第6話 おっ(略 ですが人殺しができません


 この建物の中には一体何があるのか、やっとは入れたはいいのだが普通に暗い。カンテラで照らしてみるが、明かりが見当たらない。クリスと二人であちこち照らしてみる。しかし絶対あるはずなのだ、明かりは。そう思っていると、突然。通路が明るくなった。


「こいつは……」


 壁に人感センサーとおぼしきものがあるじゃないか。どうやらこいつにたまたま手が触れたようだ。通路には、他には何もない。白っぽい壁がただ続いている。ファンタジー世界とは思えない代物がここにある。


 クリスも驚いている様子で、人感センサーをまじまじと見つめている。しばらく見つめているうち、センサーの前に手を出す。通路が暗くなる。もう一度手を出したのか通路が再び明るくなった。


「どういう……仕組でしょう……」

「触れるか触れないかのところで感知するセンサーか……こっちの世界のもんかこれ?」


 二人でしばらく遊んでみた。クリスも楽しんでいるようで何よりだ。といっても通路の明かりがつくだけなので、そんなに楽しめるものでもない。残念だが俺はおっさんだし、クリスも俺よりは若いが子供ではない、まぁ俺から言わせれば子供みたいなもんなのだがね。


「先に行くか」

「ですね」


 しばらく進むと、通路にいくつかの扉があった。扉の上に何やら光っているものがある。これは……俺は扉の前に立ってみる。ビクともしない。


「何をされてるんですか?」

「扉は開かないみたいだな」

「扉の前に立っているだけで、開けようとしないと開かな……えっ?」


 クリスが目を白黒させている。ムリもない。ドアノブも把手も持つところも何もない扉なのだから。


「こ……こんなのどうやって開けるんですか!!」

「うん。なんで立ってみたんだよ。でも開かない」

「そんな立つだけで開く扉なんて……ダメですね……無理やり開けます?」

「無理やりはまだやめよう、他を探そう」


 通路に面した扉は、やはり全て開かない。音声認証などが必要なのか?それだと入れるわけがない。とすると……。


「こういう扉を管理しているところがどこかにあるはずなんだ」

「そういうものですか?」

「昔いた研究所とかそうだった。権限がなければ入らない」

「それじゃ入れないんじゃ……」

「管理室にさえ入れれば権限を付与できるかもしれない」


 というわけで、二人で管理室を探し始めた。一階、二階にはそれらしき部屋は見当たらない。三階の階段を登って行く。扉はどれも同じように見える。案内板とかもないんだよなここ。


「しかし案内板とかないってどうなんだ?わかりにくくなかったのかここ使ってたヤツら」

「そうですね。何か部屋の名前とかあっても不思議はないと思うんですが……」


 そうなんだよな。何かを見落としているような気がする。電気で動いているとして、それぞれの部屋を区別する何かは……電波?赤外線?可能性は高いな。


「クリス。雷魔法って、どういうのがあるんだ?」

「勇者だけが使える魔法です。攻撃以外に知覚のための魔法などが属しています」

「知覚のための魔法?ひょっとして……電波とか感知できるか?」

「電波?」

「雷などが発する電気の波だ。俺のいた世界では通信などに使っていた」

「ちょっと試してみます」


 クリスが何かを呟き始め、目を瞑る。彼女の周囲に陽炎のようなものが立ちのぼる。突然、クリスが飛び退いた。


「いたっ!」

「大丈夫か!!」

「な、なんとか大丈夫です」

「何があったんだ?」

「進入を感知、ってメッセージを」


 どうやら俺たちは、望まれざる不法侵入者なのは間違いなさそうだ。まぁ当然か。


「……ちょっと待ってください」

「どうした?」

「こちらです」


 急にクリスが走り出した。きみ走るの速すぎるんだからちょっとゆっくり行ってくれ!


 廊下を走って行くと、クリスが立ち止まっている。そこは剣が突き刺さっていた、何やら電気のようなものが煌めいている。


「……?!勇者……?いや、少し違う?……烙印!?なんなんだ!?」


 剣が叫んでいる。シュールな光景である。しかしそれにしたって勇者とか烙印とか剣が知ってるんだよ?


