第6話 ヒトの葛藤
「あんちゃん、着いたぜ。ここが俺が働いてる鍛冶屋だ」
裕福とは言えない民家に無理やり増築して作業場をつけたような印象を受ける。作業場は半屋外で石造りの巨大な窯が部屋の中央に陣取っている。あちらこちらに転がっている剣やら鎧やらが人手が足りていないことを物語っているようだ。作業場の奥から人影が現れる。
「おおっ、帰ったかドロップ」
しわがれた低い声。声の主はこちらに近づいてくる。
「超特急で連れて来てやったぜ」
ドロップは俺に指差し顎で合図する。どうやら自己紹介をしろってことらしい。生意気な。さっきまで泣きじゃくっていた少女はどこへ行ったのか。
「はじめまして、ササキ・アキラと申します。今日からここで働くことになりました。短い間ですがよろしくお願いします」
まるで教育実習生だな。
すると、男は握手を求め手を出しながら俺から少しした所で止まった。
「僕はラスト。一応この店の店長ってことになるのかな。従業員二人しかいないけど。よろしくね、アキラくん」
ラスト。歳は五十代前半だろう。爺さんと言うよりはおっさんと言った方がしっくりくるかもしれない。髪はドロップよりも薄い水色で独創的な寝癖がついている。耳がないことからおそらくは人間。垂れ目でダルそうに見える。背丈は俺と同じぐらいだが、エプロンの様な作業服から筋肉質な手足がのぞいている。
俺はラストの手を握り返す。契約完了ってとこか。
「そんでこいつ旅人なんだけどさ、泊まるとこねーっつうからうちに泊めてもいいよな?」
「部屋が一つ余ってるからよかったら自由に使ってくれ。」
こいつらどこまで警戒心がないんだ。出会ったばかりの男を何故ここまで信用できるんだ。まあ、今の俺には好都合。深いことは考えない。
「つか、こんなのんびりしてていいのかよ」
ドロップが思い出したようにつぶやく。ラストは笑いながら頭をかき答える。
「その事なんだけどねえ。さっき手紙よく見たら今日の昼じゃなくて明日の朝だったんだ。めんごめんご」
「てめえ、俺が何のためにギルドに張り込んでたと思ってんだ?」
「たから謝ってるじゃないか。めんごめんごって」
「てめえ……」
「ってわけでまだ昼だけど今からアキラくんの歓迎会を開きます。みんなでロイの酒場にでも行こう」
ラストはドロップの言葉をさえぎり強引に提案する。歳に似合わない子供っぽさ。ドロップがああいう性格になるのは仕方ないないな。
*
日は落ち今は十時過ぎといったところだろう。歓迎会は無事に終わり、その帰り道。どうやらこの世界は十四歳で成人らしく酒もその歳から飲めるらしい。今年十四歳になったばかりのドロップがラストの挑発に乗ってしまいテキーラを十五、六杯飲んだところで完全に泥酔して、現在俺の背中で支離滅裂な言動をぶつぶつとつぶやいている。それに比べラストはドロップと同じだけ飲んだというのに顔すら赤くなっていない。化け物だ。俺なんて三杯飲んで戻してしまった。思い出しただけでも気持ち悪い。
家に着くと家といってもさっきの鍛冶屋なんだが、ドロップを彼女の寝室に寝かせ、俺も寝ようかと思っている部屋のドアがノックされた。
「アキラくん、少し話をしよう。仕事の話だ。」
*
ラストは椅子に腰掛け、向かいに椅子が用意されている。座れということなのだろう。俺は腰をかける。
「さっきはドロップをここまで運んでくれてありがとね。歳をとると腰が痛くてね」
「いえいえ。仕事どころか部屋まで借りてるんですし、これぐらいの事はやらせてください。それで本題はなんですか? 仕事の話とは?」
身体が怠い。今日は色々あったからな。早く寝たい。疲れた心が会話を急かさせる。
