第4話 おっさんマ(略 は静かに研究暮らしがしたい



 小動物的にプルプルしながら赤くなっているクリスを見つつ、食後のお茶を飲む。この世界コーヒー(に類するもの)ないのかな。食品系の研究もしたいところである。


「ところでだクリス」

「は、はひっ」


 そんなに褒められるのに弱いとは思わなかったなぁ。もっと褒めることでまずは自己肯定感を高めてやろう。


「俺はきみのことも含めて色々と研究をしたいと思うんだが、残念ながらこの世界、研究する環境が足りてない。そこでだ」

「……研究に必要な環境を揃えるの手伝って欲しい、ですか?でもなんでわたしに」

「理由はいくつかある」


 俺は指を三本立てた。


「まずはきみの優秀な頭脳。理解力が高いこと、洞察力の高さは話していてわかった。知的好奇心もかなりあるだろ」

「なくはないですね……」

「この世界の人間の中では、俺が知る限り1番知的好奇心があるな。それくらいこの世界の人間は知的好奇心に欠けてる」

「必要ないこと知ろうとするのはバカっていう考え方や風潮が、特に国教会のせいでありますから……」

「最低だな。それ俺をバカにするのはいいけどよ、俺の元々いた世界の偉人全員バカ呼ばわりってことだろ」

「そういう世界から来たら辛かったですよね……」

「そうでもなかったが面倒ではあったな」


 クリスは不思議な生き物でも見る目で俺を見ている。知的好奇心が強いと感じるのそういうとこだぞ。


「次にこれは俺の問題だが、俺はこの世界に来て一年くらいなんだな。ところが魔王軍倒すことしか本当にやってきてなくて、この世界の常識一切知らない」

「よくそれでやってこれましたね……」

「基礎的な科学知識で、結構色々出来たのは幸いだったな。爆薬でも毒でも魔王軍は殺せるし、強くもなれたのは幸いだった」

「なるほど……」

「なんで教師として教えてもらいたい、色々と。金は出すんできちんと働いてもらえればと思う」

「金」

「お給料、年に金貨100枚だと安いか?」

「ええええええ!?」

「安過ぎか……」

「違いますよ高すぎですよ!年に金貨20枚で庶民の家族が一年暮らせるレベルです!!」

「なっ」

「あ、あぁ……常識がないとこうなるのか……」

「でもきみのことは年に金貨100枚の価値はあると思っている。資質だ。そして最後にだ」

「最後になんですか」


 ここは結構俺にとっては重要なところだ。アランとの約束も一応守りたい。


「あまり世間に直に触れたくないところだな。俺も人間関係とか敵とか煩わしいので、人間関係とか強制するヤツとかはイヤなんだ」

「それってつまり……」

「引きこもり資質のあるやつをだな」

「……なんかすごく否定された気がします最後の最後で……」

「この世界ってきみレベルの知的好奇心すら否定されてるわけだろ?俺のやることによっては、これから更に色々と狙われる可能性は高い。なんで、引きこもって研究したいと思う」

「なるほど」

「んでどうする?報奨金には足りないだろうが……」

「確か金貨1000枚だったはずです。報奨金」


 なるほど、それなら普通の寿命なら死ぬまで引きこもってられるな。だが、これだけの才覚を引きこもらせるわけにはいかん。キリキリ働いてもらう。


「つまり10年後にはそのぶんの額を手に入れているわけだ、きみは」

「でもそんなにお金あるんですか?」

「金ならある。色々と魔物とか虐殺したせいで」

「あるんだ……」

「あるが働いてもらわないとさすがに出せないぞ」

「それはそうですね」

「暗殺とか狙うのはやめておけ。ちん……わきを痒くするぞ」

「しませんよ絶対」

「来るんだよ金目当てチンピラが……全部ちん◯とか痒くしたけど……」

「イヤだなぁ……デリケートなところ痒くするとか性病みたいです……」

「さすがに女の子にはしたくないぞ」


 女性のデリケートなところ痒くするとかさすがに性病疑われそうである。この世界、性病でもHIVはないと思う。あったら人類詰むな。俺が知る限り、1975年以前にはHIVは人間には感染していない。サルから人間に移行したのがその辺りだと言われている。この世界では多分感染はしていないだろうが、してたら人類絶滅まで行くな。