「ひょっとしてあなたは……聖剣さんですか?」

「ああ。おまえは……勇者か?いやそれにしては……なんか烙印のようなものが……」


 クリスが黙り込んでしまう。デリカシーのない刃物だなまったく。うちの従業員を傷つけた罪は重い。


「おいこら刃物」

「刃物ぉ!?」

「うちの従業員にふざけたことをぬかすな」

「従業員……そうですよね……」


 なんか微妙にがっかりしてるなクリスは。勇者といったほうがよかっただろうか。


「ふざけたことっていうが、烙印とおもぼしき塩基配列が……うーんでもちょっと違う気もする……」

「お前ゲノムの塩基配列読めるのかよ!遠隔で!便利すぎだろが!」

「そんな細かくは読めないぞ。しかも特定の配列読むのが限界だ」

「細かくなくても読めるの便利すぎだろが!犯罪捜査とか楽だろ!」

「犯罪捜査」


 そんな呆れたような顔をしないでくれよクリス。確かにきみが婦警のカッコで、聖剣構えて犯人追っかけるとかそりゃシュールすぎる光景だけどさ。


「ゲノムの塩基配列とかそういうの理解できるのか。やるな。そもそも体内のナノデバイスを介してだから、備わっていない相手には意味がない」

「おいこら刃物、いまとんでもないこと言ってないか?」

「ゲノムとか理解できるなら、電磁制御ナノデバイスは普通の概念だろうが、おまえは何を言っているんだ」

「どんだけ未来に生きてるんだこの刃物」

「あの」


 考え込んでいたクリスが、意を決したように聞いてくる。


「それだけすごい聖剣さんですけど、なんで剣なんでしょうか。他の形でなく……すいません。なんだか子供っぽい質問で」

「お、おう」

「強いていうなら、趣味だ」

「趣味」

「そう、私の趣味だ」

「いい趣味してんな刃物」

「褒め言葉、という理解でいいのか?」


 一応そういうことにしといてくれ、面倒臭いから。


「ところで、勇者がここに来たということは魔王が顕現したということなんだな」

「魔王なら俺が爆殺した。核で」


 聖剣が変な色になった。人間なら顔色真っ青ってところなんだろうか。


「ちょっと待て。核なんてどこにあった」

「俺が作った」

「なんだとぉ!お前は!私の存在意義破壊してくれたのか!」

「わたしのもです……」

「それにしてもまさか核作るバカがいるとは思わなかった……」


 聖剣にバカにされている。悪いな君達。存在意義を破壊してしまって。


「ところでだ刃物」

「刃物というな核バカ」

「俺前に別の勇者パーティにいたんだが、おまえ探してたのに全然見つからなかったんだよ」

「待て待て。別の勇者パーティって、勇者ってそんなホイホイいるはずがないんだが」

「この子、遺伝子組み換えで勇者の資質導入してるらしい」


 俺はクリスの肩をつかんで聖剣の前に見せる。クリスがちょっと震えてるな。普通にセクハラだこれ。ごめんなさい。


「遺伝子組み換えぇ!?そうかそいつで勇者の資質を導入したのか!しかも擬似アストラル領域との接続潰して!」

「どういうことだ。擬似アストラル領域ってなんだ?」

「ナノデバイスの情報管理などにも使用できる、この世界のデータベースだ。これにより勇者の資質の発現を制御できる」

「あーつまりなんだ、この世界に勇者は1人しかいない!を実現するための仕掛け」

「しかしそれを……よくもやってくれたな人類」


 聖剣がまた変色している。この調子で行くと魔剣になりかねない気がする。別になってもいいけどな、魔王は死んだから。


「それはともかく、聖剣おまえ探してたんだけど見つからなかったんだが」

「どうやって探してたんだ」

「古文書探って聖霊と聖剣の大まかな位置を元にだな……こんなところにあるなんて聞いてないぞ」

「聖霊?なんだそれは?」


 おい待て刃物、おまえがいるのに聖霊ないとかガバガバすぎじゃないか?


