ナチュル・アース・オンライン〜二度目の結婚も、ここでなら〜

九里 睦

第1話

「ゲームって、こういうことできるからいいわね……」

「あぁ、そうだな……」


 並んで寝袋に包まっている俺たちの視線の先には、煌めく満点の星々が。

 深く息を吸うと、爽やかな草原の香りが胸いっぱいに広がる。


 とても清々しいくて、とても暖かい気持ちがするな……。

 横を向けば示し合わせたかのように、目を合わせてくれる人が。


 こんなに幸せなことは、きっと現実とゲームの世界を探し回ったって、ここにしかない。

 この人の隣にしか。


「どうしたの?」

「なんとなく。ルノワこそ、どうしたんだ?」

「私も、なんとなく、ね」

「ふふっ、同じじゃないか」


 俺たちは、本当にぴったりだな……。

 じんわりと、胸の奥の、暖かい部分が広がったような気がした。


「そうね、本当に同じね……」


 彼女はそう言って、寝袋の中から手を伸ばしてきた。もちろん、して欲しいことは手に取るようにわかる。

 指を絡ませ、繋ぐことだ。


「おやすみなさい、ワタノルさん」

「おやすみ、ルノワ」


 再現された星々と、爽やかな香りの中、確かに存在するお互いの愛と温もりを感じながら、俺たちは目を閉じた。



 ♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢



 ピピビピッ、ピピビピッ、ピピビピ……。


 朝、壊れかけの目覚ましが、奇妙な音で俺を起こしてきた。

 もう朝かよ……。まったく、ただでさえ起きるのが億劫だっていうのに、嫌な音たてんなよな、この!


「うるさい」


 少し強めに止めると、ビッ、という音を立てて、不快な音は止まった。


「はぁ……」


 今日もまた、つまらない現実の始まりか……。

 まぁ、嫌がっても何も進まない。ちゃちゃっと済ませてゲームするか!


 ベッドから起き上がり、パジャマを着替え、自分で仕上げたシャツに着替えた。


 自室を出ると、いつものように先に着替えていた妻が、テーブルで市販の朝飯パックを静かに咀嚼していた。


「あなたの分はここね」

「あぁ……」


 妻が指差した先には四角いパン(朝飯パックの片割れ)が皿の上に置いてあった。

 妻の目の前に座り、それを咀嚼する。


「じゃあ、行くから」

「あぁ」


 妻は机の上に置いていた鍵を掴み、玄関に向かって行った。

 すぐに、ガチャン、と玄関の扉が閉まる音が聞こえてくる。


 結婚二年目。

 倦怠期というものは恐ろしいもので、俺の心は半分ほど妻と離れてしまっていた。恐らく、向こうもそうだろう。ほとんど会話がないのがその証拠だ。


「はぁ……」


 誰もいなくなったリビング兼ダイニングで、市販の朝飯を食べ終わった後、合鍵を取り、出勤した。


 倦怠期に入ってからというもの、沈黙が増え、気まずい時間が増え、ストレスも増え、ため息も増えた。

 仕事で溜まったストレスを、癒してくれる時間が消えたと言っても過言ではなかった。


 そこで出会ったのが、ナチュル・アース・オンラインだ。これは、最近ストレスが溜まっているようだから、と、二ヶ月前に同僚が格安で譲ってくれたもの。


 流行りのMMORPGの一つで、人間の文明が一切入り込まなかった、という設定の地球で、他のプレイヤーと協力しモンスターを狩猟したり、素晴らしい自然の景色を堪能できる、というゲームだ。


 最初は暇つぶしにでもなればいいか、ぐらいの気持ちではじめたのだが、巨大なモンスターに立ち向かう、臨場感あふれた(というよりも実際に臨場している)狩りや、文明を離れて自然の中に溶け込む、爽快感を味わううちに、どハマりしてしまっていた。


