第4話 王道異世界転生

俺は人混みの中に立っていた。体感時間で数秒前に起こった出来事を思い出す。どうやら本当に転生とやらをしたらしい。

俺は円状の形をした広場に立っているようだ。広場からは何本もの道が伸びていてまるで自分が蜘蛛の巣の中心にいるような錯覚を起こさせる。中央には巨大な噴水があり、俺の背中に気持ち良い水しぶきを叩きつけている。

街並みは異世界ファンタジーで王道の中世のヨーロッパといったところか。と言っても実際の中世ヨーロッパとは範囲が非常に広く本当にこんな建物があったのかは疑わしいのだがライトノベルでいうところの中世の街並みと言えば伝わるだろうか。また、ところどころに亜人のような者も見られる。


広場の中には食べ物や雑貨、よく分からない物を売る屋台が所狭しと並んでいる。屋台の文字は読むことができ、周囲の雑談も聞くことができることからどうやら言葉は俺がいた世界と共通らしい。


暑い。太陽はこれでもかというくらいに南中をきめている。真昼間であることは疑いようもないだろう。


さて問題だ。ある日突然君が名前も知らない異国にワープしたとしよう。まず初めに君は何をするべきかな?


ロールプレイングゲームでは宿屋でも探すところなのだろうがあいにく俺は金を一銭も持っていない。言うまでもないことだが宿に泊まるにも飯を食うにも金がいる。故に俺は給料が日払いの仕事、アルバイトを探すことにした。働かざる者食うべからず。先人の知恵というのはあなどれん。タウンワークでもあれば楽なんだけどなぁ。

さて今後の活動方針が決まったところで俺がまずすべきなのは仕事がどこで得られるのかをここにいる誰かに聞くことだろう。つまり必然的に異世界人とファーストコンタクトをとることになる。


広場を見回す。

声を張り上げる屋台のオヤジが目に入る。しかし客を偽るのはなんだか気が引けるからなしだ。

少し離れた所には買い物帰りだろうか中年の女が話し込んでいる。だが話が長くなりそうな雰囲気をしている。こいつもなしだ。今は時間が惜しい。日が暮れるまでには寝床を確保しておきたい。

あとは、おっ、衛兵だろうか。巡回中のようだ。やはりどこの世界でも道に迷ったら警察に聞くのが一番だ。そこが異国ならなおさらだ。英語の教科書にしか出てこない英語で学生に道を尋ねてくる人には是非とも交番に行くことをおすすめするよ。


少しずつ距離を詰める。第一印象が肝心だ。まずはさわやかな挨拶を心がけよう。

「こんにちは、衛兵さん」

衛兵は意表を突かれたかのようにびくっとしてから振り向く。

「私はつい先程この町に着いた旅をしている者です。実はお恥ずかしい話、前の町の酒場で有り金を全部使っちゃいまして、一文無しなんですよ。仕事ってどっかで受けられたりしませんかね?」

まったく俺は言い訳に関しては一流だな。

「仕事? ああ、それならそこの道に入って三つ目の黒龍同盟っつうギルドなら日雇いの仕事があんじゃねえか?」

無精髭を生やした衛兵は気前の良さそうな笑みで答える。

「それより旅人か何だか知らんがその服はないと思うぜ、あんちゃん」

自分の服を見下ろす。おい、まて学ランだ。どうりでやたらとすれ違う人がチラチラ見てくるはずだ。異世界で浮きまくりとは。恥ずかしい。

「ご助言いただき感謝します。ありがとございました。失礼します」

感謝の言葉を早口で唱え、急いでその場を後にする。盲点だった。まさか服まで買う必要が出てくるとは。

とりあえず衛兵から教えてもらったギルドに行ってみよう。黒龍同盟か。厨二くさい名前だな。

第一のチェックポイントを目指して俺は足を速めた。





ギルド黒龍同盟。ギルドといってもどうやら酒場がギルドを兼ねているようだ。外観はお世辞にも綺麗とは言い難く、昼間だというのに酒の匂いがぷんぷん漂ってくる。匂いだけでも酔いそうだ。一応言っておくが、俺は未成年であるから酒を飲むわけにはいかない。いや、待てよ、この世界の法律ではどうなっているんだ? 気になるところではあるがそいつはひとまず置いといて、本来の目的を思い出す。