「実は僕、こう見えても結構名の知れた鍛冶屋一族の末裔なんだよね。今回の出張サービスなんだけどね。ドロップには長くても三ヶ月って言ったんだけど正直帰りがいつになるか分からない」
「は、はあ」
「そこで、今回の君の仕事なんだけどドロップが防具を作り終わってもたまに鍛冶屋に顔を出して欲しいんだよね。なんならここにずっと住んでもらってもかまわない。もちろん、報酬は弾むよ」
願ったり叶ったりだな。どちみちこの仕事が終われば次の仕事を探さなければならなかったし、宿も提供されるというならなおさらだ。俺はついている。
「報酬なんてとんでもないですよ。俺なんかでよければ是非!」
ラストの表情が一気に明るくなる。
「それは良かった。ほんとに良かった。ドロップには僕から話しとくよ。一応手紙は書くつもりだけどあの子が寂しそうな時はよろしく頼むよ」
ふと一つの疑問が頭に浮かぶ。
「俺が言うことでもないんですが、ドロップをその仕事先に連れて行くって事はできないんですか?」
ラストは眉間にしわを寄せる。
「実は僕が今度行くところは紛争地なんだ。エルフの一族が度々事件を起こしてるらしくてね。それを王国軍が駆除するんだって。まあ、そこで使う武器を作るために僕が呼ばれるんだけどね。さすがにドロップをそんな危険な場所には連れて行かないよ。」
「なるほど」
「そうだ、そうだ報酬だったね。僕、最近物忘れが激しいから今のうちに渡しとくよ」
そう言うとラストは作業場から黒い日本刀を持ってきた。
「これは聖剣
「聖剣? そんな、貰えませんて……」
「いや、貰ってくれ。僕の気持ちが収まらない」
「そこまで仰るなら、貰わせていただきますけど本当にいいんですか?」
「いいんだ。自分で言うのもなんだけど僕は親バカなんだ。正直これでも足りないと思っている。あと、君を疑うわけじゃないんだけど形に残しておきたくてね。ここにサインをしてもらえるかな?」
そう言うとラストは一枚の羊皮紙を取り出した。
『汝、願いを聞き入れるべし。』
なんだか不気味な契約書だな。
俺は羽ペンで契約内容が書かれた羊皮紙の空欄にサインをした。
次の瞬間、羊皮紙が青い炎を包まれ燃え尽きる。
「契約成立だ」
ラストが意地悪く笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
*
翌朝、早朝。青髪の中年男が背中にやけに大きな荷物を背負い馬車に乗り込む。
「それじゃ、二人とも留守を頼んだよ。特にドロップ、ちゃんと飯食えよ、風呂には肩まで入れよ、それから……」
「分かってるって。恥ずかしいから人前でやめろよな」
馬車の御者は苦笑い。少女は頬を赤く染める。
「それじゃ、行ってくる。アキラくん、ドロップをよろしく」
まったく、どこまで親バカなんだか。昨晩の会話を思い出す。素人の俺に娘のおもりの報酬に聖剣を出すとは俺には理解できんな。
「いってらっしゃーい!」
ドロップの元気な声を聞くと同時に馬車は動き出す。ドロップの瞳にたまる涙。やはり寂しいのだろう。年頃の娘が親子で相思相愛とはなんだか恐ろしいな。とは言いつつもそんな光景を微笑ましく思う。
馬車は砂煙を上げながら昇りかけの朝日に向かって走り去る。
*
「あんちゃん、朝飯買ってくっからさき帰ってていいぜ」
「いいかげんアキラと呼んだらどうなんだ」
これから一緒に働くというのにあんちゃんじゃ寂しいからな。
「じゃあアキラ、さき帰ってて」
「だが断る。俺も少々買いたい物があるからな」
ドロップは面倒臭そうに俺を見つめる。
「これじゃ、目立つだろ?」
自分の服に指を指しボロボロの学ランをつまみ上げる。
