第26話 目が覚めた

 目が覚めると、俺は宿のベッドに寝かされており、隣では椅子に座ったフシミが船を漕いでいた。

 このイケメン……絵になるじゃねぇか。何だよ。嫉妬心なんかねぇよ。


 あと、ミカミと思しき女子がベッドの脇にうつぶせになって寝ていた。

『思しき』と表現した理由は、深緑色のフードを被っていて、本人かどうかわからなかったからだ。


 しかし、いったいこれはどういうことだろうか。


 ゆっくりと起き上がり、窓から街の様子を見ようと立ち上がった。


 その時、「んっ」という小さなうめき声が聞こえた。

 それはフシミの声ではなく、ミカミと思しき女子の声だった。


「んー……ふぇ?」

「おはようストーカー。気分はどうだストーカー」

「開口一番に寝起きで寝ぼけている女の子をストーカー呼ばわりするのはどうかと思うんだ」

「それだけのツッコミができて寝ぼけてるとかおかしいだろストーカー」

「ストーカー、ストーカーって……まるで私があなたたちを本当にストーカーしたみたいに言わないでくれないかな?」


 可愛らしくストーカーは笑顔で小首を傾げた。その顔はまぁなんというか、美少女の部類に入る偏差値だが、まぁ俺には関係ないな。


「ところで、なぜお前がここにいる」

「『お前』だなんて……フシミ君らしくない口調だね……」

「フシミはお前の隣で寝てるだろうが」

「あれ!?」


 寝ぼけていないようなツッコミをくれたから、頭がはっきりとしていると思っていたのだが……本当に寝ぼけていたようだ。


「眼鏡はどこに置いたかな?」


 眼鏡かよ。

 こんなに近くにいるのに見えないとは……近視がひどいのか、それとも乱視がひどいのか、もしくは遠視がひどいのか、どれかだろうな。


 眼鏡眼鏡と呟きながら、自身のマントのポケットを弄るストーカー。

 その様子は、まるで某猫型ロボットを連想させる。


「てれててってて〜。『魔法の眼鏡』〜」


 ポケットから取り出したのは、何の変哲も無い丸眼鏡。こちらも縁が緑色だ。漢字が似てるから振りがなを付けたほうがいいな。

 ふちみどり色の丸眼鏡だ。


 彼女はそれをかけると、胸を張って言った。


「どうだ。似合うだろう。ふふん」


 そうだな。確かに似合う。


 だがな、胸がないのに胸を張っても悲しいだけだぞ。

 確かにステータスともいう意見もあるがな。俺はそんなのは認めない。


「ん。んんん?」


 何かに気づいたかのように、彼女は俺の顔をまじまじと覗き込む。何か変なものでもついているのだろうか。


 そう思い、俺は袖で口元を拭う。


「いや、違う違う」

「じゃあ何だよ」

「えーっと……誰?」


 今更……?



 **********



 さて。

 フシミの目も覚めたことだし、説明をしてもらおうか。

 なぜ俺は宿のベッドで寝ているのか、そしてなぜここにストーカー女がいるのかを。


「だって、お酒のせいで毒状態になってるレイヤを治したのはミカミだもの」

「は?」


 耳を疑うような言葉が聞こえた。

 秘書さんに無理やり飲まされたあの酒で『毒状態』になった?そして、その状態を回復させたのがミカミだって?


「いやいやちょっと待て」


 嘘だろ?


「レイヤ、嘘かもしれないけど本当だよ」

「人の心をナチュラルに読むな」


 相変わらずフシミの読心力は謎だ。

 なぜ俺の考えていることがわかるのか、さっぱりわからん。

 いや、そんな話をしている場合ではない。


「なぁフシミ」

「なんだいレイヤ」


 俺の声に反応したのか、レイヤが目を逸らしながら返事をする。俺と目を合わせてくれやしない。


「どうしてこっちを見てくれないのかな?」

「別にミカミに僕らのことを洗いざらい話してなんかないよ」


 語るに落ちているこの相棒。まるでどっかの卵頭を思い出すような落ち方だった。


「で、ミカミはどこまで聞いたんだ?」

「あなたたちが城を抜け出した後から全部のことだよ」


 俺の言葉にミカミはニッと笑って答える。


 そうか。全部か。


「スキルのこともか?」

「もちろん」


 そうか。スキルも全部話してしまったのか。そうかそうか。


「へぇ……それで、何か言うことは無いのか、フシミ?」

「レイヤ、男には守らなければならないものがあるんだ。例え自分たちの情報を売ったとしてもね」


 えらく真面目な顔をしているフシミ。守らなければならないものか……なんだろうな。


「ははっもしかして貞操とか?」


 冗談交じりに言った俺の言葉を聞いたフシミは、目からハイライトが消え、表情までもが消えてまるで能面のような顔になった。


「いやいや、え、マジ?」


 フシミはゆっくりと頷いた。


 バッとミカミを見る。


 彼女はバッと顔を逸らして口笛をヒューヒューと吹いていた。いや、音出てねぇし。


「いっその事、憲兵に突き出した方がいいんじゃないか?」

「待って待って!話を聞いて!別に冗談のつもりで言っただけだから!」


 冗談のつもりで「貞操を奪う」とか女性が言って良いものなのだろうか。異世界に来たからといって、羽目を外してはいけないと思う。

 いや、別に俺はミカミの普段を知らないから、何も強くは言えないんだけどさ。


「あー、まぁアレだ。治してくれてありがとうな」

「あのレイヤが素直にお礼を言っただと?今日は槍でも降るのかな」

「フシミは黙ってろ」


 俺だって死にかければ、助けてくれた人に対してお礼は言うさ。さすがにそこまで捻くれていない。


「どういたしまして〜」


 彼女は彼女で、返事をしているが、その顔は照れているようで見ていて面白い。おそらくだけど、褒められたりお礼を言われたりされたことがあまりないのだろう。


 さて、元気になったことだし、ギルドにでも行くかな。


「俺はギルドに行くんだけど、二人はどうするんだ?」

「僕はパス。今日は休んでるよ」

「私は行くよ〜」


 フシミは休み。ミカミは行くと。なるほど、今日の予定が決まったな。


「わかった。とりあえずミカミは部屋を出ろ」

「え、なんで!?」

「着替えるからだよ」

「え、別に良くない?私は気にしないよ」

「俺が良くない」


 いったいこいつは何を言っているのだろうか。

 とりあえず、グダグダと文句を言っているミカミを部屋から蹴り出し、俺は着替えを始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る