第11話 おっさんマッ(略 ですが、乱用はあなたの健康を害する怖れがあります
俺とクリスは今、森の中である動物の生け捕りを目指そうとしている。毒性の研究といえばやっぱりあいつだろう。みなさまお判りでしょうが。
ここのあたりにいるそいつらは、あまり遺伝子的なばらつきが多くないという話を聖剣に聞いているので、ならば今回の研究に割と使いやすいんじゃないかと思っている。欲をいえば純系が欲しいんだが、そんなもんが野生に転がっていたら苦労はない。そのうち純系も確立させよう。
「えっと……この辺に……いたっ!」
クリスがすごい勢いで、その生き物の背後に回りこむ。次の瞬間、そいつの首筋をつかんで持ち上げているのを見て俺は半ば呆れた。
「なんていうか、驚異的な反射神経だな」
「ちぅ」
捕まったネズミも呆れているようだ。足をぷらーんとさせて暴れる様子もない。諦めたのか?諦めんなよ!お前の中に熱い魂はないのか?……あっても結構捕まえるの大変だが。
「もちろん普通にはムリですよ、こんなの」
「そうか?」
「多分半分くらいには逃げられるかと。スリープクラウドかけてやっとこれです」
ちょっと待て、スリープクラウドの魔法抜きでも半分くらいは捕まえられるのか手で。夢うつつのうちに、首根っこ捕まって布袋に投入されるネズミたち。
「俺も捕まえることにしようか」
集音マイクをかざして、動きがあるところを探す。その辺りか。神経系を麻痺させる薬剤を辺りにぶちまける。しばらくすると暴れる音が止まる。木の葉をのけていくと……
「よし。捕まえたぞ」
「大丈夫なんですか?毒が残ったりしないんですか?」
「基本的には大丈夫なヤツ使ってるからな」
痺れてピクピクしているネズミたちを摘まみ上げる。やっぱりネズミも美少女に捕まった方が良かっただろうが、すまんなおっさんで。マウスの研究で、男性の研究者がやってくるとストレスを感じるという報告もあったはずだ。
集めたマウスたちを1匹ずつカゴに入れ、少しずつポーションを飲ませることにしてみる。100匹近く集めるとなかなかな光景だが、地球では研究室では似たようなことはしていた。そう考えると地球の研究者って大概マッドだよな。
それにしても思ったより飲まない。ポーションって苦いしな地味に。この作戦ではいまいちか?のどが渇いていたら飲むとは思うが……。
「うーん……時間がかかりそうだな」
「ムリに飲ませればいいんじゃないか?」
「その手もあるか」
聖剣の提案を受け、ネズミに注射器でたくさん飲ませることにした。注射器で飲ませては様子を見る……。じたじたしているが、飲ませれば飲んだな。特に変な様子もなく普通に動いている。結構な量飲ませたぞ?
「これ以上飲ませたら別の問題で死ぬぞ」
「どういうことですか?」
「水中毒になる。水だって大量に飲んだら死ぬからな……浸透圧の関係でもう少しマシかもしれないが。それでなくても何かの急性中毒になるな……LD水並みかよ……急性毒性はないな……慢性毒性があるのか?」
その日はポーションをネズミたちに飲ませ続けて終わった。疲れる研究だ……。しかしネズミたち、死ぬ気配どころか体調がおかしくなる気配も全くない。
「なんでだよ」
ポーション飲ませ続けて10日、ネズミたちの様子に変化はない。みんな元気だ。何やってんだよ俺。1匹も調子悪くなってない。だんだんとネズミにポーションを飲ませるだけのお仕事に苦痛を感じ始めてきた時に、クリスがこんなことを言い出した。
「ギルドマスターが、冒険者たちがポーションを使い続けておかしくなったって言ってますが、実はポーションとは別の問題なのではないでしょうか?」
「どういうことだクリス?」
「ほら、冒険者ってみんな不摂生してますよね?何かあったらお酒も飲みますし」
「確かにな。仕事中は寝不足、休日は朝までグゥグゥグぅだ」
「食べ物だってちゃんと食べてない時とかあります。わたしもそうでしたし」
それはダメだぞクリス。きちんと食わせて健康にしてやらないと。でも俺も大した料理とかできないが。
「ですので、他に原因があったのにポーションのせいにしている可能性もあるのかな、と」