「ナノマシン系か情報系のインターフェースのこと、今の人類がそう呼んでるんじゃねぇか?」

「擬似アストラル領域接続のインターフェース……アッシュか!アッシュはどうした?」

「なんだよそれ」

「アッシュもなしにここに入ったのかお前は」

「そもそもここにお前がいるなんて知らなかったんだよ」

「呆れてモノもいえん」

「ところで聖剣さん」

「どうした?」


 クリスには優しいなこの刃物。女の子の方が好きなのかエロ刃物め。


「魔王って剣で倒せたんですか?あのものすごい爆発ならともかく」

「魔王にとって擬似アストラル領域からの直接的接触は致命傷だ。人間相手の比ではない。構成ナノデバイスの制御が本体から解放され……やはり聖剣は魔王にとって致命的な兵器だ」


 なるほど。聖剣は利用価値があると。ナノマシン制御において。こいつハックしたら色々役立ちそうだな。


「にしたってなんで、魔王なんてわくんだ?」

「……人類などが使っている電磁制御ナノデバイス、これらによる負のフィードバックを抑え込む必要がある。世界を滅ぼしかねないからな」

「それってまさか」

「擬似アストラル領域からのデバイス制御により、人類の数などをコントロールしているが、それでも人類が多くなりすぎ環境に問題が出たとなると……」

「つまりはマッチポンプか!ふざけんな!人だってたくさん死に……それも目的か!」

「国や教会は知ってるんですか?」

「多分国は知らないだろうな。教会もごく一部が知ってるかどうか……」


 なんか腹立たしいが、核攻撃でこいつらのシナリオがぶっ壊れたのはいいことな気もする。


「しかし、擬似アストラル領域の演算処理がぐちゃぐちゃになってるわけだ……核でデバイスが大量に破壊されただろうしな」

「知るかよ」

「まぁいい。それにしてもアッシュがないとなるとこの剣わたしの能力の1割も使えないぞ」

「1割?どんなことできるんだこの剣」

「今は一部の遺伝情報、ナノデバイスによる認識部位の読み取りだけだな」


 ふーん。ナノマシンも特定の塩基配列認識できるのか。……あれ?


「ということはアレか!適性診断とか、ナノマシン経由か!」

「なんだ、知らなかったのか」

「あの」

「こんどは何かな勇者」


 クリスが勇者と言われてちょっとうれしそうだ。認めてくれたのかこの刃物。


「そもそもナノマシンとかナノデバイスってなんですか?異端の研究者のいう、魔法は目に見えないほど小さな生物を介するっていうのは本当なんですか?」

「確かに電磁制御ナノデバイスの一部には微生物を使用している。言うなれば機械と生物の共生群体だ」

「共生群体?」

「金属部位を持つ微生物の開発には相当な手間がかかったようだが、それでもそのおかげでかなりのことが可能になった。必要とあれば土中などから金属を析出させ新たなデバイスを生成、登録している。デバイス経由で私自身も剣になり、永きに渡る第2の生を送っているわけだ」

「おまえ、まさか人間だったのか?」

「一応な」

「まさか魔王も……ですか?」

「魔王にもよるが、人間のこともかつてはあったようだ」


 胃が、ムカムカする。ひょっとしたら俺はやってしまったのか?魔王という名の人間を殺した?両膝をついて座り込んでしまう。激しく嘔吐した俺は、吐瀉物で床を汚してしまった。


「ゲホっ……くそっ……」

「だ!大丈夫ですか!ヒロシ!これ!」


 クリスにハンカチで口を拭かれて、背中を優しくさすってもらっている。


「俺の……弱点なんだ……マッドサイエンティストとあろうものが……人を殺せないとかお笑いだろ?」

「普通、人は殺したくないです」


 きっぱりそうクリスに言われてしまった。


「でも俺は、やりたくないんだ」

「それならやらなければいいんじゃないですか?」

「それでも必要になったら?」

「……逃げちゃいませんか?」


 それも、そうかな。勇者とも思えない発言をしながら微笑するクリスをみて、俺は少しだけ胃のむかつきが治っていくのを感じた。

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