第7話コルシ村

走る。走る。走る。とある歌のワンフレーズが頭に浮かんだところで目的地が姿を現わす。鍛冶屋だ。俺の現在の宿兼働き口。

扉から体当たりに近い形で勢いよく店内に入る。店の売り場には相変わらず客はいない。店のカウンターを全速力で走り抜け自分の部屋へと急ぐ。自分の部屋と言ってもほとんど物は置いていない。それもそのはずここにはまだ二日間しか滞在していないのだから。家具もさっぱりしていてシングルベッドと木製の机が置いてあるだけだ。

自室に入るとハンガーにかかっていた漆黒のローブを羽織り聖剣を腰に差す。聖剣Ω、見た目は黒い日本刀。ブレードは、おそらく何かの動物のツノから作られたと思われる鞘に収まっている。極力戦闘は避けたいがその時はその時だ。部屋を出ようとノブに手をかけ動きを止める。 この世界では亜人や魔物は悪とみなされているようだ。ではそういった者達を助けたらその人間はどういう扱いを受けるのだろうか。逮捕か? それとも死罪か? どちらにしても顔を覚えられるのはまずいな。机の上に置いておいた俺が臆病者である証拠とも言える般若の面を懐にしまう。今度こそ自室を後にして同居人の少女に気づかれないように抜き足差し足で店を出ようとした。その時だ。

「おい、どこ行くんだよ!」

聞き慣れた声。恐る恐る振り返るとそこには青髪の少女が腕を組んで立っていた。

「すまん、今日はちょっとはずせない用事ができちまって店番はできそうにない。帰りは夜になりそうだから先に寝ててくれ」

顔面に笑顔をへばり付けドロップの横を通り過ぎる。何かに引っ張られる感覚。振り返るとドロップがローブの裾を握りしめていた。

「ゴブリンのとこに行くのか?」

図星。質問に質問で返す。

「何故俺がゴブリンのところに行くと?」

ローブを握る力が強くなる。

「だって、だってアキラ、昨日のゴブリンの頭見てからなんだか様子がおかしいし。夜中に散歩したりしてるし。朝だって眼にクマつけて」

とっさに言葉が出る。

「悪いか? 俺がゴブリンに同情したら悪いっていうのか?」

「悪いに決まってんだろ!」

その時になってはじめてドロップが泣いていることに気づく。涙の滴は頬を伝って地面にこぼれ落ちる。

「なんでだよ? なんでなんだよ? お前は人間だろ。なんで俺たち亜人を助けようとすんだよ。なんでなんだよ。なんで、なんで……」

まったく情けないな。女の子一人にここまで心配をかけて今の今まで気づかなかったのだから。

「俺自身のためだ」

嘘だな。自分が一番分かっている。だけれど今はこの少女を安心させることが第一だ。たとえ嫌われても。

「お前らが目の前で迫害されてんのを見るのは不快なんだよ。だから決してお前らのためなどではない。俺は俺自身の明日の目覚めを良くするために行動するだけだ。したがってお前が心配する必要はない。」

とんでもない大嘘だ。だがこれで良かったのだろう。

「ハハハッ」

予想外。ドロップは笑っている。ここ笑うとこじゃないぞ。

「アキラやっぱお前、おかしいよ」

ドロップ、お前には笑顔が似合う。だからもう二度とそんな顔はするなよ。

「ほっとけ」

自然と俺の口の端も緩む。俺はこの子に出会ってから何かが変わっている。自分でも分かるぐらいに。それは良い変化のはずだよな。

「俺も連れてけ」

聞き間違いか? 混乱する。

「へ?」

「アキラがゴブリンを助けに行くのは止めねえよ。でもそのかわり俺を連れてけ」

「危険だ。危なすぎる。それに俺はお前の面倒を見てやってくれってラストから言われてんだよ。だからそんな危ないことはさせられない」

ドロップの目が悪そうに光る。

「年頃の女の子に一人で留守番させる方が危ないと思うんだけどなあ」

たしかに一理ある。だがしかし、万一冒険者達に顔を見られでもしたら冒険者相手の商売が成り立つわけがない。

「これでいいよな?」

ドロップはいつの間にやらベレー帽を脱ぎ、銀のフルヘルムを頭に被っていた。おいおい。俺は今何も言ってないぞ。まったく女というものは本当に鋭いな。

「はあ」

溜息がこぼれる。

「絶対に危なくなったら俺を置いてでも逃げるんだぞ」

「あいあいさー!」

元気がいいのは良いことだが、本当に無理だけはしてくれるなよ。

二人は店を閉めると臨時休業の貼り紙を店のドアに貼り付けた。





鍛冶屋があるクォーツ町からコルシ村までは馬車で四時間ぐらいかかるらしい。クォーツ町はクロム王国地図の南の端っこに載っている田舎町。そしてそこからさらに南にあるのがコルシ村だ。クロム王国最南端、緑鬼村とも呼ばれているらしい。コルシ村の南には神秘の森という巨大な森が広がっている。なんでも毎年夏になるとゴブリン達が神秘の森から大量発生するらしいのだ。そのゴブリン達を倒すために毎年、腕利きの冒険者達が集められるそうなのだがそれでも人手が足りず最終的にはここらの領地を治めているサイモンという騎士が出向いてやっと解決するぐらいの恒例行事らしい。