「さて、どうするクリス?別に来てもらわなくてもいいが、俺は困る」

「困るんだ……」

「きみはどうだろう?」

「うーん……魔王は死んだし報奨金なんてムリですよね……だとして稼ぐとしたら魔物ハンティングくらいでしょうけど、魔王がいなくなったら減って行きますよね……あれ?」

「どうした?」

「……ダメです、よく考えたら選択肢ありません」

「そんなこともないだろうが。極端なこと言うが、昼の仕事でも夜の仕事でも通用するだろきみなら」

「遺伝子組み換えの烙印なければ……」

「おぅ……」

「夜の仕事なんて昼よりダメです。だいたい何したらいいかわからないですし、烙印持ちが夜の仕事なんて絶対できません」


 ……何もしない方がいいって、そういうのがいい変態もいるけど黙っておこうそうしよう。しかし性病持ち扱いなんだろうか?差別ここに極まれりだなぁ……。


「では、きみはこの手を」

「……とります」

「ようこそ、科学に魂を売るものよ」

「えっ?えっ?」

「といっても悪いことはしないから気にしないでくれ。悪いことかどうかはわからないが、基本俺が好きにしたいだけだから、最悪捕まっても全部俺のせいでいい」

「ちょっ!ちょっと何するつもりですかぁ!」

「山のようにしたいことがある。あるが何をやったら捕まるか捕まらないか全くわからん。とりあえず捕まらないのが確実なところだけやろうと思う」

「……そうだった、常識ないんですよね」

「だから明らかにヤバそうなやつは止めてね」

「……善処します」


 ふっふっふっふっやっと手に入れたぞ(遺伝学的な意味で)魅力的な存在をなぁ!きみら某遺伝子組換のロボットアニメの主人公とかの発現解析とかできたらするだろ?俺はする。勇者の因子とかあるとかあぁもう鼻血出そう。


「というわけでだ、さっそくよろしくなんだけど、まずは研究できる場所とか買いたい。どっか売ってないかな」

「ざっくり過ぎです。どのくらいの場所がいるんですか?」

「近くに何もないところがいいな。の一方で大都市部へのアクセスがいいところ」

「注文多いですね」

「仕方ないだろ。建物は石造りがいいな。欲を言えば鉄筋コンクリートがいいんだが」

「なんですかそれ?」

「人工的に作った石みたいなもんだ」

「昔作った人がいたと聞いたことがあった、ような」


 なんと、こっちにもいるのかよ。そいつと是非話とかしたい。そして研究所を作って欲しい。


「そういえば、ギルドの依頼にありましたね、変わった幽霊屋敷の調査の話が」

「幽霊屋敷?」

「その、なんていうかそんなちょっと変わった作りの石造りの建物なんですけど、勝手にドアが開いたりするらしいです」

「勝手にドア?まさか……」

「なにか心当たりでも?」


 俺はしばらく黙り込んでいたのだろう。勝手にドアが開くというのは、まさか自動ドアなんじゃないか?だとすると、これは……。しかしずいぶん話し込んでしまった。そろそろ休みたいな、おっさんだし。


「ところでだ。今日はこれからどうすんだ?俺は適当に宿とって明日から物件探すつもりだけど」


 キョトンとした顔のクリスだが、しばらくして再起動したようである。


「……えっと、わたしも宿とります」

「疲れてる?」

「少し。ちょっと眠いです」

「この街で宿っていうと、あそこか。六晶亭」

「そんないいとこに泊まるんですか?」


 確かにいわれてみれば、勇者パーティの頃のノリで考えてたな。とはいえ身体が資本だから、いいとこに泊まったほうが体力回復できるだろう。


「勇者パーティはだいたいあそこ使ってたぞ。体力回復は大切だ。特におっさんには」


 クリスはといえば半分寝そうである。


「というわけで行くぞ」

「は、はい」


 こうしてクリスと二人六晶亭に向かったのはいいのだが、いざ部屋を取る段になって思った。そしてまずはこう切り出す。


「部屋一緒はマズイだろ」

「んー……でも高くないですか?」

「んーってきみね。もうちょい自分を大切にしないと」

「だいたい烙印持ちに変なことする人、この世界にいませんよ」

「いたらどうすんだよ」

「えっ」

「例えば目の前とかに」

「するんですか?」

「しないよ」

「だったらいいじゃないですか」


 なんなのこの子。もっと自分を大切にしてほしい。かといってお金もちょっとは節約しないといかんとは思う。それに俺も変なことするつもりはない。当たり前だ、発現解析するまでは嫌われるわけにはいかない。