「しかしポーションを使った時に何かが起きたから、ギルマスもそういうこと言い出したんだろ?」
「えっと……うーん……」
不摂生とポーションに何か相関が?確かに脳卒中とかなりそうな状態だとして、そこに血栓作る原因なんかぶち込んだら……
「でもまぁ確かにな。トドメ刺した可能性はあるかもしれない」
「そうだとしたらポーションをどうにかすることって、できませんよね?」
成分どうこうするより生活改善しろって、不安定な
「全く改良できないわけでもないとは思う。血栓ができにくくはできるし、血管収縮剤などを増量すればいいかもしれない」
「効果は下がりますよね」
「下がるだろうな。しかし副作用で死ぬのも困る気はするぞ」
「……そうですね……あっ、そういえば」
「どうした?」
「ポーションってベーシックポーションですよねこれ」
ベーシックポーション……ベーシックでないポーションってあるのか?あんまり使わないから気にしていなかったが。
「ハイポーションやエクスポーションだったらどうなんですか?」
「どうなんだろうか。でもそういうのって高いんだろ?ほいほい使えないじゃないか。だいたい持ってないし」
「エクスポーションなら二本持ってます」
「きみ割と色々すごいよね。知ってたけど」
「そんなことは別に……」
しかしほいほい実験にエクスポーション使うってのも、勿体無いと思うってのは貧乏性なんだろうな。回復力が数十倍とシロモノではあるが、副作用も数十倍に増幅されるのか?
「そもそもエクスポーションなんて使う機会ないだろ、これどんな時に使うんだよ」
「えっと……魔王と闘って死ぬ寸前になるとき……とかですかね」
「怖いわ」
そんな状況になることがほいほいあるのかよ。まぁもうなくなったけどな。
「魔王と闘う状況も無くなったし、投与実験なんかする機会ないだろうこれ」
「そうですね……」
「ちなみにこれいくら?」
「確か金貨100枚くらいかと」
おい!そんなすんのかこれ!まぁ地球でも新型の抗がん剤とか下手したら数千万とかするし、開発コストも数千億だしな。
「さすがにほいほいは使えないな」
「必要なら使います」
「そうそうないだろうそんな機会」
「それは……そうですね……もう魔王いないし……」
なんかゴメンな、魔王爆殺して。さておき、慢性毒性も怪しいんじゃないかと思いはじめてきたので、ポーションの毒性はクリスの仮説の冒険者の不摂生が原因、当たってるんじゃないかという気がする。
「しかしずっとやってみてるんですが、ポーションの毒性って健康な人にはなさそうですか」
「まだわからんが、その可能性はあるな」
「だとしたらどうしたらいいんでしょう」
「ワザと不健康にして試したらどうか?」
「聖剣、ワザとちょうどいい感じに不健康にさせるの難しいぞ。ノックアウトで生活習慣病を作ったりするならともかく」
「うーん」
ノックアウトマウスほいほい作る技術をどうにか確立しないといかんのか、この異世界で。頭痛い。気分転換でもしないと。
「ちょっと外出かけてくる」
「おともします」
「んじゃ行くか」
結局二人と一本で森を散歩することにした。気候はいいが気が重い。どうしたもんだろうな……そう思っていた時に、集音センサーが何かを感知した。クリスも聖剣を構える。
「まだ魔物がいるんだ……」
「そりゃすぐにはいなくならないだろ」
噴霧器を取り出し、ガスをセットする。神経系のガスの味、その身で味わえ。
瘴気を漂わせネコのような威嚇音を発するそいつに向かって、噴霧器を噴射する。悶絶するネコのような魔物。ネコどころか虎くらいの大きさがあるやんけ。露骨に口に血とかついてる上、こいつこっち食う気だな。人喰い虎ならシャレになってない。魔物がのたうちまわる。その次の瞬間、クリスがトラ(仮)の首を刎ねた。
「ふーっ……」
「お見事」
「そちらこそ、さすがですね」
「まぁな。ん……おい!」
「えっ」
トラ(仮)の死体の足元にリスのような小動物が倒れている。爪でやられたのか大量の出血で今にも死にそうだ。
「ポーション……では追っつかないぞ!くそ……おい!クリス!何やってんだ!」
クリスがリスのような小動物にエクスポーションをかけ、更に飲ませているではないか!勿体無いだろ!
