第23話 おっさ(略 ですがイヤらしいのはしまっちゃいましょう
気がついた俺は温泉のそばに横たえられていた。クリスは服を着ているし、やっぱさっき見たのは幻覚だろ幻覚。クリスがこっちに駆け寄ってきたが、若干お怒りの様子だ。
「もう!何をやってたんですか!」
「バクテリア採取しようとしていたら足を滑らせてな」
「……変なことしてたんじゃないですよね?」
「監視していましたが、そこの変態はバクテリアの採取だけをやってました」
紛らわしいから変態って呼ぶのやめてほしい。
「……わかりました。でも気をつけてください!下手したら死んでます!」
「お、おう」
「……いまヒロシに死なれたら、わたしの烙印は誰が消してくれるんですか?」
「すまん」
不注意で変死とかしたら、アンデッドとかいる世界ならアンデッドになりかねないと思うとうかうか死んでもいられない。こっちじゃないけど一回死んだけどな。
「さておき、ゲノム編集に必要なバクテリアは入手できたし、ひとまず戻ろう。クリスのほうは成果あったか?」
「……何の成果も得られませんでした」
「それ以上自虐は良くない」
「……回復速度が速すぎて差がよくわかりませんでした」
「若いからな」
「お年寄りとか連れてきて調べたらいいんじゃなかろうか?」
「そっか」
ま、なんにせよクリスにもやりたいことができたのはいいことだ。目的のものも採取できたしそろそろ帰るか。
そんなこんなで研究所に帰り着くと、一人の男が入り口の前で座り込んでいるのを見つけた。なんかあったか?……見かけない顔だな。
「あ、あの、どちら様でしょうか」
例のアンデッドの一件もあり、王国、ロメリオ商会、ノーライフロードには緊急連絡先を交換はしている。アランとも(密かに)連絡はつく(追放とはなんなのか)。しかし身内以外の連絡先なんてない。なんか新しい連絡先を教える方法は必要だがスパムくるのは困るな。どうしたものか。
「ヒラガ様、でよろしいでしょうか?」
「おう、俺だ」
「お願いがあります。奥様を助けていただけませんでしょうか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着け」
ものすごい勢いで寄りかかって来られたが、そんなんされてもちょっと色々困るぞ。とりあえず話を聞こうか。
「まぁ落ち着け。茶でも飲んでくれ」
「は、はい」
やっとのことで興奮状態の男を座らせ、クリスに入れてもらったお茶を飲ませて落ち着かせる。まず落ち着かせないと話も聞けない。多分地球のカモミールのような落ち着く成分の入ったお茶を飲んだ男は、こちらのほうをすがるように見つめてくる。そんな顔されても困るんだが。
「んで、何を俺に求めてるかを、許せる範囲でゆっくり話してくれ」
「はい。私は王国貴族クレメンス家に仕えております。クレメンス家は王国建国からこの国を支え続けております。そんな当家ですが、先日王家から降嫁された奥様を迎えさせていただきました」
国王の親戚、外戚になるのか。なんだかんだいって国王には世話になってるからな俺たち。なおのこと助けないと、人としてどうかと思う。マッドサイエンティストだけど。
「ですが数日前、ある魔物たちに外出中の奥様たちが襲撃をうけました。幸いなことに誰にもケガなどはなく、魔物も追い払ったのですが、その魔物が奥様に妙な魔法をかけたようで……」
「魔法ですか?」
「淫紋、というのをご存知でしょうか?」
「いや」
「奥様はその魔物にまだ狙われているようで、その紋が体に浮かび上がって魔物が奥様を再び襲おうとしているのです」
なんてこった、まさに魔物だなそいつは。そんなクソ野郎はチ〇コ痒くした上、〇ンコ斬って殺そうそうしよう。慈悲はない。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
「奥様から淫紋を消す方法を探せないでしょうか?」
「うーん。俺は医者じゃないから難しいと思うぞ。医者には見せたのか?」
「医者に見せて消せるものなのですか?」
……こっちの世界だと難しいか。そもそもその淫紋を見ないことにはどう消せるかわからないからな。そもそも論として原因と対処が必要ではある。
「見てみないと何とも言えない。とはいえ考えが全くないわけでもない。しかし淫紋か……一点致命的な問題があるぞ」
「なんでしょうか」
「その紋様、どこに出てるんだ?」
「え?」
「医者に見せるのでも大概なのに、俺が見ていいのかよそれ」
「あ……」
デリケートなエリアに出現してたとしたら、処置のためとはいえまずいだろ。できることなら変なところに出現していないといいんだが……。
「……クリス、悪いが代わりに見てくれるか?いい考えがある」
「えっと……場所にもよりますが……患部がその部分だったら……」