「わかった。んじゃこうしよう。部屋は一部屋で借りるが間仕切り借りる」

「間仕切り」

「んで俺は奥に行く。いざとなったらきみは出口から出ればいい」

「えっと、んじゃそれで」


 いいのかそれで?初対面なのに。と言っても疲れた。早く寝たい。宿屋のおっさんもニヤニヤしてやがる。これからお楽しみですかってやかましわ。明日の朝は絶対、ゆうべはお楽しみでしたねっていうつもりなんだろ。いわせねぇよ。


「というわけで、間仕切り借りるぞ」

「だったら部屋を別にしては」

「二部屋借りるのももったいないからな」

「……中途半端な……」


 悪かったな、俺もそう思ってんだよ。こうして早々に荷物を置いて、間仕切りを広げて服を着替える。ひと段落ついた。


「俺もう寝るからな」


 クリスはまだ服を着替えているようだ。女の子は大変だ。


「はい、おやすみなさい」

「あかり消しといてね」

「あっ、はい」


 クリスが魔道具の橙色の灯りを小さくする。彼女の肢体が影絵のように間仕切りに映る。出るとこ引っ込んでるとこが女性らしさを感じさせ、あかんやつですよこれ。俺も男だぞ。はやく服着なさいきみは。


 そう思っていたらクリス、そのまま寝てしまったようだ。裸族か、裸族なのかきみは。確かなんかの本で読んだが、女性全体の4%が寝るとき全裸らしい。シャネルの5番だけつけるタイプの女性ですか。


 俺というおっさんは、そんな状況にもかかわらず、結構身体に疲れが溜まっていたのか急速に眠りに落ちていった。


 ……その夜、変な夢をみた。


 橙色の灯りの中、隣から小さなうめき声のような声がする。水音のようなものも。しばらく小さな声が続いたと思ったら、急に静かになって、そしてそのまま寝息に変わった。


 ……ガタガタという物音で目がさめる。橙色の灯りには何も映っていない。クリスは寝ているようだ。さっきのは夢か?俺は欲求不満なのか?軽く身体を動かしたのち、俺は再び眠りについた。今度はもう、物音は何もしなかった。


 また変な気分になり目がさめる。隣からすすり泣く声がする。クリスはうなされているのか?ちょっと大きめに声をかける。


「クリス?」

「……あっ……ゆ、夢か……」

「悪い、起こした」

「いえ、いいです。怖い夢をみてました」

「怖い夢か」

「はい」

「どんなんだ」

「まっ暗い樽のようなところにわたしは浮かんでいました。暗い影の外から話し声が聞こえてきて『どうする、廃棄するか?』『使えるかもしれん。廃棄は待て』とか……」

「それって……」

「わかりません……でも」


 どうやら生まれる時の記憶が、フィードバックしたのかもしれない。


「あ、あの」

「どうしたクリス」


 クリスがベッドを動かす音がする。うかして動かすの?筋力すごいなきみ。霊長類最強なの?そう思っていると、彼女は間仕切りの間から手を出してきた。ちょっと怖いぞこれ。手がわずかに震えている。


「手、握ってもらえます?」

「それする意味わかってるの?」

「えっ?」

「まぁいいよ。きみ寝るまで手握っとくよ」

「すいません……」


 やれやれ。俺は彼女のふるえる手を両手でしばらく握ってやった。やがてクリスは落ち着いたのか、穏やかな寝息をたてはじめたようだ。彼女が完全に寝た後、俺も床につくことにした。


 頭の後ろに両手を組み、俺はベットに横たわり天井を見上げる。


 烙印。遺伝子組み換えというものが、この世界においてそこまで忌み嫌われる理由がわからない。忌み嫌われるとするなら、忌み嫌うヤツがいるからで、それはおそらく国教会とやらであろう。国教会はなんで忌み嫌ってるんだろうか。意味なく忌み嫌ってるのならまだいい。何かとしたら、かなりマズい。


 国教会は俺の、ではなくクリスの敵である可能性が高い。逆に王国はそれなりにはクリスを支援していたようなので、敵認定はしないでおいてやる。もっとも世界全体が俺の敵なので、クリスにも俺の敵に回ってもらったほうが彼女のためかもしれない。


 ワキ痒くさせるのは嫌だなぁ…。





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