仕事だ。一晩宿に泊まれるぐらいの報酬が出る、これが最低条件だ。欲を言えば晩飯も食べたい。更にこの学ランもなんとかしなければ。これじゃ目立ちすぎて不審者だと言われても文句は言えないな。

そんなことを考えつつ木製のスイングドアを勢いよく開く。


店内に入ると店中の視線が俺に集まったのが分かった。こんなの幼稚園のお楽しみ会でピーターパンを押し付けられた時以来だな。考えただけでも心が痛い。軽くトラウマを思い出したところで改めて店内を見渡す。店の中はやはりギルドと言うよりは酒場だな。四、五台のテーブルにはそれぞれいかにもな冒険者達が腰をかけている。ドアを入って十メートルぐらい行ったところにはカウンターが設けられており、カウンター中には場違いに派手なピンク髪の受付嬢が周囲に笑顔を振りまいている。カウンターの前には掲示板のような物が立ててあり、そこには様々な大きさの紙が乱雑に貼られている。

カウンターに近づき貼り付けてある紙の一枚に目を落とす。


『コルシ村近くの森に今年もゴブリンが大量発生しました。村の男達だけでは限界があります。お手伝いいただける冒険者の方はコルシ村村長まで 。報酬……50000エル』


なるほど。この世界の通貨はエルというのか。酒場のメニューをチラッと確認する。


『雷撃鳥のから揚げ……200エル』


雷撃鳥が何かは知らんがから揚げが200エルということはエルをそのまま円として考えても問題なさそうだな。50000エルあればしばらくは生活に困らなそうだがゴブリンと戦うのは無理がある。骸骨マークが五つも付いてるし。

隣の紙に目を移す。


『私は魔術の研究をしている者なのですが新作魔術に必要なデススパイダーの毒の採取に協力していただきたい。依頼を受けたいという方はマゾールまで。報酬……100000エル』


デススパイダーって。直訳で死のクモ。死ぬわ。次。


『大通りの鍛冶屋です。人手が足りません。店番でいいのでどなたか手伝ってください。大至急です。報酬……10000エル』


店番か。コンビニのレジ打ちならしたことがある。報酬は10000エル。高い。何か訳ありな気がするがこれなら今晩はしのげそうだな。よし、これを受けよう。

掲示板から紙をはがし、カウンターに叩きつける。

「これを受けたいのですが」

受付嬢が笑顔を崩さずに口を開きかけたその時。俺の腰のあたりに何かがぶつかった。

「あんちゃん、それ受けんのか?」

女だ。いや少女と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。背丈は俺より頭一つ分ぐらい低い。髪は海の様な青をしていて肩の上で切られている。こんな髪型のことをウルフカットって言うんだっけか。服装はマ◯オブラザーズが着ているようなオーバーオールで、最大の特徴はなんといっても頭の上に乗った巨大なベレー帽だ。色は茶色でなにかのこだわりを感じさせられる。

「悪いがこの仕事は俺が受ける。おまえは他の仕事を探してくれ」

残念だが俺も生活がかかってるんだ。譲るわけにはいかないのだよお嬢ちゃん。

「ちげーよ。俺がこの仕事の依頼主だ。」

少女は満面の笑みで答えた。


昼下がりの黒龍同盟ギルド兼酒場。ろくに仕事もしていない冒険者どもが真昼間から酔い潰れている。そんな中、怠惰な空気に目もくれず一組の男女がテーブルにつき今まさに仕事の話を始めようとしていた。男の方は黒髪に腐った目、服装は全身黒の学ラン、身長は百六十五前後といったところだろう。そう、つまり俺だ。