「場合によってはデリケートなところは黒塗りにしていいから」
「黒塗り」
女性同士のほうがまだましだと思う。それでもイヤだとは思うけど、治療のためだ、協力はしてもらわないと。
「あと気になるんだが、淫紋って単なる模様だけではなく、なんらかの信号を送っていると考えていいんだよな?」
「どういうことでしょうか」
「ターゲットを狙っているぞ、とわざわざご丁寧に連絡してくれているのはなんでだ」
「確かに。狙っているとわかったら普通警戒しますよね」
再攻撃してくる理由は一体何なのか。よりによってそんな王族に連なる奥様なんぞ狙わなくてもいいんじゃないのか?あるいはもっと下等生物なのか?たまたまなのか?それはそれでなんかイヤだが可能性は否定できない。
「いずれにしろ話し合ってるだけじゃしょうがない。まずはその現物を見に行きたい」
「……遺伝子だけではなく女性の肌も見たいのですか、変態ですね」
お前いたのか聖霊。相変わらず暴言を吐かれているが、今回についてはあまり否定はできない。
「俺が見たらいろいろまずいのくらいわかってる。なんでクリスに代わりに見てもらう。それならいいだろ」
「状況を理解しました」
コンプライアンスに厳しい聖霊のおかげで真っ当に生きておりますから別にいいんですが、
クレメンス家の馬車に乗って、奥さんのいる別荘に向かう。どうやら避暑に向かう途中に襲撃されたようだ。災難だな。別荘といってもかなりの大きさである。全くこれだから貴族ってやつは。
使用人に案内され、執事のいる部屋に通されて着席して待つこと5分。
「旦那様、ヒラガ様をお呼びしました」
「うむ」
こちらがクレメンス家の当主か。口髭も整っているなかなかのイケメンだな。
「ヒラガだ。この度は災難だったな」
「こちらは?」
「うちの従業員だ。奥方の肌を男が見るわけにもいくまい」
「よろしくお願いします。それで、奥様は……」
当主が目で合図すると、執事が俺たちを奥方の部屋に案内してくれた。俺たちと当主はその部屋に向かう。
「入るぞ」
当主の呼びかけに弱々しい声で応じる奥方。外見的には問題はなさそうだが、淫紋が浮かび上がるってのはやはりショックだったような感じだな。精神的な問題が大きそうだ。
「……あなた、こちらの方々は?」
「魔王を倒したヒラガだ。あの」
「えっ?」
「この度は災難だったな。俺にできることがどれだけあるかわからないが、できることはやらせてもらう」
「あ、あの、わたしもお手伝いします」
「こちらは?」
「ヒラガの従業員だそうだ。こちらが淫紋を確認するらしい」
「おう、そういうわけで例のやつのほうは頼んだぞクリス」
「は、はいっ。あと、絵も描いていいですか?」
「必要無いと思うけどなぁ」
俺はクリスに黒い箱を手渡す。塩化銀を塗布した板が入っている。強い光を照射してやれば……要は写真だ。レンズの性能がイマイチかもしれないが、まぁなんとかなるだろ。写◯ンですでも結構いい画像が撮れるからな。
「では皆様は退席してください」
「お、おう」
「うむ」
クリスに促され、俺たちはすごすごと奥方の部屋を退席した。部屋から閃光が走った。当主がびくっとした後に、思わず部屋に走りこもうとするのを抑える。
「お、おい!今のは!?」
「大丈夫だ、今のは意図してやったことだ。あとで見せたいものがある」
「そうなのか?大丈夫なんだろうな?」
「それよりどこかに地下室とかはないか?」
「あ、ああ。あるが」
「ちょっと借りるぞ。クリス、そっちは頼む」
クリスが部屋から出てきて先程の箱を俺に手渡す。よし。執事に地下室を借り、酢酸を皿にブチまけ、暗闇で板を入れる。うまくいけよ。そしてよく洗って……。おし、出来た……ちょっとピンぼけだなぁ。
「当主。面白いものを見せたい」
「こちらも描けました!」
こうして俺とクリスは、写真と描写した絵を当主に見せる。ハート型の血管腫のような画像である。部屋に戻りながらクリスがいう。
「結局下腹部だったので、患部だけ見せていただければよかったのですが」
「そうか。しかし……これは凄いな。まるで見ているかのような……」
「当主、それはクリスの絵だ」
むちゃくちゃ絵が上手いなクリス。写真要らないじゃないかこれ!描写力が高すぎて俺は泣いた。
「しかしこちらもなかなか上手に描けているぞ……ややボケているようにもに見えるが」
「これは銀の反応を使ったものなんだ」
「銀の」
当主が写真を『あれ?実はこれすごくね?』と内心思ってそうな顔をしているのを横目に、俺はクリスの絵と写真を見比べる。血管腫の一種のように見える。上手くすれば目立たなくできるか。対処療法は思いつかなくはない。コヒーレント……585nmの波長のレーザー光……そんなもんあるわけないよなぁ。
「聖剣、585nmの波長のコヒーレントな光とか出せないか?」