「そんでゴブリンを助けるって何をどうするんだ?」

フルヘルムを手にドロップが聞いてきた。そういえば詳しい説明はまだだったな。

ここは馬車の中。コルシ村までの馬車が一日に三本しかないということをドロップから聞いてついさっき慌てて乗り込んだ次第だ。ぐっしょりかいた汗を袖で拭いながら答える。

「ギルドで聞いた話なんだが、今朝ゴブリン達の住処が発見されたんだってよ。そこで今夜七時にサイモンを中心に冒険者達がゴブリン達の住処に一斉攻撃を仕掛ける。だからその前にゴブリン達に危険が迫っている事を伝え避難させようと思ってる」

「避難ってどこに?」

沈黙。まずい、何も考えていなかった。感情だけでここまで来てしまっただけに行けば何とかなると思っていたが。

「つかそもそもゴブリンの住処ってどこにあるんだよ?」

「冒険者達によるとコルシ村から南に三キロぐらいの所にあるらしい」

「コルシ村から南ってそれ神秘の森じゃねーか」

ドロップは震える声で言った。

「何か問題でもあるのか?」

「おい、アキラ知らねえのか? 神秘の森の奥深くにはヤバイ魔物が住んでるって噂だぜ」

ヤバイ魔物。何かは知らんが今はそんなことどうでもいい。

「噂だろ? お前、案外かわいいとこあんだな」

「うるせー。信じてねえだろ」

ドロップは顔を赤く染めながら照れたように吠える。

「避難場所についてはゴブリン達の方が詳しいだろ。だから危険が迫っている事だけ伝える」

「それもそうだな」

これでひとまずはやるべき事が決まったな。だがまだ馬車の旅は始まったばかりだ。四時間。本でも読むか。ローブの内側から魔法入門を取り出す。

「魔法、使えるようになったか?」

ドロップが目をキラキラさせながら覗き込んできた。

「少しだけな」

今、俺が使える魔法はヒートランス。金属の形を熱によって想像した形に変化させることが出来る。何も使えないよりはましだが使い所が難しそうだな。

「みせてー!」

顔が近い。

「お前は寝とけっ」

頭のベレー帽を彼女の顔に押し付ける。

「ちぇっ、ケチ」

本を開く。本のページの大半は『2 属性ごとの低級魔法』で埋まっている。一度使ってみて魔法を使うには膨大な体力と精神力を使うことが分かった。ここで体力を消耗するべきじゃないなか。『3 聖剣について』のページを開く。




3 聖剣について


聖剣とは本来、魔法を使うときにに消費する魔力を大量に消費することによって使用者にタレントを発動させることが出来る剣のことである。




魔力。ついにでたなMP。これでこそ異世界だ。魔法を使った時の体力と精神の疲労はこのMPの消費によるものとみて間違いなさそうだ。




聖剣は膨大な魔力を消費するので使用には注意が必要である。だが起動させない限りは通常の剣なので危険性はない。


・起動においての注意点


聖剣を起動するには魔導階級S以上の称号を持った者でなくてはならない。上の適正に満たない者が聖剣を起動させた場合、高い確率で魔力欠乏症になる。




魔力欠乏症? 病気か何かだろう。

「なあドロップ、魔力欠乏症って何だ?」

瞼を半分以上落として今にも寝そうだったドロップに質問する。

「魔力欠乏症? たしか魔力の使いすぎでハイになるやつだったはず。あ、間違った。灰になるやつだ」

寝ぼけた声でドロップは答える。

「灰になるってマジかよそれ」

反射的に俺の腰に差さった黒い日本刀を見つめる。

「つっても魔力はヒトにしか宿ってねえから俺たち亜人には関係ない。だから詳しいことは分かんねえけど昔ラストから聞いたような気がするぜ」

なるほどな。だから魔法はヒトしか使えないと書いてあったのか。視線を本に戻す。




・聖剣の歴史

亜人戦争の際にヒトが亜人との身体能力、寿命、体格などの差をうめるために鍛冶屋のブローニング一族が対亜人用の決戦兵器として当時のクロム王国国王、シャルロット・ダ・クロムに献上した魔法を利用する武器が聖剣の起源とされる。その後ブローニング一族はその武器を剣の形状に統一した。終戦後、亜人戦争で強大な力を振るった聖剣を求めてブローニング一族が経営する「諸刃の刃」を傭兵(後に冒険者と呼ばれる)の集団が強盗に入る事件が起きた。幸い傭兵達はすぐに捕まったがこの事件でブローニング一家は全員殺され、聖剣を生み出す技術は永遠に失われてしまった。事件を受けシャルロット・ダ・クロムは聖剣を王族が管理すると明言し、現在ではクロム王国兵士の最高役職である魔法騎士に魔法騎士である証として国王から聖剣が授けられている。