 そして、夜な夜な自室に籠もってプレイしているうちに、出逢ってしまったのだ。

 ルノワと。


 俺と同レベルだった彼女とは、唯一、人工物が建てられている始まりの街でパーティメンバーを募集している時に出逢い、ともに狩りに出かけたことが馴れ初めだった。


 その狩りで、お互いのプレースタイルの相性がかなりいいことがわかり、頻繁にパーティを組むようになってからだ。恋愛感情を持つようになったのは。



 会社に着いた後は、定時まで、自分のデスクに座り、カタカタとキーボードを打ち続ける、単純な作業を続けるだけ。


 昼休憩の時間には、俺にゲームを譲ってくれた同僚の松崎と話したりもする。


「どうだ? あのゲームは続けてる?」


 松崎はパスタを巻き取りながら、そういった。俺はうどんの揚げ玉を寄せ集めながら答える。


「あぁ、まだ続けてるぞ。というか、どハマりした」

「はっはっ、最近定時帰りなのはそういう理由だなぁ?」

「まぁな」


 ミートソースがかかったパスタを咀嚼しながら、松崎は続ける。


「そんなんでお前、奥さんと上手くやれてんのぉ?」

「それは……」

 

 松崎がフォークをピタリと止めた。


「……まさかお前、奥さんほったらかしにしてゲームしてんの?」

「まぁ、そう、だな……」

「ダメだってー! あんな綺麗な奥さんほったらかしにしちゃー! オレみたいに破局しかけるかもよ?」


 松崎は、付き合っている彼女との付き合いが疎かになり、このゲームを手放したのだった。


「結婚してるからそこは上手くやってるかなー、なんて思ってたけど、やっぱりそうなるかぁー」

「倦怠期なんだよ……」


 ルノワというユーザーに惚れてしまったことは、松崎といえども、さすがに言えない。


「倦怠期って、二ヶ月も続くもんかー? それヤバイって、早く手を打たんと」

「そんな簡単にいうなよな……」


 集めた揚げ玉と一緒に、麺をすする。だが、揚げ玉が麺から滑り落ちて、なかなか食べられない。


「奥さんがゲーム好きなんかはわからんけどさ、誘ってみるのもいいかもよ。オレは別ので上手く仲直りできたから」


 松崎は、皿に残ったミートソースを、貰っておいたコッペパンにつけて、綺麗に食べた。


「……そうだな、考えておくよ」


 俺の方は揚げ玉を諦め、うどんの麺だけを完食した。



 昼休憩が終わった後は、やっつけ仕事でちゃちゃっと一日のノルマを終わらせ、いつも通り定時で帰ることができた。フレックスタイム制、バンザイ。


 帰り道で一応、新しいナチュル・アース・オンラインを買っておいた。ねちねちとうるさい松崎にレシートという証拠を見せるためだ。


 家に着くと、妻がすこしだけ先に帰っており、部屋に入るところだった。


「おかえり」

「ただいま」


 一言だけ会話を交わし、お互いの部屋に入っていく。

 ……いわゆる家庭内別居だろうか。いや、そこまでひどくはないか。会話はゼロではないんだ。


 俺はそう自分に言い聞かせてから、パジャマ兼部屋着にしているジャージを取り出して風呂に向かった。

 既にお湯が、湯気を立てていた。


 この家では、少しでも早く帰って来た方が、湯を沸かし、食事を作り、少しでも遅く帰って来た方が、ゆっくりと過ごす、というルールがある。俺が早く帰る日もあれば、今日のように妻が早く帰っている日もある。それもけっこうバランスよく。