「俺はドロップってんだ。よろしく。あんちゃんは?」

女の方は今ドロップと名乗った鍛冶屋の少女だ。俺の記念すべき異世界初仕事の依頼主である。

「俺はアキラ。ササキ・アキラだ」

切れ長なサファイアの様な瞳を見つめながらそう返す。

「そんじゃさっそく仕事の話に入るけどあんちゃんその服なんだ? 超だっせーな」

あ? このガキ。いったい家でどんな教育を受けていやがるんだ。学ランを着ている俺にも非があるが、いくらなんでもそれはないだろ。

いや、落ち着け。ここで取り乱しては今夜は野宿になってしまう。深呼吸。平常心だ。

「ほっとけ。早く続けろ、大至急じゃなかったのかよ」

「そうだった、そうだった。いけねえ、いけねえ。じゃあ本題に入るぜ。俺の家は鍛冶屋でラストっつう爺さんと二人でやってんだけど、ラストがあと三十分もしたらしゅっちょうさーびすってやつで貴族の屋敷に行かなきゃなんねーんだよ。俺は俺で来週までに防具を一式作んなくちゃいけねーから俺が工房にこもってる間、あんちゃんに店番をしてもらいたいんだよ」

なるほど、それが大至急の正体か。三十分。驚いたな。どうやらこの世界と元の世界の時間の単位は同じらしい。それにしてもいくら大至急だからって誰かが依頼を受けるのをギルドで待っているとはどんだけわんぱくなんだよ。

「そんでそのラストとやらの出張サービスはどれぐらいかかるんだ?」

「ラストは早くて三日、長くても一ヶ月ぐらいしたら戻るっつってたぜ」

ドロップは得意げに答える。

なんて曖昧な。だが少なくとも三日間は働き口が見つかった。餓死するっていう最悪の事態は避けられそうだ。

「一つ提案なんだが、俺はこの町に来たばかりで金を全く持っていない。だから給料は日払いにできるか?」

「べつにいいぜ。いや、待てよ……」

ドロップは顎に手を当て何かを考えるようにぶつぶつ独り言を始めた。それからしばらくして閃いたように目を輝かせながら喋り出す。

「あんちゃん、うちに泊まってけよ。飯は三食出すし風呂もあるぜ。そうすりゃ金にもこまんねーだろ? もちろん報酬とは別で」

驚き。おい、無防備すぎるだろ。五分前に会った男を家に泊めるなんて。なんかちょっと心配になってきた。だが今の俺にはこれ以上ないほど魅力的な提案だ。だんだんこのガキが女神に見えてきた。

「その提案は魅力的だが、何故だ。何故そこまでする? 出会ったばかりの俺のために。」

この子に悪意はないだろうがタダほど怖いものはない。利益を求めた交換条件の方がまだ納得できるというものだ。

少女は少し困ったような顔をしてから言葉をひねり出すように……

「いやべつに、さびしいってわけじゃないんだけど、その……なんというか……俺、ずっとラストと暮らしてきたから……その……あれだ。」

なんだ。心配して損した。ただのおじいちゃんっ子だった。自然と唇が緩む。そして気づく。俺は今、笑っているのだと。何年ぶりだろうな。顔が笑顔の作り方を忘れるぐらいには久しぶりだ。そして俺は今、生きていることを実感する。

「おい、笑うなよ。てめえ、ぶっ殺すぞ!」

「妙なことを聞いてすまなかった。しばらく世話になる」

ドロップは少し嬉しそうな顔をすると勢いよく立ち上がる。

「ほら、早く行くぞ。ラストが行っちまうだろ。挨拶ぐらいしとけよ。」

俺は彼女にならい腰を上げ立ち上がる。そして目の前のおてんば少女を見ながら思う。異世界生活、悪くないかもな、と。

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