第3話 おっさんマッドサ(略 ですが若いものには負けたくないです


 クリスがどんどん先に歩いて進む。むっちゃ歩くの早いなこの子。おっさんにはキツイわこの速度。一応ついて行けなくはないのが不思議なんだよなぁ……たくさんの魔物を倒すだけで身体能力が強化されるメカニズムが、俺にも働いていてくれて助かる。時間はいくらでもあるから、そのあたりもいずれ調べてみようと思っている。


 街までは大分あるとはいえ、この速度だと本当に夕方には着きそうな勢いである。予定では一晩野宿するつもりだったんだけど。一応聞いてみるか。


「今日中に街まで行くのか?」

「はい、そのつもりです」


 なんか硬いな。まぁ初対面のおっさん相手だから警戒もするか。あんまりムリに接近するのもよくはないんだよ。もちろんそれはわかってるんだが、彼女とはなんとかお近づきになりたい。遺伝子組み換えだぞ!遺伝子組み換えした人間の遺伝子発現パターンとか君たちは見たくないか?俺は見たい。むっちゃ見たい。何が何でもみたいです。


 どうやって遺伝子を入手するか。本人に了承を得ないで入手とか、そんなものは三流のマッドサイエンティストだ。一流のマッドサイエンティストなら、遺伝子を同意の上で提供してもらってなんぼではないか。


 そんなことを考えていたらクリスがどんどん先に進む。このままだと置いてかれるじゃないか。急いで追いかけて行く。3時間も歩いたり走ったりしているうち、こっちは息が上がってるのにクリスは平気な顔をしている。これが遺伝子組み換えの成果か!俺の遺伝子も組み換えさせてくれ!


 それにしてもさっきから変な道進んでないかクリス?全力で追いかけるが、川を飛び越え、岩だらけの道を進み、更に山道を歩いていく。こっちのが近道……まぁ近道だが……普通の道の方が速いだろ。撒くつもりだな?おっさんなめんなよ。何が何でも恩を返させてもらうぞ!


 袋からドリンクを取り出す。一気に飲み干し駆け出す。……カフェインとアルコール、ビタミン剤と数種類の栄養素ぶち込んだ気休めのドリンク剤とはいえ、馬鹿にしちゃいけない。脳さえ騙せれば身体はついてくる。……何か違う成分が入ってる気がしないでもないが気にはしない。


 町が見えてきたとき、クリスがこちらを振り返ってギョッとしたような表情を見せる。


「すごいんですね。……勇者の身体能力についてくるって……なんなのこの人……」


 小声で言ってるつもりだろうが、聞こえてるぞおい。


「ハァ……ハァっ……息一つ切らさないでそんなこと言われても……全く……嬉しくねぇよ……」

「はぁ……わかりました。なら一つお願いできますか?」

「なんだよ」

「手持ち少ないんで、これ売ってもらえませんか?」


 そういうとクリスはカメの牙を取り出す。結構な硬度に見えるからなこれ。多分武器とかの材料にしたら結構なモノになる。


「いいけど逃げるなよ」

「……わたしもお金は欲しいですから……」


 少しは信用してくれたのか?しかし自分で売ればいいじゃないか?


「でも、あんまり人前に出たくないんです」

「そうか。気持ちはわからないでもないな」


 ぶっちゃけ遺伝子組み換えが禁忌で、そんなに差別されるとは知らなかった、というより遺伝子組み換えなんてこの世界で触れる機会あるとは思ってなかったからなぁ。地球でもそのうち発生した問題だろうな。


「なら売りに行くから、どっかで待っててくれ」

「はい」


 見るとクリスはフードを深くかぶっている。そんなに差別受けてんのか。全くこの世界の低脳どもは、彼女の価値をわかっていなさすぎる。ひとまずカメの牙を店に売りに行くことにしよう。


「これは?」

「でかい火を噴くカメいるだろ?アレの牙」

「あんた、何者だよ。ちょっと待て」


 何かを言いながら店主は透明な板に牙の一部を触れさせ、しばらく板を見ている。魔道具らしいが、これもひょっとして遺伝子とか調べているのか?……なんとかこれ入手したいな。やがて空間に文字列が現れる。