 そういった、偶然にも均衡のとれたルールのおかげで、日常の不満も爆発することなく、なんとか、この二ヶ月をやってこれている。


 疲れていなかったが、俺は二十分ほどしっかり湯に浸かった後、風呂からあがった。


 風呂から上がり、部屋着に着替えてダイニング兼リビングに出てくると、妻が作る料理の匂いが立ち込めていた。


 カレーか。


 作り置きできて、しかも美味しい。それなりに作っておけば、二日は料理をしなくてよくなるから、俺もよくやる。

 俺も妻もカレーが好き、ということもあり、文句もでない。むしろ、俺は毎日でもいい。


 テーブルに着き、十分ほど待てば、完成したようだ。


「ご飯は自分でよそって」

 妻は、鍋のルーをかき混ぜながら、目線で食器棚を示した。

「あぁ」


 食器棚から二人分の皿を取り出し、半分ほどご飯で埋めた。妻の分もよそったのは、疲れてもいないのに、何もしないのは罪悪感があったからだ。罪悪感は、大きなストレスになる。できる限り避けたいものだ。


「ありがとう」


 妻は少し驚いたように顔にかかった髪をかき上げ、自分の分と、俺の分にルーをたっぷりとかけた。


「ありがとう」


 二人で席に着き、いただきますの合掌の後、食べ始める。


 話題を出せば、会話が続きそうな空気だったが、出せなかった。話題が、ゲームのことしか浮かばなかったからだ。


 妻の、器に添えた左手の薬指が、チカチカと光るたび、急かされているかのような気がしたが、出かかった話題をカレーとともに流し込んだ。


「ごちそうさま」

「……ん」


 そのまま食器を片付け、洗った後、部屋に逃げ込んだ。


「はぁ……」


 ゲームの中で、恋をするのは浮気にあたるのだろうか。

 他人に恋をする時点で浮気だろう。

 いや、現実ではなく、ゲームなんだから、浮気じゃない。もし浮気になるんなら、アニメのキャラを可愛いな、と思うことも浮気の予備軍に入ってしまうだろう。

 いやでも、俺がしているのは顔を変えられるとはいえ、現実に近いMMORPGだ。その言い分は通じないんじゃないか。

 でも……でも……。


 グルグルと思考を巡らせているうちに、彼女との、ルノワとの約束の時間になってしまった。


 ……約束をすっぽかすのは、悪いよな。


 そう自分に言い聞かせ、シュノーケルゴーグルの、シュノーケルの代わりにイヤホンが付いたような機械、ナチュル・アース・オンラインへの接続機を装着し、起動させた。


『ナチュル・アース・オンラインへ、接続しますか?』


 フォン、という起動音の後すぐに、ナビゲーターである、機械的な女性の声が聞こえてくる。


「接続する」

『了解しました。ブレインリンクを開始致します。サーバーはどのサーバーに致しますか?』

「青で」

『了解しました。では、転移を開始します……』


 ナビゲーターが転移を開始し始めた瞬間、宙に浮いているかのような浮遊感に包まれる。

 目を閉じ、そのまま身を任せていると、足の裏に、体重がゆっくりと乗っていく感覚がし、鳥の鳴き声と水の音も聞こえてきた。


 目を開くと、そこには都会と真逆の、自然そのものの世界が広がっていた。


 広がる草花。緩やかに流れる川。遠くを見上げれば、太陽をバックに、落ちていく滝。俺の後ろには、見上げるほど大きな大樹が。


 このゲームの一日は、六時間。ちょうど今は、昼頃のようだ。

 そしてここはモンスターが出現しないセーフゾーン。待ち合わせにはうってつけの場所だ。


 さて、待ち合わせの時間までは後少しか。

 何をしようか、などと考えていると、視線の先でホロホロと輝く、人工の光が見えた。


 ルノワだ。


「こんばんは。待った?」

「いや、今来たばかりだ」

「そう、よかった」


 ルノワはニコリと微笑み、MMORPGでは珍しい長めの黒髪をかきあげた。

 その動作が妻を連想させて、俺の心にグッとのしかかった。


「それで、今日は何を倒しに行くの?」

「あ、あぁ……。今日はコカトリアを狩りに行こうと思ってる」


 やり込んでいるとはいえ、まだ始めて二ヶ月。まだ中型のモンスターしか、狩りに行けない。


「賛成。二人でなら、ちょうどいい相手になるわ。じゃあ、行きましょう!」

 そう言ってルノワはアイガーアイをキラキラとさせ、俺の腕を引っ張った。

「あ、あぁ」


 コカトリアの住処はこの守聖樹セーフガーディアンから南東に五キロの位置にある。その上、この時間、七色ある内のこのサーバーなら、獲物の取り合いになることもない。


 だが、俺たちにはあと一時間三十分しか時間が残されていないため、二人で走って目的地に向かった。さすがに睡眠時間を削ってゲームをしていたら倒れてしまう、ということで睡眠時間は確保しているのだ。


