第10話 ……だと思っただろう?

「はぁ……いやー、ハル様のフリをするのは疲れますねぇ」

「そうですね、私はアナン様のフリをしなければいけませんし……」


 門番が去り、俺がスキルを解除しようとした瞬間に聞こえてきたのは、門番がハル様、アナン様と呼んだ人たちからの声だった。いや、お前ら誰だよ。


 あろうことか、彼らは目の前で姿を変えた。いや、正確には何かしらの魔法がかけられていた、ということだろうか。

 服はそのままだが、ハル様だった男性は、茶髪爽やかな男性から白髪とちょび髭の生えた男性に。アナン様だった女性は、赤髪艶やかな女性から黒髪を腰まで下ろした女性に。まるで、執事とメイドのような……


わたくしのような執事長に、ハル様の役は難しいですな」

「それを言うなら、わたしはただのメイドですよ?アナン様のフリをすることすら難しいと思うのですが……」


 男性の方は執事長だった。メイドはメイドのままだったが。しかし、どういうことだろうか?もしかして、ギルマスが何か事前に連絡でもしたのだろうか。


「だけど……ハル様もアナン様も用心深いですよね。ギルドマスター様でも姿を捉えることができなかった冒険者なんているわけないですのに」

「いやいや、あそこのギルドマスター殿は、昔ハル様とアナン様と一緒に数々の冒険をしてきたらしいですよ。今でも連絡を取り合うほど仲がよろしいようで。

 ああ、私ももう少し若ければ……」

「……セバス様は若い頃も執事をしていらっしゃらなかったかしら?」


 執事の名前がセバスとか……もしかして、本名はセバス・チャンなのだろうか。

 すごくありえそう。


 いやそうじゃない。ギルマスがここの貴族と一緒に冒険してた?まじかよ。つまり、ギルマスとここの貴族は知り合いで、今も連絡を取り合う仲だから、ここに俺たちが来ることを連絡することも可能だってことか?

 よし、帰ったらギルマスに一発くれてやろう。何色にしようかな。


「さて、今度はレイとアルマと交代ですな」

「レイ様とアルマ様は以前もやっていたのでしたっけ?」

「レイは執事としても優秀でしてね。アルマはメイドだった頃失敗してばかりでしたが、こっちの仕事は一度も失敗したことがありませんでした」


 今の情報から、メイド長の名前がアルマだということがわかり、優秀な執事の名前がレイということがわかった。俺がいるのにベラベラと情報を喋ってくれるなんて、ありがたいぜ。まあ俺が見えて(略


 さて、彼らが交代するということは、きっと主人のところへ行くということなのだろう。

 勝手に推測したが、主人のところへ行くとは限らない。だから、とりあえず一日中尾行することにした。


 さて、夜になったが……え、昼間のことはどうしたかって?普通に執事長を尾行していました。え、執事長でも仕事があったんじゃないのかって?邪魔にならんよう配慮したに決まっているだろ。このスキルは万能じゃないんだ。対象がすり抜けるとかそういうものは存在しない。

 あ、料理を少しだけつまみ食いしました。だってお腹が減っちゃったんだもの。

 そういえば、フシミはどうしたのだろうか?


 深夜になって、ようやく主人のところへ行くことができた。いや、食事の時は周りに執事とかメイドとかいて、明らかに出て行ったら大変なことになりそうなそんな嫌な予感がしていたから、迂闊に近寄ることすらできなかったんだよ。


 さて、依頼を一度確認してみよう。

 俺が手紙を渡すのは、貴族夫妻の妻の方であるアナン・シェルメッシュだ。内容は、誰にも気づかれず、アナン様にギルマスからの手紙を届けること。そう、届けることだ。

 ここで一つ。届けることと、直接手渡すことは違う。さて、ギルマスは手紙をどうしろと言った?

 そう、先ほども言った通り、届けると言った。つまり、わざわざ姿を現さずとも手紙を机に置けばいいし、もし見つかっても顔を見られなければそれでいいのだ。


 さてと。目の前に、書類に何か書き込んでいる女性、アナン・シェルメッシュがいる。先ほどメイドが化けていた、赤髪艶やかな女性である。

 手紙を届けるのだから、その机に置いても良いわけだ。後で何か言われたら、手渡すと言わなかったギルマスが悪い、とでも言っておこう。


 俺はギルマスからの手紙を、アナン様の机にそっと起き、お茶を入れに来たメイドと入れ違いになるように部屋からこっそりと出ていった。


『おや?アナン様、その手紙は……?』

『あら、いつの間に届いたのかしら』


 部屋の中から、彼女たちの声が聞こえたのを確認して、俺は屋敷から脱出した。


 ギルドに帰ると、すでにフシミが戻っていた。半日で終わって戻ってきていたらしいが、俺が遅いことに心配していたらしい。

 めっちゃ謝った。

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