「お前は私を何だと思っているんだ!?」
「流石に無理か?持ち運べるヤツで出力が高いヤツがいい」
「……研究所に戻ったらあるぞ。魔力消費型のやつでいいのか?」
「なら行けそうだな!よし!当主。奥方の淫紋、薄くは出来ると思うぞ」
「本当なのか?」
レーザーによって血管腫を治療する場合、徐々に細い血管をレーザーで塞ぐ。血液が流れなくなったら、そこはきれいになる。上手くすれば目立たなくは出来るだろう。
「そして後は根本的な問題だ。この淫紋の元凶を突き止めて大元の魔物を狩らないと。クリス、信号は出てるか?」
「えっ……と、すごく弱く出ています」
「弱くか。ということはだ。近くにいるか」
突然、奥方が立ち上がった。夢遊病にでもなったような状況である。脳の操作もするのかよ。アリの脳の操作を行う真菌を思い出す。
「……行かなきゃ……」
「気づかれたか!クリス!スリープクラウドを!」
「はいっ!」
奥方にスリープクラウドをかけて昏睡させる。申し訳ないがこれしかない。当主や執事には奥方を任せて俺たちは発信源を目指す。操作して淫魔のとこに行かせられるんなら楽なもんだろうな。
森の奥の方にヤツはいた。目をつぶっているのに気がついた。淫魔ってヤツはイケメンかよ、死ねよ、と内心で毒づいている。しかし妙だな。こいつ……やけにアッサリ見つかったが……。
「……変です。なんか……下腹が……なんか熱く……」
「信号を受信するのをやめろ!クリス!今すぐだ!」
「……あんっ……は、はいっ!」
危うくクリスがこいつに乗っ取られるとこだった。性的な意味で。
「ヤバいな。クリスは一度戻れ。下手したら大惨事だ」
コンプライアンスとかそういうレベルになくクリスの貞操(と俺の貞操)が危ない。クリスに組み敷かれたら勝てないぞ俺。お互い合意ならまだしも洗脳されて襲われるのも青◯も勘弁だ。
「でも勝てるんですか?」
「マント貸してくれ。奥方たちを頼む」
「これですか?」
「そうだ」
電磁場をカットできるマントなら、こいつの信号をカットできると思う。あとは……密かにロメリオに依頼していた新兵器のお目見えである。そろりそろりと淫魔に近づく。ちっ、なんだ男かとでも言いたそうな顔である。
「悪かったな。それよりお前の企みはムダになったぞ」
不機嫌そうにこちらを睨む淫魔。奥方も
「???」
淫魔がニヤリと笑う。俺も同じ顔をしていたのだろうか。糸を引きちぎろうとした、その時。
ヤツの腕が引きちぎれた。
「ダイヤモンド粉末でコーティングした絹糸だ。こっちの絹は地球のより二倍は強いな」
と言いながら、俺はヤツの足元に爆弾を投げつけた。指向性のある炸薬で足がちぎれ飛ぶ。
「ちょうどいい大きさになったな」
俺はワイヤーを使ってヤツのもう一本の腕を、そして羽を切り落とした。あ、そうそう。
「イヤらしいものはしまっちゃいましょうねー」
ヤツのヤツも切り落とした。結構でかいやんけこいつ。……思わず殺したくなったがまだ我慢だ。ダルマになったやつをぐるぐる巻きに簀巻きにした。淫魔もこうなっては形無しである。タ〇無しサ〇なしか。
「さてと、クリスや奥方に近づけてないようにしないとな。電波すら出せなくしてやる」
マントにくるんで徐々に再生しはじめた手足を縛る。手足が再生されたら逃走されそうだからな。
「ふう。さてと、しまっちゃいますか」
クリスや奥方には言伝だけして、一人で研究所に戻る。ヤツを地下の水槽に浮かべる。じたじたしているが、これからお前がどうなるかの想像がついていそうだな。
「当分この暗闇の中にいろ。お前の信号は、どこにも伝わらない。お前はここでもがいていろ」
精霊に近い存在だろうから、魔力を含んだ水さえあれば死ぬことはなさそうだ。即殺してしまうとまずいことを聖剣に聞いていたからな。水槽を金属の板で覆う。
「淫魔の類は疑似アストラル領域を介して別の体に移動するからな。ターゲットにされた奥方の淫紋を消してからとどめを刺さないといかん」
「厄介だな」
「表面もそうだが、原因となる魔力の回路みたいなのを摘出する手術がいりそうだ」
「そっちは医者に任せるしかない」
戻ってきた聖剣とそんなことをだべる。クリスにも侵食する可能性があるから彼女はここに近づけないな。俺が殺す。後日、信号組織の切除を行い、レーザーによる淫紋の消去を行うことになった。ひとまず元凶は抑えてるし、処理さえ済ませればあとはこいつを海の底に沈めようと思う。
どうでもいい話だが、その日の夜中、クリスがもぞもぞしているのが聞こえてきた。翌日にはなんかすっきりしていたが……淫魔との戦いに負けたの精神的にショックだったのだろうか。今度旨いものでも食わせてやろう。
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