 コカトリアの住処へは、五分足らずで付いた。ゲームのステータスで設定されている、俊敏値のおかげで、こんな、現実ではできないような、驚異的なダッシュだってできる。そういったことも、楽しみの一つだ。


「解毒剤はいくつ持ってる?」

「じゅう」


 コカトリアは、麻痺毒を持つ、フクロウを三十倍くらいの大きさにしたようなモンスターだ。


 住処はフクロウと違って、こんな乾いて湿り気のない、浅い洞窟。この洞窟は、事前にチェックしに来た時、周りに凸凹した岩がないことと、他の洞窟が近くにない、ということで目星をつけていた。いわゆる穴場だ。


「私もじゅうあるわ」

「よし、じゃあ、装備を出した後、呼び出すぞ?」

「えぇ、いいわよ」


 空中に、設定していた略式のアイテムコードを指で描けば、アイテムメニューが目の前に現れる。その中から、日本刀を模した刀を一振りと火薬玉を取り出した。


 横を見て、ルノワも弓を取り出したことを確認し、火薬玉を思いっきり投げた。


 それは、洞窟の中でパンッ! と弾ける。


 すると、キゲェャァァァ!! とコカトリアが汚い走り方でこちらに向かって来た。

 コカトリアはこちらを視界に確認した瞬間、翼をバサバサとはためかせ、毒を含んだ羽根を飛ばしてくる。


 それを刀で弾く。ルノワもバックステップで上手く躱したよう。

 そして、乱れた髪をさらりとかき上げる。


 俺がそれに見惚れていた次の瞬間には、羽に向かって数本の矢を放つルノワ。

 見事に命中し、もう満足に飛べなくなるであろうほどの穴をいくつか開けた。


「何してるの!? 次の攻撃!」

「あ、あぁ! すまない!」


 一瞬遅れて、コカトリアが怯んでいる隙を逃したが、体力を減らす覚悟で突進してくるのを乱暴に刀で迎え撃った。


 腿の辺りに刀が通り、ダメージエフェクトが光を放つが、同時に突進の衝撃を受けた俺は二メートルほど飛ばされ、ダメージを受けた。


「ぐぅ……!」


「ちょっと、どうしたのよ!」


 そう言いながらも、ルノワは俺が切り裂いた傷口に畳み掛ける。

 グギャァ!! と声を上げて翼をはためかせるコカトリア。

 羽が飛び散るが、ふところに潜り込めば回避できる。


 俺は俊敏値にものをいわせ、二メートルの距離を一瞬で詰め、コカトリアの首に斬りかかった。


 クリティカルヒットを示す、赤色のエフェクトとと共に、喚くコカトリア。

 まだ倒すに至らなかったらしく、俺はその翼で直接殴り飛ばされた。


「うぐぁ!」


 どうやら直接触れても麻痺のバットステータスが付いてくるらしく、飛ばされた後、動けなくなった。HPも、赤のラインまで削られている。


「ていゃ!!」


 ルノワが矢を放つ声が聞こえるなか、瞬時にアイテムメニューを開き、解毒剤を摂取した。

 だが、回復して立ち上がった時には、もうルノワが仕留めた後で、討伐のエフェクト音が辺りに響きわたった。


 コカトリアの亡骸はすぐに生滅するが、代わりに討伐ボーナスとなる、素材がアイテムポーチに送られてきた。


「ねぇ、今日はどうしたのよ」


 送られてきたアイテムを確認し、武器をしまい終わったルノワが、眉を寄せながら近づいてきた。


「いや……すまない……」

「動きもすごく鈍かったし、らしくないわよ? もしかして、現実でなにかあったの?」

「うっ」


 鋭い。女は誰でもこうなのだろうか。だとしたら恐ろしい。


「そうなのね? ……現実のことについて聞くのは、マナー違反だけど、ぼかしてでいいから、話してくれない? あなたの役に立ちたいの」

「だけど……」


 だけど、話したらルノワとの、今の関係が壊れてしまうかもしれない。いや、壊れるだろう……。