*
商店街。早朝だといいうのに賑わっている。休みを知らないとはこのことだ。ドロップから受け取った昨日の報酬分の10000エルを確認する。昨日は仕事をしていない気がするがくれるというのだから仕方ないだろう。貰わなくては失礼あたるからな。まずは服だ。出来るだけ金をかけたくない。古着屋を探さなくてはな。
「騎士様のお通りだ。道をあけろ!」
太い声に振り返る。衛兵達がパレードの様に道をつくり、つくられた道の真ん中を一人の人影がゆっくりと歩く。金髪、長身、白の服に身を包んだすかした顔が目に入る。
「田舎というものはなんでこう汚らしいものかね」
気にくわない。彼に対する第一印象を表すならこの一言で充分だ。その男は彼の背丈と同じぐらいの剣を引きずりながら歩いていく。
「あれは何だ?」
隣で野菜を抱えているドロップに聞く。
「何だって騎士様に決まってんだろうが」
初めて聞く単語だ。
「騎士様?」
「アキラって何も知らねーんだな」
「ほっとけ。早く説明しろ。」
「ったくしょーがねーな。いいか、ここクロム王国では国王様より任命された騎士様達が分割して各地の町を治めてんだよ。首都のセンシルだけは国王様が治めてるけどな。ちなみにここらクォーツ町周辺は黄金の斬撃、サイモン・ノア・シュルツの領地だぜ」
クロム王国か。国王が直接統治できないほどの広大な国土を持っていると考えてよさそうだ。そこで一つの疑問が浮かぶ。
「そんな騎士様がこんな田舎に何の用だ?」
ドロップはもの悲しげな目をする。
「そりゃたぶんゴブリン退治じゃねえか? 毎年この時期になるとコルシ村でゴブリンが大量発生するんだよ。村の奴らが冒険者達とで協力しても人手が足りないらしいぜ。なんでも今年は何故か例年の倍くらいのゴブリンが発生したんだってよ。」
どこかで聞いたような話だな。ゴブリン。この世界には亜人が存在している。獣人は亜人の中の一種だが、ひょっとするとゴブリンも亜人なのかもしれない。退治と言えば聞こえはいいが言ってしまえばただの大量虐殺なのではないだろうか。まあ、俺には関係ないか。
「おい、アキラ。アキラってば」
ドロップの呼びかけに我に帰る。
「すまん、考え事をしていた」
「さっさと服買って帰ろーぜ。早く店開けねーと客が帰っちまうよ」
あの鍛冶屋がそんなに儲かっているとは思えんが。まあそういうことにしといてやろう。
「これをもらおう」
灰色のシャツと茶色のズボンを手に取る。
「うわ、地味だな。服が暗いと心まで暗くなるって聞いたことあるぜ。お、これなんてどうだい?」
ドロップが持ってきた黒のローブを手に取る。やはり異世界といったらローブか。冒険者ではないがこういう物も悪くないだろう。
「こいつももらおう」
「1000エルだよ。まいどあり。」
さすが古着と言うべきか破格の値段だな。
*
店に戻るとやはりと言うか案の定と言うか客は一人もいない。朝食はドロップが作った特製野菜スープ。トマトやキャベツが大量に使われていて、予想をはるかに超えてかなり美味しかった。
午前中は買ったばかり服に着替えると店番をしていた。もちろん昨日ラストにもらった聖剣を腰にさして。仮にこいつが本当に兆ほどの価値がある聖剣だった場合、肌身離さず持っておかないと不安だからな。それにしてもドロップは作業場にこもっちまうし、客はまったく来ない。
暇だ。
『人生とは何事もなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い。』
山月記にこんな一文があった気がする。
