第9話 おっさんマ(略 ですが全ゲノム解析からはじめます



 俺とクリスは、研究所の方に向かう馬車に揺られている。このままだと三年後にはうちの従業員を引き抜かれて、違った、クリスを国教会に引き渡すハメになってしまう。させるものかよ。二人とも無言で外を見ている。


 クリスは不安なのか、聖剣を胸元に抱いている。なんか胸が強調されているが気にしたらセクハラなんで外を見る。


 まずは研究所を調べておかないといかん。何しろ俺にとってもオーバーテクノロジーの代物だ。聖剣には手伝ってもらわないと。使えるものがあることを祈るしかない。そしてクリスだ。彼女の身体を(分子生物学的な意味で)隅から隅まで調べないといけない。烙印の正体を俺は知らないのだ。単純に塩基配列なだけだといいんだが、変な修飾とかされてたら厳しい。エピジェネティクス制御はあるのか、あるとして修飾だけなのか、場合によっては未知の塩基とか付与されているのか。


 今ある設備に何があるのかも調べないといけない。確かにオーバーテクノロジーだらけならば、一見何でもできそうな気がする。しかし理解できないものなんて、第三者的には魔法と区別なんかできはしないのだ。例えば、仮説が合っていればだが、聖剣にしろこの世界のステータス系の魔法にしろ、ゲノム配列を見ている可能性は高い。見てはいるが、その見ている領域は限定的なのではないか?


 例えば筋力のステータスを調べられる仕組があるとしよう。生物の筋肉はアクチン、ミオシンのフィラメントからなるわけで、それらの筋肉の遺伝子の塩基配列を見られればいい。筋肉以外にミトコンドリアや腱の配列も見てもいいかと知らないが、それでもそう多くはなかろう。同様に知力のステータスなら脳や神経で発現している遺伝子をターゲットにすればいい。


 いずれにせよ人間限定的だとすると、人間の遺伝子の多型(一塩基多型やマイクロサテライト)に対象を絞ればいい。他の生物にしても相同な遺伝子(ホモログ)に限定的なのではなかろうか。


 ステータスには対象とならない遺伝子、例えばハウスキーピング遺伝子や生殖に関与する遺伝子については、情報を取得する必要性は低そうだ。烙印についても似たようなものかもしれないが、結構デフォで聖剣やステータス機器で見られるということは、探すのはそう難しくないかもしれないな。


「直接見てみるか」

「直接?」

「ああ、クリスの烙印について調べるとしたら、直接(ゲノムの塩基配列を)見るしかないと思う」

「直接……ですか……」

「そうだ。クリスの(ゲノム配列の)全てを見てみないと(ゲノム上の)どこにあるか見当もつかないからな」

「どうしても必要ですか」

「必要だ」


 疲れやすいんだろうか、遺伝子組み換えの弊害で体力に難があるのかクリスの顔色が悪い。


「えっと……は、はい。わかりました。覚悟を決めます」


 確かに個人情報ダダ漏れということを考えるとイヤなのはわかるが、そこまで言うほどなのか。セキュリティ意識高いな。


「とにかく烙印なんてもの俺はこれまで知らなかったから、そこから調べるとなると(ゲノムの全配列から)丸裸にして分析する必要がある」

「ええええぇぇぇ!」

「どうしてもイヤなのか?」

「……が、我慢します」


 我慢します?いや我慢とか特に必要ないから。単一遺伝子なら口腔でいけるし、最悪でも血液(白血球など)からのゲノム最終でイケるので少しだけちくっとはするが。


「なるべく、痛くしないから」

「本当に身体を調べるんですよね?」

「そうだぞ」

「……烙印持ちなのに……どうしよう……」


 クリスの顔色が青くなっている。馬車の揺れで気持ち悪くなったのか?