「あなた、ゲームと現実のどっちが大事なの? 現実が大事ならここでスッキリ……させられるかわわからないけれど……それでも話すだけでも変わるわよ?」


 現実とゲームのどっちが大事なの、か……。

 常識的に考えれば、現実だ。現実なんだが……。


「ルノワ、俺は、お前も好きなんだ。だから、すまない、話せないんだ……!」

「ちょっと待って、お前もってどういうこと?」

「あぐっ……」


 しまった。そんな、こんな一言で崩れるのか……?


「違うんだルノワ!」

「待って! 違わないんでしょう? わかるわ」


 どうにか釈明しようとする俺の肩を、ルノワはぐっと掴んだ。その力は、強いものだったが、同時に優しくもあった。そして、彼女の、夕陽に照らされて光る、潤んだ瞳に見つめられ、俺は動けなくなった。


「わかるのよ……。私も同じだから」

「え?」

「あなた、奥さんか、彼女が居るんでしょう?」

「ど、どうしてそれを」

「言ったでしょう? 私もそうなのよ……。私には、夫がいるの」


 彼女の瞳からは、透明の雫が一筋、その頬に伝っていった。

 そして、その雫が滴り、地面に染み込むのと同時に、俺の胸に、じんわりと、だが確実に、苦しいものがこみ上げてきた。

 確かに、一緒だ。ルノワも俺と、同じことをしていたんだ。


「私、今、悲しいの……」


 彼女の、この言葉で、今俺の胸にある感情がなんなのか、わかった。

 ……悲しみだ。


「俺も、今、悲しい……」


 このゲームの中では、涙を我慢することができない。涙を、堪えることができないんだ……!

 ぼんやりと、視界が歪んでゆく。


「ゲームでの恋が、浮気になるかってこと、ずっと考えてたけれど、こんなに相手を悲しませてしまうんだもの、これは立派な浮気なのね……」

「………」


 目の前の、ぼんやりとしたルノワに、同じように泣いているであろうルノワに、応えることができなかった。

 ただ、ひとつ、頷くことしかできなかった。認めていることを伝えることしかできなかった。


「浮気は……ダメね」

「俺は、ダメだ……」

「あなただけがダメなんじゃないわよ。きっと。私だって悪いし、ね?」


 そう言って、肩をひとつ、ポンと叩いてくれたルノワにも、申し訳ない気持ちがさらに募った。


「すまない、すまない、ごめんな……」

「私こそ、ごめんなさい……」


 懺悔と共に夕陽が沈み、月が昇った。

 歪んだ視界で見上げた空には、奇しくも満月が輝いていた。


「もう、夜になったのね……。それじゃあ、さようなら、ごめんなさい」

「あぁ、さようなら、ごめんな」


 夜になれば解散といういつものルールに則り、今日も解散を告げるルノワ。いつもと違うのは、これが永遠の解散であろうことだ。


「私にはもう、謝らなくてもいいわ。でもその代わり、ちゃんと仲直りしてね」

「あぁ、ルノワも」

「ええ、約束ね」

「あぁ、約束だ」

「それじゃあ、こんどこそ」

「あぁ、こんどこそ」



 それでも、互いに別れを交わし、現実へと戻った。


『ナチュル・アース・オンラインを、終了致します』


 なみだで濡れた機械を外すと、目の前には買って来た新しい機械が。


 そうだった、妻と仲直りするために買って来たんだった。

 ルノワと、約束したもんな。

 よし……。


 買って来た機械を持って、部屋を出ると、ちょうど妻も出てきたところだった。


「なぁ、乃亜のあ、よかったら一緒に……

 わたるさん、よかったら一緒に……」


 俺たちが同時に出したのは、同じ機械だった。


「「え?」」

「もしかして、ルノワ?

