第25話 わたしの酒が飲めないのか

 飲めるわけないだろ。

 俺たちは未成年なんだ。


 たいていの異世界小説には、15歳から成人で酒が飲める年齢だとか書いてある。

 が、この世界の成人は日本と同じ20歳からだった。エールだとか異世界の酒が何かを期待していた諸君、残念だったな。涙で枕を濡らすといい。


 誰に話しているかわからないが、もう一度説明しよう。


 安心しろ。未成年が酒を飲む描写は無い。


「だが、場に酔わないとな言っていない」

「レイヤが壊れた。誰もいない場所に話しかけてる」


 隣でフシミが何か言っているが、聞かなかったことにしよう。

 あと壊れたとかいうな。お酒の出る席に座ってるから場に酔ってるだけだ。

 何を言っているのかわからないと思うが、俺も何を言っているのか理解できていない。


 さて。


 俺たちが今何をしているかというと、ギルマスが毎週通っている高級レストランでギルマスと秘書さん、そして俺とフシミで食事をしているところだ。


 もちろん、個室で。


 部屋は六角形で、真ん中に長机が置いてあり、片方に俺とフシミ、もう片方にギルマスと秘書さんが座っている。配置としては、俺の右側にフシミがおり、目の前に秘書さんがいる状態だ。

 出入り口は俺の左側にある。だが扉は一つしかないし、少し距離があって逃げ出せない状態だ。

 また、椅子も長椅子のため、奥にいるフシミは絶対に逃げられない。


 周りを見回してみると、窓がないことに気がついた。

 嫌な予感がするのだが……何も起きねぇよな?


 全員が席に着いたことを確認したギルマスは、俺たち二人に向き直り、ゆっくりとお辞儀をすると言った。


「これは俺のお詫びの気持ちとして受け取ってくれ」


 つまり、ギルマスがおごってくれるそうだ。何でも注文していいらしい。さすがギルマス太っ腹。

 その隣に座っている秘書さんが睨んでいるのは見なかったことにして……


「じぃ〜〜〜〜……」


 ……できねぇな。


 秘書さんの髪の毛から火花がパチパチと出ているのが見える。ということは、まだ完全には頭が冷えていないということだ。

 いきなり凍らせたことを根に持っているのだろうか……俺自身、効果がわからず使用し、凍らせてしまったことに関しては反省している。


 おい、反省しているじゃないか、とか言うな。

 俺だって悪いことをしたら反省くらいする。ただ素直に反省しないだけだ。


 ツンデレじゃねぇよ。それじゃあ意味が違ってくるだろうが。


「なぁギルマス。隣の秘書さんを何とかしてくれない?」

「誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか?」


 俺の言葉に隣の秘書さんが睨みながら言った。

 ギルマスにした質問を遮ってまで俺に聞くことかよ。

 あと、こんな状況を作り出したのは俺たち二人ではない。


「どう考えてもギルマスだよね」

「うっ」


 フシミがギルマスを真正面から見据えて言った。

 その言葉に、ギルマスは目を逸らした。


「そもそもだ」


 そんなギルマスの表情を見た俺は、少し言いたいことがあったため言おうと口を開いた瞬間、扉がノックされた。


「お待たせいたしましたー!『びっくりエール』が二つと『コカトリスの唐揚げ』ですー!」


 この店の店員さんが、唐揚げの乗った皿を持って入ってきた。

 なぜか猫耳をつけてメイド服を着ている。これはツッコミ待ちだろうか、それともこの店の制服なのだろうか。


 確か、この部屋に案内してくれた店員さんだよな。

 白髪のポニーテールで赤い目をし、ちらっと牙が見えた明らかに人間ではない店員さんだったのだが……その時は普通に黒いエプロンをしていたはずだ。俺の見間違いだったのか?だが顔は同じだ。

 顔を覚えるのが苦手な俺が覚えているのだから、それほど個性的だったということだ。


 うん……とりあえずスルーしよう。


 ていうか、エールあるじゃん。誰だよ、エールが出てこないとか言ったの。

 言ってねぇよ。誰もそんなこと言ってねぇよ。だからそんな目で見るんじゃない。


 どうやら、エールを注文したのはギルマスと秘書さんだったらしい。

 どこに注文するための物があるのかと探したところ、ギルマスの左手の近くに無色透明で野球ボールほどの大きさの水晶玉があった。

 あれが注文するための道具か。地球で言う、タッチパネルみたいなものなのだろう。きっとそうだ。


 店員さんが部屋から出て行くと、まず最初に動いたのが秘書さんだった。


 秘書さんはエールの入ったコップを掻っ攫うように掴み取ると、流し込むかのように飲み始めた。

 そして、約3秒ほどでコップに入ったエールは彼女の体の中に消えた。


「プハーッ!!」


 大きく息を吐き、ドンッと勢いよくコップを置く秘書さん。

 心なしか、真っ赤な瞳が俺を捉えているように見える。


「で、何かわたしに言いたいことが、あるんじゃなかったですか?」


 にっこり、と笑う秘書さん。

 凄んでいるつもりだろうが、残念ながら覇気がない。

 だから全然怖くない。


 俺は小さく咳払いし、口を開いた。


「そもそもだ」


 と言いかけた瞬間、口に何やら辛いものが流し込まれた。


「ガッ!?ッフゴフゲフ!!」

「ギルマスを拘束した恨み!!」

「イクス!?」


 ギルマスが名前のような言葉を発したが、秘書さんは酔っているのか聞こえていないようだった。


 口に流し込まれた液体は、ゴクゴクという音を鳴らしながら喉を伝って腹の中に入ってくる。

 熱くて痛いが、その苦しみはまだ終わらない。


 そして、やっと終わったのか、秘書さんは手に持っていたものを机に勢いよく置いた。


「ゴホゴホッ!!」


 少しだけ気管に入ったらしい。勢いよく咳き込んでしまった。しかし、喉の奥に流し込まれた液体は戻ってこなかった。


「レイヤ、大丈夫?」


 フシミが心配してくれているが、俺はそれどころではなかった。


「マスターっ!後三杯くらい注文してくれないかしら?わたし、楽しくなってきちゃったっ!」

「イクス、駄目だ」

「あによ!わたしの酒が飲めないの!?」


 酔っ払っているかのような秘書さんが、ギルマスに迫っているような声が聞こえる。

 そしてギルマスが、その秘書さんを厳しい声で止めている声が聞こえる。

 だが、俺はその光景が見えない。

 焼けるような喉の痛みと、視界がぐるぐると回っているかのような感覚が一気に襲いかかってきており、とても楽しく食事ができるような状況ではなかったのだ。


「フシミ……すまん」


 もう、声を出すことすらできん。


 すまん、あとは頼んだ。


 心の中でそう親友に謝り、俺は意識を手放した。

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