第2話 おっさんマッドサイエンティストですが、亀を爆破したら遺伝子組み換え少女と出会いました



 俺は無言で、魔王城から最寄りの町を目指して歩いている。アランたちは魔王を倒したという報告をしにいくのだろうが、俺には最早関係のないことだ。それにしても魔王並みの扱いをされるというのは、狙ってやるなら嬉しいが狙ってやってないのにそんな扱いされるのは残念な話だ。


 さて、このまま進むとちょっとだけ厄介なところに出ることになる。少し立ち止まって考えてみる。この先には、魔王配下の魔族が作った魔物研究所があったはずだ。


 魔王を(物理学的な意味で)吹き飛ばしたとはいえ、まだ魔物を絶滅させたわけではないし、人間を襲う魔物もいる可能性は高い。倒せるか倒せないかでいえば倒せるだろうが、原爆は魔王倒すのに使ったし、倒すのに時間のかかる魔物などがいると面倒なことになりそうだ。かといって迂回するのも腹だたしい。


「……押し通るか」


 あくまで可能性がある、という話だ。出てこないかもしれないし、出てきたところで雑魚なら瞬殺だ。さらに急ぐ用も全くない。なくなってしまった。勇者パーティを追放された俺には、とりあえず特にやることもない。


 魔物の研究所に近づくと、遠くで何かが蠢めくのを、手元の簡易集音器がとらえて警戒音を発する。手持ちの道具でなんとかなるだろうか?動きは遅いようだ。いっそこっちから仕掛けることにしようか?まずは偵察だな。袋から双眼鏡を取り出す。見つけたぞ。


「カメかよ」


 確かにその甲羅はカメのものである。しかしそいつの面構えときたら、カメというにはあまりにも凶悪だった。鋭く、尖った、凶悪な牙が生えていた。それはまるでドラゴンだった。


 ドラゴン風カメ、こちらに気がついたのかのそのそ近づいてくる。ある種のカメは結構凶暴だからな。カミツキガメとか人間の指くらいなら飛ばすわけで。このクラスのカメだと俺の頭くらいなら飛ばせそうだ。にしても動きは遅いな。こんなヤツ、この巨体維持できないだろ。


 そんな風に思っていたらだ。


 カメの口が光るのに気がついた。ヤバいんじゃないか?そう思った瞬間、口から閃光が放たれる。……これは光るだけか。とっさに手で目を覆って助かった。カメは首だけをこちらに向けている。今度は口元に炎が見える。燃やそうとでもいうのか?まさか焼いて食うのかよ。やったぜ今夜は焼肉だ、ってカメの餌にされてたまるか。


 距離を置いて様子を伺う。カメの野郎口から火炎を放射してきた。え?思ったより火炎の届く距離が長い!まるで火炎放射器じゃないか!転がりながら逃げ回る。直に着火しなければいい。畜生眉毛とかちょっとだけ焦げたじゃねぇか!


「こんなカメごときに……いや待て」


 背中の道具袋の中から筒を取り出す。カメの甲羅に向けて照準レティクルを合わせる。試作品の榴弾筒だ。上手く行ったらお慰みである。


「まさかこんな世界にモンロー・ノイマン効果が有効な対象がいるとはな」


 モンロー・ノイマン効果。円筒に爆薬を入れ爆発させると、爆風に指向性をもたせられ強い貫通力が発生するのだが、そこにうまいこと整形した金属の蓋をつけると超高速のメタルジェットを発生させられる。甲羅ごときで防げるものか。……防げんなよ……。


 榴弾筒から砲弾を発射する。砲弾は目で見える程度の速さで、ヤツの甲羅に吸い込まれていく。爆音とともにヤツがのたうちまわる。苦痛に喘いでいるのはわかる。効果ありか。もう1発叩き込んでやろうか?それとも……


 俺がそう思った時突然、目の前にちょっと髪の毛が乱れた金髪の女の子が現れた。薙刀のような槍と革鎧を装備している。


「今の爆発は!?」

「俺があいつの土手っ腹に叩き込んだ」

「あの甲羅で防がれると思うんですが……」

「甲羅くらいなら貫通できる爆弾がある」

「すごい……でも逆にそれ危ないですよ!」


 女の子が危ないとか言ってきたが……まさか。


「……ひょっとして引火するのか?」

「はい。引火したら大爆発します」


 この方法は使えないのかよ。くそっ。どうなってんのさこのカメ。それにしても爆破したらカメを倒せてもこちらも大打撃とは。


「ですので、私がここは」


 そういうが早いか、女の子が亀に向かって走っていく。……結構走るの速いな。俺より速いかもしれない。カメが火を噴くが、全然見当違いの方向に噴射しているように見える。女の子がかわしているからそうみえるのだが。薙刀の先に陽炎のようなものが見える。なんだあれ?