そこで昼休みの時間を利用して本屋にでも行くとことにした。本屋は鍛冶屋から通りを挟んで向かい側にある。本屋は婆さんが一人でやっているようだ。
よし。椅子から腰を上げ通りを渡る。本屋の外に設けられている立ち読みコーナーの様な所に置いてある本に視線を走らせ、文字が読めることを再確認。タイトル見ながら本を選ぶ。
『リザードマンの正しい倒し方』
知ってどうするんだ。
『魔法入門』
魔法か。手に取る。
『これを読めばあなたも明日から魔法が使えるようになります。』
すっかり忘れていたな。異世界に来たのだから魔法の一つや二つなくてはおかしな話だ。実に興味深い。
「これははいくらですか?」
「2000エルだよ。」
くっ、高いな。だが必要な出費だ。
「まいどありぃ」
ひとまずはこれで午後は暇を持て余さなくてすみそうだ。店に戻り早速ページを開く。
『魔法。それは人智を超えた能力。今日の私たちの生活は魔法なしではここまで発展はしなかったでしょう。しかし魔法は便利な反面使い方を誤ると最低最悪の武器になります。先の戦争では前線に魔術師が配備され、魔法によりたくさんの命が奪われました。だからこそ今、私たちは魔法の正しい使い方を学び直さねばならいないのではないでしょうか。』
少し分かった気がする。魔法とは元の世界でいう電気のようなものなのではないだろうか。見たところこの世界では電気を利用していない。その代わりに魔法を使って文化や科学が独自の進化をしたのではないだろうか。
「魔法入門? なんだアキラ魔法が使えんのか?」
思考を中断。ドロップだ。
「使えないから読んでんだよ。そんなことより仕事は終わったのか?」
「ちげーよ。休憩中だ」
ガチャッ。扉が開く。会話が中断。
「へい、らっしゃい」
外は日が落ちている。やっとだ。俺の仕事が始まって初めての客だ。
「ここが鍛冶屋でいいんだよな?」
四十代の男の冒険者といったところか。
「ヒャッ」
間抜けな悲鳴が口から漏れる。男の手に握られているそれと目が合ったような気がしたからだ。
「どうしたんだ、アキラ」
いや、ドロップ。どうしたってそりゃ。
「ゴブリンなんかに悲鳴をあげて」
これがゴブリンだと?
男の手にはツノの生えた黄緑肌の少女の生首が握られていた。
*
ベッドに横になる。何が何だか分からない。今日あった出来事を思い出す。
あたりは暗くなりかけている閉店間際の鍛冶屋に一人の男が入ってきた。彼は冒険者。コルシ村近くの森で大量発生したゴブリン退治をしていたら剣が壊れてしまったらしい。それでコルシ村から一番近い鍛冶屋の此処に新たな剣を買いに来たというわけだ。しかし男の持ち合わせはほとんどなく、ゴブリンの頭と物々交換で剣を買おうとしていた。なんでもドロップによるとゴブリンのツノには10000エルもの価値があるらしい。剣を買った後、男は机の上にゴブリンの少女の生首を置いていった。幼げなその顔は苦痛を表現しているように見えた。
痛みを訴える少女の目が脳裏に蘇る。
だが彼女はツノが生えていた。
だが彼女はゴブリンだった。
だが彼女はヒトじゃなかった。
だから俺が心を痛める必要はない。
ドロップ。彼女もまたヒトではない。犬耳が生えた獣人だ。よく泣きよく笑う。
だがヒトではない。
では俺に問おう。何故ドロップは助けた?
俺の生活がかかっていたからだ。
ドロップを助けたのあくまで自分のためだったと?
そうだ。自分のためだ。自分のために他者を利用できるだけ利用する。自己中心的だと笑いたきゃ笑えばいいさ。誰がなんと言おうと俺はそういう人間だ。プライドが高く、ナルシスト、利己的で強情。ササキ・アキラはそういう人間だ。
では何故、俺の身体は震えている?