待てよ。ブローニング一族が絶えたことによって聖剣を作る技術は失われたんだよな。だったら今俺の腰に差さっている自称聖剣はやはり偽物か。だが一応確かめておく必要があるな。


「なあドロップ、ラストのフルネームって何だ?」

外の景色を眺めていたドロップは振り返り、答える。

「ラスト・リアム・ブローニングだけど。それがどうかしたのか?」

「は?」

開いた口が塞がらない。ブローニングってことはまさか。この聖剣は…………





日差しが眩しい。馬車から降りると太陽がこめかみにこれでもかと光をぶつけてくる。長時間暗い馬車の中にいたせいか少し足下がふらつく。

ここはコルシ村。クロム王国最南端のこの村は田舎という言葉がこの上ないほど似合っている。周りを見渡すと所々に今夜のゴブリン退治に参加するであろう冒険者達が各々の武器の点検をしていたり集団で集まり作戦会議のようなものをひらいていたりと少々空気がピリついている。

「やっと着いたなコルシ村」

馬車から降りてきた青髪の少女が伸びをする。オーバーオールに巨大な茶色いベレー帽という少し変わった格好をしていて背中にはこれまた巨大なリュックサックを背負っている。

「それ重くないか?」

ドロップからリュックサックを受け取ろうと手を伸ばす。

「大丈夫だぜ。こいつを被るのに重いなんて言っててどうすんだよ。自分の身を守るものぐらい自分で持てるぜ。」

ドロップが背負っているリュックサック。中身はフルヘルムの兜だ。彼女の顔をすっぽり覆い隠すほどの。

「そういえばアキラこそ人間なんだから顔を隠さなくちゃなんねえんじゃねえのか?」

「俺のはこいつだ」

懐に手を突っ込み鉄製の般若の面を取り出す。俺が魔法を使えるかの実験として昨晩に金属を熱によって変形させる魔法ヒートランスによってナイフを変形させた物だ。

「なんかそれ、おっかねーな」

「失礼な。こいつはな般若面っていって俺の故郷の由緒正しい伝統芸能に使われるお面なんだぞ」

「デントーゲイノー?」

「能っていうお芝居みたいなやつだ。娯楽の一種と思ってもらってかまわない」

「お芝居かあ。俺も見てみたいなあ」

ドロップは目を輝かせる。

「おほん、そうじゃない。さっさと用事を済ませて帰るぞ」

咳払いをして話を元に戻す。般若。嫉妬や怨みの篭った女の顔と言わている。負の感情を力に変えるNFネガティブフォースを持っている俺には相応しいのかもしれないな。

村に入ると黄色い大剣の様な紋章の旗が立てられたテントが村の半分以上を埋め尽くしていた。おそらくはクロム王国の騎士様とかいうやつの軍隊だろう。今回のゴブリン退治の主役だ。まあ騎士様には悪いが今回の作戦はこの俺が潰させてもらう。

「まずはゴブリン達の住処に行かないとな。コルシ村から南って聞いたが……」

「あれじゃねえか?」

ドロップが指を指した先には森が広がっていてその中に細い道が続いていた。木々を切り倒して作られた簡易的な道だ。道の両脇には騎士様とやらの紋章をつけた鎧を着た二メートルぐらいの大男が立っている。どうやら冒険者達が手柄を独り占めしようと先走らないかを見張っているのだろう。あの道を通ればゴブリンの住処まではすぐなんだろうが通してくれるとは思えない。仕方ない。

「村の端から森に入ろう」

「おい、正気かよ? 神秘の森にはヤバイ魔物がいるってさっき言ったよな? さらにそいつの他にもうじゃうじゃ魔物がいるんだぜ。手練れの冒険者だって神秘の森に入ったら無傷では帰ってこれない。自殺行為だぜ」

魔物か。この世界でいう魔物とはいったいなんなのだろうか。少し興味があるな。

「悪いが俺には引き返す気は無い。なんならここでお前だけ待っていてくれもいいぞ」

「分かったよ。行くよ。その代わり絶対離すなよ」

ドロップは俺の腰にしがみつきながら答えた。

たかだか三キロだ。中学の時の持久走大会を思い出せ。たいした距離ではない。ちょっと走って帰ってくるだけだったら高校生やっていた俺には朝飯前だぜ。





「おい、ドロップ」

「な、なんだよ」

周囲は鬱蒼と木々が生い茂っている。耳をすませば得体の知れない鳴き声が鼓膜を震わせる。

「ここ、どこだ?」

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