「ドラゴンタートルだとぉ!?お前、あれを倒したのか?」

「俺一人でじゃじゃないけどな。まぁそうだ。この先の魔族の研究所の辺りでな」

「さすがにこれだけの数は買い取れないぞ。買い取りは5本だ」

「全然構わない」


 かくして金貨を10枚ほど手に入れ、クリスのいるところに合流した。クリスはフードを深くかぶって下を向いている。金貨の袋を顔に押し付ける。


「ほれ」

「あっ」

「とりあえず売れたぞ」

「ありがとうございます」


 金貨を全部渡そうとするが、頑として受けとらない。君が倒したんだからね、全部貰ってくれっての。


「全部はさすがにちょっと」

「んじゃメシおごってくれ」

「……女におごらせるんですか?」


 結構この子めんどくさいな。しかしこれくらいの障害は、彼女の遺伝子調べるためなら小さなもんだ。


「わかった。んじゃメシは俺が奢るから残りが君の稼ぎな」

「はい」


 金額一緒やんけ、と思うけどな。いいってことにするか。


 しばらく街をうろうろして、個室がある店に入ることにした。店主がいやらしい笑みを浮かべているが、バカヤロウそんな変な気は全くねぇからな。ち◯こ痒くするぞ。


「さてと。もうフード取りなよ」

「はい」

「まぁメシでも食いながら話そうか」

「わたしは特に話すことは……」

「魔王について、とか」


 席に着こうとしていたクリスの耳がピクリと動いた。耳動かせるんだ。動物みたいだな。


「魔王は魔王城の中の結界にいたはずで、しかも瘴気に溢れてますよね。おまけに魔王自体も強いはずですが……」

「原子爆弾で片付いた」

「その原子爆弾って、なんですか?さっきも少し原子というの聞いた気がします」


 興味あるのか。それならまずはそこから話してやろうか?


「まずは聞いていいか?物質を構成する最小の単位ってなんだ?」

「えっと……元素。ですよね」

「元素っていくつくらいある?」

「それは子供でも知ってますよね?4」

「なるほど……さっき俺はこことはちがう世界から来たと言ったと思うけど、そこでは元素って100種以上存在していたんだ」

「100種!?」

「そのうち地上に存在するのは70種くらい。あとは人間が作った」

「人間が元素を作るって……えっと……ヒロシがいたのは神の世界かどこかですか?」

「そうじゃないんだよ。こことは違う考え方で、ここより自然の理解がちょっとだけ進んでる世界から来た」

「……それで元素を作るとか……ところでそちらの元素ってどういうものがあります?」

「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ネオン……」

「やっぱり全然聞いたことがない。つまりヒロシの世界の元素とこちらの元素って、言葉の意味や考え方自体違うものですよね」


 素晴らしい、ここまでの理解力があるとは。俺は思わず涙ぐんでしまった。


「ヒロシ、なんで泣いているんですか?」

「ここまでわかってもらえるって……この世界で初めて理解者に会えた気がする」

「えっと……それって……」

「アタマ悪すぎるんだよどいつもこいつも!なんなのあの魔法使いとか!バカしかいないの!?錬金術ぅ!?金原子を作ることもせずに金作るとか理論上不可能だろぉ!!」


 またクリスをビクっとさせてしまった。この子勇者なのに、ちょっと小動物的なとこあるよね。


「それともこっちの物理法則が違うかと思って調べたら、全然そんなことねーし……そりゃ大気分圧とか重力加速度とか微妙に違うけどさぁ……とにかくだ、元素の実態的な存在は原子だ」

「原子?……さっき言ってた原子爆弾……」

「通常原子ってそうそうぶっ壊れたり他のものにならないんだ。何しろそう簡単には壊れないでできてるから」

「その原子が壊れる事ってあるんですか?」

「壊れやすいものは自然にもあるんだ。壊れるとき放射線を出したり……おっと」


 料理が来たようだ。続きは食べながら話すことにしよう。結構うめぇなこれ、最近ロクなもの食ってなかったから食がすすむ。肉にかけられたソースの、柑橘系の果物に似た匂いが食欲を加速する。食文化はなんか充実してんだよこの世界。素晴らしい。


「壊れやすい原子を意図的に壊すことができると、膨大なエネルギーを発生させられる。これが原子爆弾の原理だ」

「原子って人間が壊せるんですか?」

「間接的に壊すことができる。もっとも直接壊す方法もあるんだがな」

「まるで神々の世界の話みたいです」

「俺たちの世界の神話の中には、神々がそういうの使ったんじゃないかという伝承もあるな。真偽は知らないけど」

「ふぅん……」


 結構食べるねこの子。出るとこ出てるけど、ガッチリしてるわけでもないのによく入るなこれだけ。いいぞどんどん食べろ若い者は。


「幸い壊れやすい原子の一つ、ウランの鉱脈あったんでウラン掘って原子爆弾にして、ゴージャスな飾り付けて魔王軍にワザと奪わせた」

「ワザと」

「運び込んだところでしばらくしたらドカン、ってなる仕掛けしてたら、魔王城ごと吹き飛んだ」

「あの爆発、原子爆弾のせいだったんだ……」

「そうだ。そして俺は無職になったと」

「ある意味わたしもですよ……」


 二人は顔を見合わせ、深くため息をついた。


「……つまりわたしが無職になったのヒロシのせいじゃないですか!」

「どのみち魔王倒したら無職だったんだろクリスは」

「そ、それを言われると……でも報奨金とかで死ぬまで引きこもってられるかなって思ってたのに……」

「もったいないだろそれは」

「わたしは!遺伝子組み換えの烙印押されてるんです!」


 この子のことがちょっとずつわかって来た。極端に自己評価が低いんだ。なら適正な評価をしないといけない。普通の相手ならスルーするが、この子の知性と魅力的な身体(遺伝学の実験体的な意味で)は手放したくない。何が何でも手に入れたい。