やめだやめだ。これじゃ寝られん。気分転換に散歩でもしよう。ドロップを起こさないように鍛冶屋を出ようとそっと扉を開く。寒いな。部屋の中に入ってきた冷気が指先にピリピリと伝わる。昼間はあんなに暑かったのに。一度部屋に黒ローブを取りに戻る。念のため一緒に護身用のナイフをローブの中にひそませる。夜は危ないからな。それが異世界ともなればなおさらだ。
月がきれいだ。そんな言葉が口から自然にこぼれ落ちるほど夜の異世界は美しい。耳に届く音はほとんどなく町全体を静寂が包んでいる。元の世界とは大違いだな。足が自然と広場に向かう。俺はこの静けさに寂しさを感じていたのかもしれない。
だが、広場に人影はない。まあ、そりゃそうだよな。広場のベンチに腰掛け、持ってきた本を広げる。魔法入門。さっき買った本だ。別に本が読みたいわけじゃない。ただ、何かで気を紛らわせたいだけだ。
もくじ
1 あなたの属性をチェック
2 属性ごとの低級魔法
3 聖剣について
震える指でページをめくる。とりあえず1から見ていこう。
1 あなたの属性チェック
ここではあなたがどの属性の魔法を使えるのかを調べます。魔法には火、水、木、光、闇の五属性があります。下の空欄にあなたの血をつけてください。
*注意 魔法はヒトしか使えません。
なるほど。属性か。これぞまさにファンタジー。
ナイフで少し指を切り指定の場所に血をつける。すると空欄の下に何やら黒い文字が浮かび上がる。
其れは燃え盛る炎の如し
これは火ということでいいのだろうか。どうやら俺にも魔法が使えるようだ。2に低級魔法の使い方が書かれているようだ。おそらく低級魔法というのはすぐに使える魔法という認識でいいのだろう。
2 属性ごとの低級魔法
火
・ヒートランス
この魔法を使うと熱によって金属を想像した通りの形に変えることができます。
使い方
金属に触れた状態でヒートランスと唱えながら頭の中に変えたい形をイメージします。低級魔法ですがその中でも難易度が高いです。繰り返し練習しましょう。
丁寧にアドバイスまで書いてある。難易度が高い? この俺を誰だと思っている。とりあえずやってみよう。
ローブの中からもう一度ナイフを取り出す。目を閉じ、ナイフを握りながら意識を集中させる。
そうだな初めてだし簡単そうな物にしよう。指輪なんてどうだろうか。
指輪、指輪、指輪、指輪、指輪。銀の輪を思い浮かべる。集中しろ。指輪だ。ゴブリン。違う、指輪だ。ツノ。指輪、指輪、指輪、指輪。亜人。首、切られていた、血がこぼれる、ユビワ、ユビワ、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。
汗がこめかみを伝う。
「たすけて、痛いよ」
やめろ、やめてくれ。こっちを見るな。
「痛い、いたい、イタイ、イた……」
「ヒートランス!」
目を開ける。背中が汗で濡れている。息切れ。手の中に握られた物をおそるおそる確認する。
汗まみれの手の中には面が握られていた。ツノの生えた般若の面が。
「フフフッ」
乾いた笑いがこみ上げる。俺は自分のことをもっと冷酷な人間だと思っていた。事実として人を一人殺している。それがどうだろう。見ず知らずのガキの首一つでここまで動揺するとは。
「帰るか」
本を閉じ昇かけの朝日の光に目を細める。ドロップが起きる前に帰らなきゃな。俺は広場を後にした。
*
翌朝、と言っても俺は寝ていないのだが。ドロップは俺に昨日のゴブリンの頭をギルドに換金してくるように言うとさっさと作業場にこもってしまった。まったく、人使いが荒いとはこの事を言うのだろう。
そんなわけで俺は今、黒龍同盟ギルドの前にいる。ここのギルドは一般に開放されていて、ギルドに所属していなくても酒場スペースを利用したり、依頼を受けられたりといったことができる。ではギルドに入ったときの利点は何かというと酒が少し割引されたり、一般の人間よりもおいしい依頼を回してもらえるなどの多少優遇してもらえる点だ。もっとも一日のほとんどを酒場で過ごす冒険者にとってはうれしい話なんだろうが。