「吐きそうならこれ飲んでみるか?」

「なんです?」

「胃薬だ」

「すいません、いただきます。……苦っ」


 乳白色の生薬ベースの胃薬をクリスに飲ませたが、おっさんの飲むようなヤツだから女の子には飲みにくいかもしれない。


 そうこうしているうち研究所に着いたので、早速ゲノムを調べる方法について聖剣に聞いてみた。


「というわけでだ、全ゲノム解析とかできる機器あるか?」

「あるわけないだろが」


 聖剣のおっさん、いきなり全否定である。


「だいたい、全ゲノム読むような必要がなんであるんだ?」

「烙印探しだよ烙印探し」

「あー……わかった。ゲノムのどこかに烙印あるんじゃないか、それ探すってことか?」

「そうだ。ヒトゲノムに明らかに出てこないような配列かつ他の生物にもないような配列を探す」

「シーケンシングか……ちょっと待て、単分子シーケンシングの機器を作れるか調べてみる」


 おいこら待て、作る?どうなってんだそれ。


「機器自体を作ってそこに塩基配列流せばいいんだな?なんとかなるとは思うが……」

「単分子シーケンサー作れるのか!?どんだけ未来に生きてるんだよここ!」

「むしろお前に、どんだけ古代からやってきたんだと問いたい」


 聖剣にバカにされてしまった。腹たつなこの剣。蚊帳の外のクリスは部屋の中を見回してるのか、イスでくるくる回ってる。子どもっぽいところあるよなこの子。


「単分子シーケンシングもいいけど、マッピングどうすればいい?」

「そっちのがまずいかもしれんな。標準ゲノムなんて擬似アストラル領域にはないし」

「一応ここにゲノム採取できるサンプルがいるわけだが」

「比較する気か!どうやって比較する?」

「解析ソフトってないのか?」

「なんだそれは」


 自動化の弊害か畜生。となると自前でプログラム組むしかないじゃねぇか……どこから作ればいいんだ?


「塩基配列を比較する機械で動くプログラム……ってわかるよな?」

「プログラム?……ひょっとして低水準人工精霊のことか?お前そんなもの作るのか?」

「ないなら作るしかないだろ。塩基配列比較する方法でいいものあるか?」

「……なるほど、厳しいな」


 塩基配列が取得できても、ヒトゲノムと比較もできなきゃ配列を比較することもできないって、ヒトゲノムプロジェクトの連中が聞いたらうらやまけしからんと言われそうな状況だな。


「擬似アストラル領域に何かないか調べてみよう。ちょっとでも何かあるなら助かるんだが……」

「そういえばステータスチェックに組み込まれているプログラムは?」

「アレの人工精霊が見てるのは、ヒストンH1と複合体作ったナノデバイスが細胞中のゲノム配列に付着して電流流れた時の数値だけだ」

「使えそうで使えないなあ。道具屋で見た道具で種族特定してたが」

「あっちは16s限定で見てる」

「でも比較できるんだろ?そいつのプログラムはパクれそうだな!」


 よし、そいつをなんとかゲットすれば配列を比較できる気がしてきた。しかもデータベースにもアクセスできそうだ。うまくすれば結構イケるか?


「さて。クリス。悪いが一肌脱いでくれ」

「は、はい」


 そんな震えながら言わなくても、と思った次の瞬間俺は慌てて叫んだ。


「ちょ!ちょっとなんで服脱いでるんだよきみは!待って待って見えそうってかちょっと!」

「え、でも、これから君の身体を調べるって……」

「そうだけど!別に脱がなくてもいいの!」


 もう少しで上半身裸になりそうなところを、慌ててクリスに服を着せて心を落ち着かせる。……あんな暴力的なもの持ってんのか。ふう。


「脱がなくてもって、どういうことです?」

「今からちょっとだけ採血する。その血液中のゲノムを調べて比較用のゲノムと比較してみる。未知の塩基配列とかあったら烙印の可能性が高い」

「血でわかるんだ……」

「そうだよ!何をすると思ってたんだ!」

「身体をくまなく丸裸にして調べるって言ってませんでしたか?」


 そういえば、言ったような気がしてきて、俺は血の気が引いていくのを感じた。


「そうだ、来世、行こう」


 俺がロープで輪っかを作って、現世から旅立とうとするのは、残念ながらクリスと聖剣に止められてしまった。死にたい。






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