 もしかして、ワタノルさん?」

「「あ」」

 二人で同時に指をさし合った。

 そして、二人で頷き合った。


「「一緒に、ナチュル・アース・オンラインを、しよう(しましょう)」」


 そう決めた後の、俺たちの行動は早かった。


 俺の部屋のベッドが少し大きめだということで、そこで接続することになり、二人並んで機械の電源をつけた。


『ナチュル・アース・オンラインに、接続しますか?』

「「接続する」」

『了解しました。ブレインリンクを開始致します。サーバーはどのサーバーに致しますか?』

「「青で」」

『了解しました。では、転移を開始します……』


 気付くと、二人でリンク先に指定していた、守聖樹セーフガーディアンの許に立っていた。


「ルノワ……」

「ワタノルさん……」


 お互いに、先ほどまで会っていた人を確認した。

 そして、

「すまなかった!

 ごめんなさい!」

 と、もう一度謝りあった。


「えっと、俺からいいか?」

「えぇ……」


「俺は乃亜を裏切った……! 一生大切にするって、誓ったはずなのに、ちょっと気持ちが揺らいだからってすぐ他所にいってしまって……。ちゃんと愛していたはずなのに……! すまなかった……!」


 バッと、頭を下げる。乃亜と、ルノワと目を合わせていいはずがない。地面しか、目に入らないように、深々と下げた。

 だが、ルノワに、頬を優しく挟まれて、顔を上げさせられた。


「渡さん……もう、謝り合うのは止めにしまょう? だって、謝るだけじゃなにも起こらないわ。……私も同じことをしたのだから、罪は相殺ってことにして、こう考えるのはどうかしら?」

「え?」


 乃亜は、眉を下げながらも、必死に口許を笑みにしようと、目を潤ませながらも、必死に俺を見つめ続けようとしてくれていた。


「姿と名前こそ違えど、私たちの中身は同じ。その、同じ二人が、現実でも、ゲームでも結ばれていたのよ? これって、運命としか考えられないでしょう?」

「……たしかに」


 ルノワの瞳から、ポロポロと光る雫が溢れ始めた。……俺もきっと同じだ。


「これは、現実でぎくしゃくしていた私たちを見た神様が、もう一度私たちを巡り会わせてくれたのよ」

「そう、かもしれない……」

「ねぇ、結婚しましょ? もう一度、この世界で。愛を、誓い直しましょう?」

「うん……」


 ルノワの手が、頬から離れ、腰に回された。


「私はもう一度、渡さんに、愛を誓います」

「俺も、もう一度、乃亜に愛を誓います」


 誓いのキスを、俺たちはもう一度交わした。こんどこそ、離れないように。ずっとずっと、堅い堅い誓いを込めて。


「ねぇ、ワタノルさん、今日は、この世界で寝ない?」

「俺もそう言おうと思ってた」


 アイテムメニューを開き、二人分の寝袋を取り出す。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 そして、キラキラと輝くタイガーアイと、言葉を交換しあい、共に横になる。


「綺麗ね……」

「現実では見られないよな」

「ゲームって、こういうことできるからいいわね……」

「あぁ、そうだな……」


 並んで寝袋に包まっている俺たちの視線の先には、煌めく満点の星々が。

 深く息を吸うと、爽やかな草原の香りが胸いっぱいに広がる。


 とても清々しいくて、とても暖かい気持ちがするな……。

 横を向けば示し合わせたかのように、目を合わせてくれる人が。


 こんなに幸せなことは、きっと現実とゲームの世界を探し回ったって、ここにしかない。


 この人の隣にしか。

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