「やああああぁぁっ!!」


 気合一閃、薙刀で女の子がカメの首に斬りかかる。カメの首が静かに落ちた。すごいな。どういう原理だ。


「お見事」

「はい。それでは私はこれで」


 え、どっか行っちゃうのかよ。別に変な気起こしてるわけじゃないんだけど、突然現れて突然去っていかれるのも寂しいものがある。


「ちょっとだけ待ってくれよ。助けてくれたお礼がしたい」

「え、でも……」

「あのままこのカメ爆殺したら俺大怪我してたかもしれないだろ」

「それはそうですけど……」

「しかし君強いな。俺もそこまでは弱くないつもりだが、あのカメの首飛ばすとかムリだ」


 女の子、困ったような顔をしている。困った顔もかわいい。これだけ強いのに童顔なのでやや幼く見えるな。


「それは……」

「それにさっきのあの陽炎みたいなの、なんだ?」

「見えるんですか!?」

「え?見えないの普通?」

鋭刃化シャープネスの魔法です。すごく細かい粒子を纏っている、と聞いたことがあります。普通の強さの人ではまず見えないとは思うんですが……なるほど……強いんですね……」

「単分子カッターか!?」

「単分子??」


 いかん、こっちの世界の人間には意味不明の単語か。原理としては間違ってはいないだろうけど。


「すごく細かい粒子だけど、それを普通には分解できない単位の一つだな」

「普通には分解できない……」

「原子って俺のいたところでは呼んでいた」

「原子」

「原子の中には電磁気力を上回る『強い力』で中性子と陽子を結合し……」

「うう……わからなくなってきました……」


 いかん、これはこっちの世界の物質理解を超えているか?


「悪い悪い。とにかく飯でも奢るよ。これから街に行くつもりだったんだけど」

「いえ……結構です」

「変なことする気もないし、だいたい変なことしたら俺のクビが飛ぶと思う、物理的に」

「あ、いえ、そういうつもりで言ったわけじゃないんですが」


 女の子が慌てて手を振っているが、普通に疑われても仕方ないか。


「そういえば、君の仲間とかいないの?」

「仲間……そんなのいるわけが……」

「え?なんで?」

「私は……烙印を押されて生まれてきました」


 烙印?どういうことだ?なに急に言ってんだろ?中二病はそろそろ治した方がいいと思う。


「遺伝子組み換えという烙印を」

「遺伝子組み換ええええぇぇぇ!?この世界にあるのぉ!?」


 その次の発言に俺は奇声をあげ、女の子はビクッと身体を反応させた。この世界に遺伝子組み換えという概念がある?しかも人間に遺伝子組み換え?なんだその羨まけしからん研究やったバカは!1発殴らせろ!そのあと話聞かせろぉ!


「えっ?この世界?」

「……もう言っちまえ。俺はこの世界とは違う世界にいたが、何故か気づいたらこの世界にいたんだ」

「それって……どういう……」

「原理とか理由とかはわからないが、とにかく気がついたらこっちの世界だ。んで色々あって魔王討伐したら、勇者パーティクビになった」

「ちょっと待ってください」


 どうした?何か変なこと言ったか?


「ん?クビになったこと?そりゃ俺も色々やらかしたしまあ仕方ないかと」

「いや、そうじゃなくて……魔王討伐って、どういう……」

「ん?勇者アランとその一行で魔王討伐終わったんだけど」

「ええええええぇぇぇぇぇっ!!!」


 女の子は悲鳴に近い驚きの声をあげた上、崩れ落ち地面に両手をついた。


「なんでそんなに驚きの声を」

「あの……一応わたしも勇者なんです……」

「え?勇者ってアラン一人じゃないの?」

「アランって方は知らないんですが、多分普通に勇者なんですよね」

「勇者だったと思う。能力確認のアイテムでそう出てたし」

「わたしは、勇者の資質を生まれる前に組み込んで作られた、そうです」


 まじかよ作ったやつすげぇよ。地球だったら犯罪者だけどな!


「勇者の資質組み込んだってのが遺伝子組み換えか。しかし遺伝子組み換えなんてできるんだなすげぇな」

「はるか古代の文明にあった技術ですが、今では禁忌とされています。遺伝子組み換えは身体にその情報が烙印のように残るとか。わたしを生み出した男は処刑されましたが、勇者の資質を見込まれわたしは生かされていました」

「なるほど。アランや俺たちが失敗しても君がいたらなんとかなるわな」

「もう倒しちゃったんですか魔王。あれ?聖剣まだ見つけてませんよね?」


 そういえば対魔王の武器の聖剣とかあったはずだが、手に入れてないな。


「魔王は原爆で爆殺した。俺が」

「爆殺」

「猛き魔王も終いには滅んだってこった。結界も瘴気も原爆の前にはチリに同じだった」

「……聖剣も勇者もいらなかったの……?」


 半泣きになってる。なんかかわいそうになってきたこの子。


「なんか、その、色々ごめん」

「いえ、いいんです……どうせわたしなんか……ブツブツ……」

「よしわかった!とりあえずこのカメでも売りに行こう、そんで美味いもの食べよう、な!」

「どうやってこれ運びます?」

「全部はムリだな。牙とか持って行かね?」

「……そうですねー」

「あ、そうだ俺はヒロシ・ヒラガだ。よろしくな」

「クリスって言います。こちらこそよろしく……」


 とりあえず二人でカメの頭からめぼしいパーツを取り出し、目的の街に向かうことにした。なんでもいいから奢らせろ。

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