺は見逃していなかった。人間、食べられないとなると食べたくなるのが人情というものである。

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