「しかし遺伝子組み換えの烙印って言うけど、俺聞いたことがなかったぞ。こっち来てそれなりにたつけど」

「あまり大っぴらに言うことじゃないですから……」

「そういうものか……まぁそのバカどものおかげで俺はきみと知り合えたんだけどな」

「えっ」

「だいたいだな、こんな(分子生物学的実験体的に)魅力的な子を差別する低脳なんぞ気にするな」

「えっと……あのそれ」

「ん?あ、ヤベ」


 ヤバい本音をついだしてしまった。引かれるなこれは。なぜか少し顔が紅いぞクリス。暑いかなこの部屋。


「ヒロシは遺伝子組み換えのことを知ってるんですか?」

「知ってるも何もやってた」

「ええええええぇぇ!?」

「植物とかが対象だったけどな。人間にじゃないから安心してくれ」

「なんだ、でも禁忌じゃなかったんですか?」

「俺の世界でも極端に嫌うヤツらはいたけどな。でもそういうバカ以外はみんな結構普通に扱ってた。遺伝子ちょっとイジるくらいで汚物扱いとかお前らの脳のが余程汚…」


 まずい。ついヒートアップしてしまった。昔のことを思い出してしまう。


「悪い。俺もトラウマがあってな」

「そうなんですか」

「ああ。だから遺伝子組み換えを禁忌だの烙印だのと抜かすヤツらなんかいたら、俺に言ってくれ。ちん◯痒くしてやる」

「女性だとできませんよそれ」

「んじゃワキくらいで勘弁してやるよ」

「冗談ばっかり」

「割と本気なんだがな」


 クリスの表情が少し柔らかくなって来た。今まで敵ばっかりだったんだろうか。


「とにかくだ、たかが遺伝子組み換えごときで穢れた存在扱いするようなことは、俺は許さないから」

「……そこまで言っていいんですか?」

「ああ。生命の価値に、遺伝子組み換えとそうでないもので差があると言うのが馬鹿げてる」

「でも、わたしは……遺伝子組み換えって子孫にも烙印が押されるんですよね?」

「きみ詳しいね。確かに可能性はある。生殖細胞まで組み換わっていたらな」

「だからわたしは、結婚もできない」


 クリスって結婚願望もあるのか。それならいい相手も探してやらないとな。


「なんでそんなに差別があるんだ?性病でもないんだし、感染したりするわけでもないだろうが」

「国教会の影響などもあるかと思います。人間は、自然であるべきだと」

「文明作ってる人類に自然もクソもあるか!文明による遺伝子の変化はどうすんだ!」

「あまり国教会を批判すると……」

「するなら全員ちん◯痒くさせる」

「えっ?」

「大体王国と帝国の暗殺者の◯んこは全部痒くさせたんだ。団体一つ増えたところでどーってこたない」

「それって世界を敵に回すってことですよ!」

「安心してください。もう回してます」

「ええぇぇぇぇ」


 ごめんなクリス。もう安心して暮らせないかもな。でも元々差別されてたんだろ?はっきり敵にしたほうがスッキリはするだというものだ。


「どうしてそんなことに……」

「別に人間と戦ったりしてないぞ。魔物毒殺したり魔物に毒ガス使ったりしてたら何故かいろんな国から狙われている」

「そういうところではないでしょうか」

「そうかな」

「ある意味わたしより酷くないですか?」

「まぁな」

「……お強いんですね、心が」

「興味ないことには触れないだけだ」


 人生は宇宙の真理全てを知るにはあまりに短いんだ。そんなくだらない雑音で心を惑わせている暇はない。


「ヒロシは何に興味があるんですか?」

「今はきみかな」

「えええぇぇぇぇ!?」


 なんでそんなに紅くなっているんだろか。体調崩したのかな。若いからって無茶したからだ。


「頭もいいし、身体能力も高い。それだけの若さでここまでの力を手に入れた努力。きみという存在は素晴らしい」

「ちょ!ちょっと何言ってるんですか!」

「きみのことを具体的に(遺伝学的に)もっと知りたい」

「でもわたし、烙印の……」

「烙印がなんだ!俺はきみの全てを(分子生物学的に)知りたいんだ!」

「はうぅ……」


 真っ赤になって俯いたクリス。どうやら褒められるのに弱いとみた。もっと褒めて伸ばそう。若い者は褒めて育てないと。

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