さっさと換金して帰ってしまおう。酒場という場所はどうにも落ち着かない。実を言うとここに長居したくない理由はもう一つある。二日前、ここ黒龍同盟のギルドマスターを名乗る男を道端でKOしているのだ。見つかったら面倒だ。報復をしてくるかもしれないからな。
扉を開き早歩きでカウンターに近づく。カウンターの中には相変わらず派手なピンク髪の受付嬢が立っていた。
「これを換金していただきたいんですが」
手に持った布袋を手渡す。中にはゴブリンの少女の生首が入っている。
「少々お待ちください」
そう言うと受付嬢は布袋を持ちカウンターの奥消えていった。頼むから早くしてくれよ。自然とつま先が貧乏ゆすりを始める。
スイングドアが開く音。騒がしい。どうやら冒険者の一団が酒場に入ってきたようだ。
「あのゴブリンのガキには笑ったよな」
冒険者達の雑談が耳に入る。
「お姉ちゃんを殺さないでください、だっけか?」
「結局、姉弟両方ともサイモンさんにバッサリだもんな」
瞬間、ゴブリンの少女の生首が思い出される。吐気。こみ上げる胃液を無理矢理喉の奥で抑えつける。
亜人は悪。それがこの世界の常識だ。自分自身に言い聞かせる。別にゴブリンが何かをしたわけではないが、何かをする可能性があるのだ。反乱の芽は早めに摘んでおく必要がある。だからこの世界では亜人を殺すことが正義だ。それが女、子供であっても関係ない。疑わしきは罰せよ。
故にこの世界での善行は亜人を殺すことであり、亜人擁護とは悪行に等しい。
やめろ。何も考えるな。これじゃ昨晩の繰り返しだ。俺には関係ない。割り切ってしまえば案外楽な話かもしれない。
「それにしてもサイモンさんには恐れ入るよな。ゴブリン共の住処を見つけたってのに一旦全員を立ち入り禁止にして装備を整えてから一気に蹴りをつけるなんて言い出すとはな」
「今度こそ奴等を根絶やしにしてやろうぜ。毎年、森の果物なんかを食われて迷惑してんだよ」
「まったくだ。」
関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。俺にはまったくもって関係ない話のはずだ。
それなのに。それなのになんで俺は……
「その話、詳しく聞かせろ」
冒険者の男二人が呆気にとられた顔で振り返る。そして俺が一番驚いている。
「ああ、いいぜ。今朝、ゴブリン達の住処がコルシ村から南に三キロぐらいの所にあるってのが分かったんだ」
「今夜七時に一斉突撃だってよ。お前も行くんならそれまでに武器の手入れはしといた方がいいぜ」
時計を確認。今は午前七時。あと十二時間しかない。
「数は?」
詳細を聞きたいと口が急ぐ。
「ゴブリンの数は何人だと聞いているんだ!」
冒険者の男は慌てたように答える。
「サイモンさんのおかげであと三千匹ぐらいだって聞いたけど……」
三千。今から俺がゴブリン達の住処に行き今夜七時に危険が迫っている事を伝えて全員を避難させることができるだろうか? いや、やらないよりはましだ。一つでも多くの命を救ってやる。こうなったらやれるとこまでやってやろうじゃねえか。
「査定終わりました」
受付嬢が戻ってきた。
「状態がとても良かったので12000エルで引き取らせていただきます」
「よこせ!」
受付嬢から金をひったくる。時間が足りない。急がなくては。俺はギルドの扉を蹴り飛ばすと通りへ全速力で走り出した。
善行だ悪行だとかはどうでもいい。俺の知ったことではない。俺はやりたいことをやるだけだ。そいつが善いことなのか悪いことなのかってのを決めるのは天の上にいる爺さんの仕事だ。だから俺は目の前の命を助ける。異論は認めない。
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