「ちょっと、何やってんだ!勿体な……」
しばらくするとリスは起き上がった。すごいなエクスポーション。傷が塞がっている。傷跡は残っているが。
「生きてた」
「そうだな。よかったのか?」
「エクスポーション、多分もう必要ないんです、よね?」
「……いや、何があるかわからんからな……もうやめてくれよこんなこと」
「は、はい……」
「おいリス、今のはクリスの気まぐれだからな、もう怪我すんなよ」
リスは首をかしげ、しばらくじっとしていた。やがてしばらく考えらようにした後、リスは森に戻って行った。
「まぁいいさ。もうそんなに戦ったりしないんだ、多分。それにまた買えばいいんだろ?」
「そうですね」
俺たちは研究所に帰ることにした。その後を何かがつけているのを、気が抜けた俺たちは気がついていなかった。
……リスを助けた次の日から研究所の前に、栗のような木の実が置かれているのに気がついた。ごんぎつねか?
「あのリスでしょうか?」
「まさかと思うけど、そんなことがあり得るのか?」
しばらく見ていると、そのリスがやってきて栗を持ってきてくれた。おい、まさか本当にやるのかよ。
「これ、人間も食べられる木の実ですよ」
「信じられないが、現実にやってる以上事実だよなぁ」
クリスが落ち葉を掃き集めてきて、栗を焼きはじめた。焼き芋のノリか。ええな。
「一緒に食べる?」
リスもやってきて、クリスの手から焼けた栗を食べてる。仲良く食べているのはいいことだ。しかしなんだろう、何故このような行動に。俺も食べてみた。
「結構美味いなこれ」
「近くにこんなものあるとは思ってませんでした」
研究があまり進まないので、なんとなく現実逃避をしている。栗が美味いのが悪い。
「まぁお礼としては可愛いもんだよな」
「本当ですね」
とクリスも微笑んでいる。いい傾向だ。こういうちょっとしたことで幸せを感じるってのは、悪いことではない。
と、最初は思っていたのだが。次の日も、そのまた次の日も栗は結構な量持ってこられてくる。さすがにちょっと怖くなってきた。
「わたしもちょっと怖いです」
「いくら命の恩人とはいえここまで恩義感じなくてもいいのにな」
というわけで、こちらも適当なエサ用意してリスを待ち構えたのだが……やってきたリス、どうも様子がおかしい。毛に白いものが混じっている。
「なんか、ちょっと震えてませんか?」
「具合でも悪いのか?」
「ちょっと、ごめんね」
クリスの高速の動きに具合の悪いリスがついてこれるわけもなく、あえなく捕まってしまった。俺はその姿を見て、あることがわかってしまった。
「様子見るのか?」
「そのつもりですが……」
「……やめておいた方がいい」
「何故です!?」
はじめてクリスのそんな表情を見た。怒っている。怒りで大気が震えているのもわかる。しかし、はっきり言わなければいけない。これはおそらく……そういうことなんだ。
「どんな薬でも、どんな魔法でもとまでは言わないが、ほぼ全ての生き物は避けられないものだ」
「えっ……」
「寿命だよ。寿命が短くなったんだ……野生動物は寿命が残り少なくなったら、そのことを自覚できるという話もある」
「そんな!」
クリスが泣きそうな顔をしている。でもな。きっちり伝えないと。
「あのとき、エクスポーションを使わなければこのリスはあのとき死んでたんだよ」
「だけど!」
「ヘイフリック限界。寿命を司る一つの限界だ。細胞末端のテロメア配列の数が残り少なくなり細胞分裂ができなくなる」
「?」
「エクスポーションを使ったことで細胞分裂を爆発的に加速させ、生き残らせることはできた。しかしその代償は寿命だということか」
「……」
ポーションの乱用の結果の死、それは細胞分裂回数の回数制限による寿命の短縮だったのだ。
「今ある魔法もポーションも、回復方法を変えたりできなければ寿命を縮める結果になるってことか……」
「そう……なんですね……あれ、なんでだろ、なんで……」
クリスが両の目から涙を流している。優しい子だ。そんな優しい子に、俺はなんでこういう言い方しかできないんだろうな。
「あれ?舐めてるの?わたしは大丈夫だよ?大丈夫……じゃないよ!なんで!仲良くなれたのに!」
クリスが大声をあげ、そして嗚咽をあげはじめた。その手をリスが優しく舐めている。知っているんだな。その運命を。やがてリスは静かにその目を閉じ、そのまま穏やかに動かなくなっていった。
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